第5話:揺らぐ品質、失う信用、忍び寄る危機

在庫管理システムのデジタル化プロジェクトが中止になった矢先、さらに新たなトラブルが光一を悩ませた。

温湿度管理がされていない倉庫だったため、山積みされている商品の劣化が進んでしまい、お客様からのクレームが入るようになった。


ある日の朝、光一が倉庫に到着すると、営業部の高橋が険しい表情で待っていた。

高橋の顔色が悪いのを見て、光一は胸騒ぎを覚えた。


「秋月君、ちょっと話がある」


高橋の声には緊張が漂っていた。

光一はその言葉に従い、事務所に向かった。

ドアを閉めると、高橋は深いため息をつき、机に置かれたクレームの山を指差した。


「これは、最近入ったクレームの一部だ。商品の劣化についての苦情が増えている」


光一はクレームの書類を手に取り、一つ一つ確認していった。

包装紙や紙袋が湿気で波打っていたり、カビが発生しているという内容だった。

これらの問題は、明らかに倉庫の温湿度管理の不備によるものだった。


「これじゃ、お客様に迷惑をかけるばかりだ…」


光一は呟きながら、書類を机に戻した。

彼の心には、自分たちの仕事が顧客にどれだけの影響を与えているかという重い現実がのしかかっていた。


「対策を考えなければならない。しかし、どうすればいいのか…。以前にも在庫管理のミスが顧客トラブルを招いたことがあったが、あの時も上手く立ち回れなかった…」


光一は頭を抱えた。

倉庫内の温湿度管理を改善するためには、設備投資が必要だ。

しかし、現状の会社の経営状況では、それは難しいだろう。

限られたリソースで何ができるのか、彼は考え続けた。


その日の昼休み、光一は同僚たちと対策を話し合うことにした。

同僚の中には、倉庫管理担当の中村や、新人の田中もいた。

彼らもまた、クレームの内容を知り、悩んでいた。


「何かいいアイデアはないか? このままでは顧客の信頼を失うばかりだ。商品を劣化から守る方法を何としても見つけたい!」


光一の問いかけに、同僚たちは真剣に考え始めた。

しばらくの沈黙の後、吉田が手を挙げた。


「倉庫内の通気性を改善することはできないか? 例えば、換気扇を使って空気を循環させるとか」


その提案に、光一は目を輝かせた。

確かに、簡易的な方法であれば、すぐに実行できるかもしれない。


「確かにいいアイデアだ、吉田さん。ただ、いくら小さい換気扇と言え電気工事が入るということは、会社の許可がいるし、換気扇を回し続けるということは、電気代もかかる。そう考えると、今のうちの会社の状況では難しいかもしれない」


なので、湿気を吸収するための除湿剤を配置し、少しでも商品の劣化を防ぐための対策を講じた。


数日後、光一は再び営業部の高橋に呼ばれた。

心配しながら事務所に入ると、高橋の表情は険しかった。


「秋月君、やっぱり、お客からのクレームは減ってないな」


その言葉に、光一は当然かという表情をした。


「やっぱり、そうですよね。いろいろと対策を考えてみます」


光一はそう言って頭を下げた。

だが、彼の心には、こんな付け焼き刃の対策では、何も解決にならないという強い危機感があった。


その日の夕方、光一は倉庫内を見回りながら、中村と話をしていた。

「中村さん、やっぱりこのままでは根本的な解決にはならないですね」

中村は頷きながら答えた。

「そうだな。根本的な問題は、預かり在庫が多すぎることにある。上層部が動いてくれればいいんだが…」


その時、新人の田中が急いで駆け寄ってきた。

「秋月さん、中村さん、大変です!またクレームが入ってきました」


田中の顔には明らかな焦りが見て取れた。

光一と中村は顔を見合わせ、再び対策を考えることになった。


その夜、光一は自宅で妻と夕食をとりながら、仕事の話をしていた。

妻の美咲もまた、彼の悩みを共有し、支え続けてくれていた。


「光一さん、会社の状況は厳しいけど、あなたならきっと解決策を見つけられるわ」

美咲の言葉に、光一は少しだけ希望を見出した。


「ありがとう、美咲。頑張ってみるよ。でも、具体的にどう進めればいいんだろう?」

「例えば、上司に現状をもっと具体的に伝えてみるとか、社内で協力者を探すのはどう?」

美咲の提案に、光一は考え込んだ後、少しだけ微笑んだ。

「そうだな。確かに誰かと協力する方が前進できるかもしれない。ありがとう、美咲。」


今回のようなクレームが起こる根本的な原因は、倉庫の設備が不十分ということもあるが、預かり在庫という出荷の予定が未定な商品があることが問題なのだということが分かってはいても、光一には解決する手段も権限もなかった。


ただ、今回の商品劣化により、一部の商品が廃棄されることで、追加生産が必要となり、追加の経費がかかっても顧客には請求ができない。

できないことで、利益はさらに減ってしまう。


こういった小さい積み重ねが、この会社の資金繰りを徐々に悪化させる。

商品廃棄に伴う追加生産費用が利益を圧迫するだけでなく、廃棄費用も必要となる。

これにより、営業部は、商品の品質問題に悩まされるだけでなく、顧客の信用も失うことで、新規受注を獲得する余裕を失いつつあった。


さらに、劣化商品のクレーム対応が顧客満足度を低下させ、長年の取引先との関係も揺らぎ始めていた。

しかし、誰もその連鎖が会社全体を倒産へと向かわせる危機的な状況に繋がることに気づいていなかった。

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