赤い瞳

 鮮血のような赤い瞳がこちらを鋭く見つめている。均整のとれた端正な顔立ちには何の感情も浮かんでおらず、それがかえって不機嫌そうに見える。無表情で愛想の欠片もないその表情に、アルヴィスは一瞬身をすくませた。


「あ、あの、私は……」


 思わず言葉を探し始めるアルヴィスを、男は黙ったまま見下ろしていた。


 威圧的ともいえるその姿に圧倒されながらも、アルヴィスはその赤い瞳から目を逸らすことができなかった。


「靴擦れか?」


 静かに耳朶を打つその声は抑揚がないのに、どこか心の奥深くに染み込むような重みを持っていた。不思議と、不安が和らぐような優しさが滲んでいるように思えた。


 違うと誤魔化すのも罰が悪くて、アルヴィスは正直に答えることにした。


「ええ、少しだけ。でも、大丈夫です」


 素足を見られているということよりも、見知らぬ人に心配されているという方が気恥ずかしくてアルヴィスは会話を一方的に切り上げるように顔を背ける。


 男の赤い瞳がじっとこちらを見据えたまま、わずかに眉をひそめるのがわかる。


「ここで待っていろ」


 それだけ短く言い残すと、彼は何も言わずに庭園の奥へと足早に去っていった。


 ほどなくして、男は庭の植え込みから戻ってきた。


「もみ込んでしばらく貼っておくといい」


 差し出されたのは小指の先ほどの小さな葉だった。ギザギザとした縁取りで白銀色の羽毛のような毛を薄く纏っている。


 淡い月光を受けて、その葉の緑が仄かに輝いて見えた。


「これは?」


 アルヴィスが尋ねると、彼は無駄のない動作で差し出しながら淡々と答えた。


 差し出した両手の上に羽根のような軽さの葉が幾枚か乗せられる。


 人差し指で一つつまんで華に近づけると、つんとした青っぽい香りがした。


「リディケイムに似ているけど・・・・」

「変異種のウェルトバリカだ。殺菌効果がある。止血用の応急処置としてはそこそこ使える」


 短く簡潔な説明。


 観察するばかりで一向に使おうとしないアルヴィスに、彼は一枚手のひらから葉を奪うと指先に力を込めてこすり合わせる。緑色の液体が滲んで、より強い香りが届いた。


「……」


 早くすり込めと差し出された葉を受け取って、アルヴィスは礼を述べながら言うとおりに踵に張り付けた。小さな鋭い痛みが走り、液体が幹部に浸透していくのを感じる。


「ありがとうございます。助かりました。薬草の知識がおありなんですね」


 男は肩をすくめ、あまり興味がなさそうに言う。


「軍人の常識だ」

「常識……」


 そういうものなのだろうか、と小首を傾げていると、男性はもう用はないとばかりにこちらに背を向けてさっさと歩きだしてしまう。


「あの。ありがとうございました」


 次第に離れていく背中に、少しだけ大きな声でもう一度礼を述べると、ぴたりとその足が止まる。


 ゆるりと体がこちらに向き、彼は冴え冴えとした表情で軍人としての礼を取った。


「警備があるので、これで失礼する」


 短くそう告げると、青年は再び背を向け、無駄のない足取りで離れていく。


 見知らぬ私にも親切にしてくれる人がいるのね。


 心の底がふとあたたかくなるような気持がして、アルヴィスは灰緑の相貌を揺らした。


 ふと視界の端に見知った人影が見えた。


 こちらに向かってきているのは、エヴァンスと――セリウスだ。


 ただ、何か様子がおかしい。


 庭園の薄明かりにぼんやりと照らされた二つのシルエットは、まるで小動物がじゃれ合うような奇妙な重なりだった。


 薄暗さに慣れている目が捉えたのは、エヴァンスがセリウスの耳をぎゅっと掴み、容赦なく引っ張りながら引きずるようにして歩いている姿だ。ギャーギャーと鳥が鳴き喚くような声を上げながら、こちらに近づいてくる。


 軽く揉み合いながら進んでくる二人のやり取りは、辺りの静かな夜気とはあまりに不釣り合いだった。エヴァンスの怒気と、セリウスの必死な弁解が遠くからでもはっきり聞こえてくる。


 途中で彼らは先ほど立ち去った青年とすれ違った。


 エヴァンスは気づいて足を止め、セリウスの後頭部を片手で叩きながらなにやら言葉を交わしている。青年がこちらを軽く指差しているのが見えた。彼の口元が動き、どうやら何かを伝えているらしいが、距離がありすぎてその内容までは聞き取れない。


 遠目に、エヴァンスと目が合い、アルヴィスは応じるように小さく片手を上げた。


 彼は小さく頷き、傍らに立つセリウスの腰めがけて盛大な回し蹴りをお見舞いしていた。

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