教室のフォトジェニック
梶原さくら
1.
昼休みの職員室には、のんびりとした時間が流れていた。
教師たちは食後のひとときを思い思いに過ごす。ただの雑談、趣味の将棋、小テストの採点、授業の準備など、時間の費やし方は様々だ。
その合間を生徒たちが入れ替わり立ち替わりしては、目当ての教師を掴まえて用を済ませている。授業でわからなかった内容を聞いたり、成績不振で呼び出されたり、部活の打ち合わせをしたり、日直の当番だったり、とやはりこちらも用件は人それぞれだった。
教師と生徒との関係が比較的良好な陣代高校では、職員室にも明るい雰囲気がある。あちこちで笑い声さえ上がっていて、どこか軽いノリの学園ドラマ的な様子だ。
そんなのほほんとしたムードの中に、千鳥かなめも溶け込んでいた。生き生きとした表情のいかにも快活そうな少女は、二年四組の学級委員としての仕事で、クラス担任である神楽坂恵里の元を訪れていた。五時間目の数学が担当教師の急用で自習となったので、課題に配るプリントを預かるためである。
「それじゃ、お願いね。ちょうどわたしは五組で授業だから途中で様子を見に行くけど、さぼって屋上なんかに行ってしまう人がでないように気を付けていてちょうだい」
恵里から手渡された紙の束を、かなめは胸の前に抱えた。
「はい、わかりました。プリントは授業の終わりに回収すれば──」
ちゅどーーーーん。
突然響いた至近距離での軽快な爆発音に、二人の会話は中断された。かなめの口角がぴくりと引きつり、恵里の肩がガクッと落ちる。
職員室はしんと静まってしまった。皆が一様に「またか」という表情を浮かべている。
その場にざわめきが戻る前に「ちょっと、これ、お願いします」と持っていたプリントを恵里に戻してから、かなめはいち早くバルコニーに出て、音のした階下の様子を窺った。
見下ろすと、着ているスーツのところどころに焼けこげを作った中年の男性教諭が一人、真下の花壇の傍らにじょうろを手にしたまま呆然と佇んでいる。その足下からは白い煙がたなびいていた。
「あのバカ」
一言呟いて、即座にかなめは廊下に飛び出した。
同時刻、二年四組の教室では一人の少年がその場にいた全員の視線を集めていた。校内で爆発音の原因を作るのは、いつも決まって彼の仕業だからだ。
当の少年──相良宗介は、周囲の視線を気にする様子もなく席を立ち、窓辺に寄った。不機嫌そうにも見える表情に乏しい顔が、音の聞こえてきた方角を眺める。
北校舎において普通教室としては一番西にある四組は、南校舎東端の職員室から中庭を挟んでほぼ対角線上に位置する。離れている上に南校舎が視界を遮るため、校長室前の花壇脇で起こった不慮の事故の模様は窺い知れない。だが少年は、適当に刈り込んだざんばら髪を吹き込む風に十秒ほど晒してから、なにやら納得した様子で自分の席に戻り、何事もなかったかのように読書を再開した。
廊下をバタバタと走ってくる足音が、教室にいる生徒たちの耳に届いた。
「来た来た」
男子生徒の一人が呟く。
と同時に、開いたままだった出入り口から、勢いよくかなめが飛び込んできた。赤いリボンでまとめた腰まで届く長い黒髪が、職員室から全速力で走ってきたためにすっかり乱れている。
「ソースケぇ!!」
線の細い清楚な顔を般若に変えた少女は、宗介の机にバンと両手をついた。
「どうした、千鳥?」
宗介が無愛想な顔を上げる。
かなめは、相手の手元にある『ASファン』七月号を押しやるようにぐいと身を乗り出した。
「どうしたもこうしたもない。校長室と体育館の間にある花壇のとこに地雷を仕掛けたの、あんたでしょ!?」
「肯定だ。三〇秒前に爆発したようだな」
「花に水をやろうとした狭山先生が誤って踏んで、ボロ雑巾状態になったわよ!」
「あれは地雷撤去の訓練で使用するもので、さしたる実害はないぞ」
「論点はそこじゃない! 学校の敷地内に地雷を埋めるなって言ってるの!」
犠牲になった世界史教師についてはどうでもいいのか、と周囲の生徒は全員が内心でツッコミを入れたが、あえて口を挟む者はいなかった。
「この前、盗難事件で部室棟の周りに罠を張ったときにも、さんざん言い聞かせたはずよね。校内にそういうものを仕掛けるなって」
「罠がだめだというのであれば、地雷ならいいだろうと考えたのだが」
「罠も地雷も似たようなもんでしょ。ダメったらダメ!!」
「そうか、それはすまなかった」
「あんたねえ、上っ面で謝られたくらいで誰もが納得できるなら、不祥事以降某国営放送の受信料不払いがいまだに増加の一途を辿ってる、なんてことになるわけないでしょ!」
「たとえがずいぶん古くないか?」
「だって飲酒運転による人身事故とか某与党の総裁選じゃ、ぜんぜん当てはまらないじゃない」
「脈絡がわからん」
拳をぐっと握りしめて力説するかなめに、相変わらずのむっつり顔で応じる宗介。すでに見慣れてしまった光景を、クラスメイトたちは生暖かく見守っていた。
「で、なんだって地雷なんか埋めたわけ?」
そばにあった椅子を引き寄せて、かなめはそれに腰掛けた。険のある目つきで宗介に横目を投げるが、口調はいくらか和らいでいる。
「先週末、この近所に住む中学生が入り込んで、校舎に落書きを残していったことは君も知っているはずだ」
「それがどう関係あるっての?」
「このような悪戯は往々にして繰り返される傾向がある。今回のように、たとえ捕らわれても訓戒処分を受ける程度の罰則で済むとわかってしまえば尚更だ。シリアの部隊にいたとき、地域周辺の子供たちの間で、宿舎に忍び込んでは隊員の私物を盗み出してゲートにぶら下げるという遊びが流行ったことが──」
「あ~、そういう余計な話はいいから、地雷を埋めた理由を続けなさい」
かなめは少年の顔の前で片手を扇ぐようにひらひら振って、容赦なく話の腰を折った。不満げに見返されても気にも留めない。
「…………」
宗介の口元はへの字の角度を少しばかり深くした。だが、かなめに睨まれては命令に従うほかはない。話を先に進めるためにノートとシャーペンを取り出し、紙面に長方形をいくつか描く。
「なんなのよ?」
「本校の見取り図だ。……よし」
なるほど、描かれた四角の連なりは、確かに校舎や体育館、プールなどの配置を示している。
「いいか、千鳥。犯人の進入経路は、正門を乗り越え、いったん南校舎の南側に進み──」
説明を追って、紙面には細い線が加わっていく。
「そういう細かい話は端折りなさい」
「まあ待て。これは説明に必要だ。いいか、このように南側を辿って校長室から隣のトイレまでの壁と体育館の壁に落書きをした後、引き返して北校舎を回り込み、プールの更衣室の窓下に落書きして、次に……」
ほどなく図面が仕上がった。
「はいはい。で?」
少女は見取り図を人差し指の先でトントンとぞんざいに叩いた。少年はあくまで生真面目に受け答えする。
「こういった場合には、一度成功した経路を繰り返し使用する傾向がある。つまり今回のこの侵入経路に沿って地雷を埋設しておけば、再度の侵入を妨害することになり、再犯の防止となるわけだ。そこで──」
「この進入経路に沿って地雷を埋めたわけね?」
「肯定だ」
「ってことは、埋まってる地雷はまだたくさんあるってことなのね?」
「肯定だ」
ゆらりとかなめが立ち上がった。口元にはうっすらと笑みを浮かべている。だが、目は笑っていない。完全に怒りを帯びていた。
それは宗介ですらはっきりとわかり、思わず身を引く。もちろんクラスメイトは全員が身構える。
かなめは、さっと片手を上げて初夏の陽射しがまばゆい窓の外を指さすと、ドスのきいた声で命令した。
「いますぐ全部、掘り起こしてきなさい!」
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