第12話 片山と上州漫才を一席
上毛平野の穀倉地帯である。
遠くで農夫が作業をしている。
よく整備された『農面道路』が遥か先まで続く。
そこに、不釣り合いな『黒塗りの大型セダン(アルファード)』が走って行く。
土屋が会館から乗り付けた公用車である。
道路の先に信号が見えて来る・・・。
信号は赤に変わり車は停止する。
青に変わり車は走り出す。
暫く走るとまた信号が黄色から赤へと。
車は停車する。
ごく自然な事である。
片山は後部座席で鼻糞をホジりながら新聞を見ている。
そして優しく、
「土屋君、ニュースをかけてくれる」
「ハイ!」
土屋はカーラジオのボタンを押す。
停車する車内からニュースが流れる。
片山は前方の景色を一瞥して、
「何やってるの?」
「ハイ! 信号で停まっています」
農道には車は全く走っていない。
「行きなさい」
「は? あの信号が・・・」
片山は苛立(イラダ)ち、
「早く行きなさい」
「あッ、変わりました」
車はゆっくりと走り出す。
片山が一言。
「ちょっと停まりなさい」
土屋はルームミラーで片山を見て、
「ハイッ!」
漆黒の公用車が静かな農道の端に停車する。
片山は後部座席から両手で運転席を抱く様に、
「土屋君。アナタ大学で何を専攻して来たの?」
「ハイ! 法律です」
「そう。よく卒業出来たね」
「は? ・・・はい」
「君ねえ。私は政治家以外に何をやってるか知ってるよね」
「ハイ! 弁護士と医師です」
「そう。じゃ、君に、簡単な質問をしよう。法律は誰が作ったの?」
「えッ? ダレ? あ、ハイ! 確か・・・モンテスキュー? うん? あれ、人間?」
「そうッ! じゃあ、人間と云う字はどう書くの?」
「人と間(アイダ)です」
「そうね。人が二人居る事が絶対条件だね。じゃあ、ここに居るのは?」
「? 先生と私です」
「で、周りには?」
「誰も居ません」
「でしょう。そうしたら法律は誰が作るの?」
「あ~あ、なるほど。先生です」
「その通りッ! 」
片山はまた優しい言葉で、
「アナタは後ろで新聞を読んでなさい。アナタの力では時間に間に合わない」
「え? ・・・ハイ! すいません」
土屋は顔を赤らめ、急いで車を降り後部座席に移動する。
片山は運転席のドアーをゆっくり開けて運転席に着き、椅子を自分の位置に調整する。
片手でハンドルを握りサイドブレーキを解除。
途端にタイヤを鳴らし猛スピードで田園を走りぬける。
信号は総て『無視』。
土屋は硬直した身体(カラダ)で新聞を広げ、飛んで行く景色を見ている。
片山はカーラジオのボリュームを調整しながら、
「土屋君、新聞を読みなさい」
「え? は、ハイ!」
土屋は上毛新聞を必死に見詰める。
片山は大声で、
「新聞を読みなさーいッ!」
土屋も大声で、
「ハイ! 読んでますッ!」
片山は更に大声で、
「バカ者ーッ! おに運転させといて秘書が後で新聞見ているヤツが何処(ドコ)にいる!」
土屋は全身の血が氷付く。
開き直って大声で、
「先生のおっしゃってる言葉が理解で来ません!」
片山はまた大声で、
「オマエは日本人か? 声を出して読むんだーッ!」
土屋は冷静に納得して、
「あ~あ、ハイ」
土屋は新聞の一面から大声で読み始める。
すると、片山がまた一喝、
「コラーッ! そんな所から読むな。日が暮れてしまうぞ! オレの選挙区に関係ある所だけ読むんだ! バカ者ーッ!」
「あッ、ハーイッ!」
片山はため息を吐き、
「君~、そんなんじゃ一流の秘書に成れんぞ」
「ハイ! 勉強に成ります」
しばらく走ると農道脇に「長い看板」が見えて来る。
『Gunma Milk Producers Association(群馬県酪農農業協同組合連合会)』
酪農牧場である。
車内では相変わらず大声で新聞を読んでいる土屋。
と、片山が、
「もういい。うるさい。後でスクラップを読む」
「え? ハイ!」
片山はハンドルを右に切り静かに牧場の正門に入って行く。
すると前方に一頭の『ホルスタイン』が道を塞ぐ。
片山は驚いて、
「何だアレは?」
「ハイ! 牛の様です」
「君はバカか? 私は君と『漫才』をやってるんじゃないぞ。退(ド)かしなさい!」
「えッ! あ・・・ハイ」
「何をグズグズしてる。早く出て押して来い」
「え?・・・ハイ」
土屋は渋々車から降りて乳牛に近づく。
片山がパワーウインドーを下ろし、キツイ目で土屋を睨(ニラ)み、
「おい、早くしろッ! 時間がないぞ」
土屋は乳牛の真横に近付き、指で腹を突っつく。
思わず、
「暖け~!」
乳牛は尻尾(シッポ)を一振りし、
「モ~~~~!」
男が異変を感じ牛舎から出て来る。
片山は焦って、
「おい! バカ、早く戻れ」
「ハイッ!」
土屋が急いで車内に戻る。
「早く前に来い」
急いで車内で土屋と入れ換わる片山。
片山は新聞を広げ、顔に載せ寝たふりをする。
男は運転席の土屋に親しみ深い笑(エ)みを浮かべ、牛を退かす。
車に近付いて来る男。
「ワリ~ネ~。牛だからよ~」
と言いながら後部座席を覗く。
「アレ? ンまあ~! 片山先生? 先生でないの?」
片山は新聞を顔からずらし片眼を開ける。そしてわざとらしく、
「うん? 土屋君、着いたの?」
片山は窓越しに男を見て、パワーウインドウを下げる。
「アンレ~! 耕(コウ)ちゃん(山田耕三・酪農組合会長)でないの~。ここは私の強い支持者だから寄らなくても良いと言ってあったのに、バカな秘書だよ。あッ、そうだ。勉強会に来てよ~お。あと二人、席が余ってるのよお」
ニッコリ笑う片山。
山田が、
「分かった。ちょっと寄って牛乳でも飲んでいけや。話しでもすんべえ」
「それが、これから急いで東京に戻って三役との打ち合わせが有るんだよ~お。俺は裏金の証人喚問には呼ばれてないからね。忙しいんだ。ハハハ」
先生は車から降りて、山田に熱い握手をする。
土屋を見て、
「土屋君、君も名刺を」
「ハイ」
急いで車に乗り、退散する二人。
つづく
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