第47話 自覚したばかりの想いを伝えたい
数時間後のティータイムには、再び弟妹達が揃った。
今日のおやつはサバランよ! 初めて食べるスイーツに弟妹達も大喜び。クリームたっぷりで濃厚な美味しさに私も至福だったわ。
弟妹達がサバランに夢中になっている時、ふと思い出してヨシュアに尋ねてみた。
「そういえば、どうしてヨシュアはトラヴィス様にお父様のことを頼もうと思ったの?」
ヨシュアは私の唐突な質問に“う~ん”と考えた後、口を開く。
「トラヴィス様の姉上を見る眼差しが、とても優しかったからです」
「優しかった?」
「はい。そんな目で姉上を見つめるトラヴィス様が、姉上の困ることをするはずがないと思い、信頼できると判断しました。だからトラヴィス様に任せてもいい、頼っても大丈夫だと思ったのです」
そうだったのね。あの時から既にトラヴィス様は私のことを、そんな目で見ていたのね。気づかなかったのは私だけ。ゼノンの言う通り、私は鈍感だわ。
食べ終わると弟妹達は、それぞれ目的の場所に向かう。
ヨシュアは先程帰宅したトラヴィス様の元へ、ユアンは騎士団の訓練所へ、ユリアはバイオリンの練習、ヤトルは絵を……私はというと、部屋にポツンと取り残されていた。ピクニックのために、今日すべきマナーの勉強は午前中に終わらせている。
あら、私ってば……もしかして趣味がない?
今まで背負うものが多すぎて、趣味を楽しむ余裕なんてなかったわ。気づけば弟妹達のことが最優先で、それが全てだったわね。
元から弟妹達の世話をしていて、それは好きだからいいのよ。でも家が傾く前は、もっと色々なことに興味を持っていたような気がするのだけどね。今となっては、何が好きだったのか思い出せないわ。
いつから私の趣味は弟妹達になっていたのかしらね? もしかしてゼノンが言う『私自身の幸せ』『間接的な幸せ』って、そういうこと? 弟妹達とは別のところにある私の幸せってこと?
“幸せ”と考えた時、トラヴィス様の顔が浮かんだ。同時に、頭がフワフワして胸がドキドキしてくる。
そうだ、トラヴィス様に会いに行きましょう! 今日は、お昼もティータイムも一緒ではなかったのだもの。さっき帰ってきたと聞いたから、少しぐらい会えないかしら?
ゼノンに言うと、伺いを立ててくれた。会えるようなので、トラヴィス様がいる執務室へと向かう。ゼノンがノックした後、扉が開かれた。
「どうしたいんだい、アネット」
トラヴィス様が近づいてくるので、私は躊躇うことなく、その胸に飛びついた。
「トラヴィシュさま、しゅきでしゅ(訳:トラヴィス様、好きです)」
「ア、 アネット? もしかして、お酒を飲んだのかい?」
「のんでにゃいでしゅわ(訳:飲んでないですわ)」
お酒なんて飲んでいませんわよ。絶対、飲まないと決めていますもの。先程のティータイムだって、ゼノンの淹れた紅茶しか飲んでいないわ。
私の肩に触れて顔を覗き込んだトラヴィス様は、説明を求める視線をゼノンに送った。
「アネットお嬢様は、おやつにサバランを召し上がられました」
「うん? それなら私も先程、食べたが」
「ヨシュアお坊ちゃん達に出されたものとは違い、大人向けのサバランを召し上がられました」
「ん……まさか、サバランに入っていたラム酒で酔ったのか?!」
「そうなるかと……クッ」
驚愕するトラヴィス様に対して、ゼノンは口元に手を当てて何かを堪えている様子だ。
笑いが漏れているわよ、ゼノン。まぁでも、そんな事はどうでもいいわ。今は謎の高揚感があって、とっても気分が良いからね。それより、さっきから私の気持ちをトラヴィス様に言いたくて仕方ないのよ。
「わたし、トラヴィシュさまのことがしゅきでし。トリャビスさまは、いつだってわたしにてをしゃしのべてくりぇる。わたしのためにこうどうしてくりぇる。こまっていりゅのをたしゅけてくりぇて、のじょみをかにゃえてくりぇる。こんにゃにもわたしのことをだいじにしてくりぇる。わたしのことをおもいやってくりぇてていまいたちのこともたいせちゅにしてくりぇる。こんにゃにしゅてきにゃひとはほかにいましぇん。しょんなひとをしゅきににゃらにゃいはずがにゃいでしょ? やしゃしくてかっこよくてつよいトラヴィシュさまがしゅきでし。あ、こえもしゅきでしゅ。しょのこえでにゃまえをよばれりゅだけで、みみもとでしゃしゃやかれるだけでドキドキしてしまいましゅ。しょれから、しょのおおきなてとたくましゅいうでとあちゅいむにゃいたもしゅきでしゅ。トラヴィシュさまにふれりゃれるとからだがあちゅくなってしまうけど、とてもあんしんできるにょでしゅ。まもってくれりゅのがわかるにょでしゅね。あぁ、トラビスさまがキラキラとかがやいてみえたにょもひかれていたからりゃ……わたし、やっとじぶんのきもちがわかったにょのでしゅ。トラヴィシュさまがしゅき、だいしゅきでし!
(訳:私、トラヴィス様のことが好きです。トラヴィス様は、いつだって私に手を差し伸べてくれる。私のために行動してくれる。困っているのを助けてくれて、望みを叶えてくれる。これ程までに私のことを大事にしてくれる。私のことを思い遣ってくれて、弟妹達のことも大切にしてくれる。こんなに素敵な人は他にいません。そんな人を好きにならないはずがないでしょう? 優しくて格好良くて強いトラヴィス様が好きです。あ、声も好きです。トラヴィス様のその声で名前を呼ばれるだけで、耳元で囁かれるだけでドキドキしてしまいます。それから、その大きな手と逞しい腕と厚い胸板も好きです。トラヴィス様に触れられると身体が熱くなってしまうけど、とても安心できるのです。守ってくれるのが分かるのですね。あぁ、トラヴィス様がキラキラと輝いて見えていたのも惹かれていたから……私、やっと自分の気持ちが分かったのです。トラヴィス様が好き、大好きです!)」
「ア、アネット」
私は胸の内を思い切って、全て曝け出した。それを受けて、トラヴィス様は瞠目している。
こうして言葉にすると、自分の気持ちがより明確になるわね。だからこそ、嫉妬も明白になったわ。
「だかりゃ、トラヴィシュさまのとにゃりにほきゃのじょしぇいがたつにゃんてイヤでしゅ。トラヴィシュさまがほきゃのじょしぇいをしゅきににゃるにゃんてイヤ。わたしだけをあいしてくれにゃいにゃんてイヤにゃのでしゅ。しょのここりょにほきゃのじょしぇいをおかにゃいでくだしゃい。わたしだけをみて、わたしだけにここりょを、しょのおもいをむけてくだしゃい
(訳:だから、トラヴィス様の隣に他の女性が立つなんてイヤです。トラヴィス様が他の女性を好きになるなんてイヤ。私を愛してくれないなんてイヤなのです。その心に他の女性を置かないでください。私だけを見て、私だけに心を、その想いを向けてください)」
「アネット?」
唐突な私の言葉に、どういう事かとトラヴィス様は再び疑問の視線をゼノンに送る。
「例え話をしました」
しれっと答えたゼノンに、内容の察しがついたのか「そうか」と頷いたトラヴィス様は私に視線を戻す。
「アネット、私の隣に立てるのは君だけだ。私の想いが向かうのも、この心を占めるのもアネットだけ。他の女性が入る隙などありはしないから安心しなさい」
「ほんとでしゅか?(訳:本当ですか?)」
「あぁ、本当だ。私にはアネットだけだと誓おう」
「うふふっ、うれしゅいでしゅ(訳:うふふっ、嬉しいです)」
その胸に頬ずりすると、トラヴィス様の両手が私の背中に回ってギュッと抱きしめた。
一度目のハグは優しさと心強さを感じた。
二度目のハグは温かさと高鳴りだった。
三度目のハグは心地よさと幸福、それが私の心を満たしていく。
トラヴィス様の腕の中は温かくて、これが『私自身の幸せ』なのだろうと思った。
「あの……姉上は一体どうしたのですか?」
成り行きを見守っていたヨシュアが、場が落ち着いたのを見計らって疑問の声を上げる。
「ヨシュア君。アネットは、とんでもなくアルコールに弱い。菓子に入れた洋酒ですら、この有様だ。気を付けるように」
「は、はい」
抱きしめたままのトラヴィス様がヨシュアと何か話している。けれど今の私は、この体温と熱に、幸せに浸ることに夢中だった。
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