第6話「ブラッシングの葛藤」
穏やかな午後、一生は牧場の馬小屋に立ち尽くしていた。手には新品のブラシを握りしめ、目の前には金色のたてがみをなびかせたうま子がいる。
「……ブラッシングか……。」
一生の脳内には、うま子が人間の美少女として見えている映像が広がっていた。金髪の美少女が、軽く顔を赤らめながら『優しくしてね……』とつぶやいている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」
一生は一人で顔を真っ赤にし、目をぎゅっとつぶった。
その様子を遠巻きに見ていた健太は、呆れ顔でつぶやく。
「何やってんだ、あいつ?」
一生は深呼吸をしながら、ブラシを見つめてつぶやいた。
「ブラッシング……つまり髪をとかすってことだよな。髪とはいえ、こんなに直接的にうま子ちゃんの体に触れるなんて……!」
彼の脳内では、髪の毛を優しく梳かしてあげるシチュエーションが流れている。うま子(美少女バージョン)が恥ずかしそうにうつむきながら、『こんなの初めてだから……』
と囁く幻聴が聞こえた。
「だめだ!こんなに意識しちゃうなんて……俺はまだ準備が足りてない!」
一生は頭を抱える。
健太が耐えきれず声をかける。
「おい、たかがブラッシングだろ?何をそんなに悩んでんだ?」
「健太……お前にはわからない!」
一生は真剣な顔で言い返した。
「これはただの世話なんかじゃない!うま子との距離を縮める、いや、心と心が繋がる行為なんだ!」
そこに沙月がやってきた。
「お兄ちゃん、また一人で何してるの?」
「沙月、これはな、うま子との新しいステージに進む大事な儀式なんだ!」
「儀式って……その道具だと、ブラッシングかな?お兄ちゃん、ただ毛をとかすだけでしょ?」
「違う!髪をとかすって、もっと特別なことで――」
「髪?」
沙月は何か思いついたようにニヤリとした。
「お兄ちゃん、それ髪の毛を綺麗にするやつじゃなくて、体全体を綺麗にする道具だって。背中とかも普通にやるんだよ。」
「背中……」
その言葉を聞いた一生の脳内では、美少女うま子の背中にブラシを当てる光景が広がり、さらに顔が真っ赤になった。
「そ、そんな……体全体とか、もっと先の話じゃないか!」
一生は大声で叫びながら顔を両手で覆った。
健太は苦笑いしながらつぶやく。
「いや、どこまで妄想してんだよ……。」
沙月は笑いながら言う。
「お兄ちゃん、ブラッシングで照れてたら、うま子さんとの関係は進展しないよ!」
そう言われ、一生はやっと意を決してブラシをうま子の背中に当て、ぎこちなく動かし始めてた。
「……ごめん、うま子ちゃん。ちょっと緊張して手が震えてるかもしれないけど……優しくするから……!」
うま子が気持ちよさそうに目を瞑り鼻を鳴らした。
「え?『きもちいいよ、一生くん……』だって?そんなこと言われたら俺!」
健太と沙月のはその光景を見ながら、あきれ半分、面白がり半分で眺めていた。
「もうすでに感動してるみたいだけど、此の先大丈夫かな?」
「まあ……あんな真剣にうま子のこと考えて、頑張ってるんだ温かく見守ってやろうぜ。」
そんな2人の会話を背に、一生はひとり完全に浸っていた。
「うま子ちゃん……これからも、君を大切にするよ……!」
夕日に染まる牧場で、一人妄想に浸る一生と、それを生暖かく見守る周囲の姿が広がっていた――。
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