令和版 路地裏のラブソング

すどう零

第1話 田舎の高校生の思いがけない出会い

 あの出会いは、神が授けてくれたものかな?

 それとも、天使の仮面をかぶった悪魔のいたずらだったのだろうか?

 そのことは、今もってわからない。

 ただひとつだけ、確実にわかっていることは、あの日を境に私は運命の出会いをしたということである。


 私の名はまゆか。

 田舎の高校生だった私は、都会に憧れ、刺激を求めていた。

 大人になれば、すべての感情から解放され、すべての物事をドライに受け止め、行動的に成長するものだと信じていた。

 もちろん、異性関係も含めて。


 今日は、少し華やいだ気分。

 だって、中間テストで初めて最高点を採ったんだよ。

 九十点だなんて、中学のときはありえない点数だった。

 おかげで、ママからご褒美として五千円もらった。

 前から欲しかったスマホケースを買って、ついでにスマホも新種のものにおねだりしてみようかななーんて思ったけど、その前にはお父さんのご機嫌をとっておく必要があるな。


 そう思って、お父さんの好物であるトロまぐろの刺身を買いに開店したばかりのスーパーに入った。

 エスカレーターに乗ったそのときだ。

 後ろからドンと音がして私は、前のめりになってしまった。

 私の前にいた二十五歳くらいの男性が、左手に紙コップを持っていたが、紙コップの珈琲がその男の白いポロシャツにかかってしまった。

 男のズボンのポケットから、スマホのベルが鳴り響いている。

「お嬢ちゃん、どうしてくれるんだよ!」

 男の怒鳴り声が、私の心をグサッと突き刺した。

 私は、とりあえず頭を下げるしかなかった。

「すみません」

 男はその言葉に激高したかのように

「すみませんで済んだら、警察いらないんだぜ。

 このポロシャツ、実は借り物なんだ。

 何万円もする代物なんだぜ。お嬢ちゃんのおかげで、俺、借主から痛い目にあわされるかもしれないんだぜ」

 私は咄嗟に

「クリーニング代を払います」

 咄嗟に、私は千円札を差し出した。

 急に、男は口元を歪め、脅すような威圧的な人相に豹変した。

「お嬢ちゃん、考えが甘いぜ。世の中をなめてたら、しまいにはグサッとやられるよ。なんでも千円札一枚で解決できると思ってたら大間違いだ。

 こんなの、いらないよ。

 だってこの千円札を受け取ったら、俺、恐喝の現行犯になっちゃうじゃない。

 俺、当たり屋じゃないんだよ。

 実は俺は、れっきとした地域の自治会長だ」

 えっ、ひどくガラの悪い自治会長だな。

 それにしても、恐喝めいた物言いである。

 おそらく、この男は今回が初めてではなくて、それを業とするゆすり屋に違いない。

 私の一瞬びびった驚愕したような顔を見て、男はこれはいける、シメシメとでも思ったのだろう。

 急に甘いもの言いに変わった。

「お嬢さんにできることをしてもらおうかな」

 そう言って男は、私の頭のてっぺんから、足のつま先をなめまわすようにねっとりとした、視線で見つめた、というよりもまるで品定めされているようだった。

「私にできることって、何ですか」

 私は、勇気を振り絞って言った。

「お嬢さん、いい身体しているねえ。その身体を世間にさらすだけじゃなくて、もっと有効活用してみない?

 その方が世のため、人のためだよ」

 どういうこと? 売春でもしろっていうわけ?

 ということは、これは新手の恐喝? そしてこの男は、半グレ?!

 

 ふと、横を見ると細身の身体を黒いTシャツで包んだ、同い年くらいの男の子が私の隣に立っていた。

「こら、またやってんのか? 懲りもしない奴だな。

 警察に通報するぞ。でもそうなったら、お前はカタギの世界にいられなくなるな。闇バイトの応募者と同じだな」

 途端に、末端半グレ風は、首をすくめ立ち去った。


「大丈夫? ケガはなかった」

「大丈夫です」

 私は上ずったような声で答えたが、足は小刻みに震えている。

「あいつね、俺の地元のワルなんだ。行き場のない可哀そうな孤独な奴だよ。

 でも半グレではないから安心して。

 まあ、あいつは半グレになるだけの度胸も能力もない奴だけどね」

 怖いな。私は初めてみる半グレ風の世界だった。

「しかし、君のスカートもスカートだよ。ほら、下着が見えてるじゃない」

 私はうつむいた。

 なるほど。スカートの下からレースのペチコートが丸見えである。

「こういう恰好が、案外男を挑発させるんだよ。これからは、気をつけなきゃダメだよ。

 あっ、俺ってこんな説教するガラの人間じゃないけどね。君を見てると危なかしくって、つい説教まがいのことを言ってしまった。

 おわびのしるしに、そこのベーカリーショップで、ドリンクセット奢りますよ」

 私は躊躇したが、すかさず男は、サービス券らしきものを差し出した。

「あっ、このクーポンは本日限りの無料サービス券、捨てるのもったいないからさ、今度こそ有効活用しようと思って」

 私は、びびったように言った。

「もうやだ。有効活用なんて、さっきのことを思い出しちゃうじゃない」

 男は笑いながら言った。

「わるい、わるい、デリカシー欠如だよね。ごめんよ。

 腹が減った。さあ、行こう」

 男は、目の前にあるベーカリーショップのカウンター席に座り、私に隣に座るように促した。

「トーストセットと、珈琲注文」

 勝手にカウンター越しに注文している。少し強引だ。

 二分もしないうちに、黒塗りのトーストが出てきた。

「僕、こんなトースト初めて」

 見ると、黒い粒状のジャムが塗っている。

「でもいい香りがするな。半分食べない?」

 彼は、私の目の前にトーストの皿を置いた。

 一口、口に含むとアールグレイの紅茶の香りがした。

「思ったより、香ばしくて美味しいだろう」

「ほんとだ。そんなに甘くなくて、私もこういうの初めて」

 人見知りのはずの私が、なぜか初対面の男の子と気軽にしゃべっている。

「ねえ、俺、正宗っていうんだ。時代劇みたいな名前だろ。君の名前は?」

 一瞬うろたえた後、知らない人についていってはいけないというママの言葉が耳に響く。

 正宗は私のそんな様子を読み取り、いたわるように言った。

「心配しなくていいよ。俺、キャッチセールスとか風俗のスカウトマンの部類じゃないから」

 私はその言葉に安堵した。まあ、そんなに悪い人相の人ではないようだ。

「名乗るほどの名前ではないが、まゆかというの」

 正宗は、驚いたように言った。

「へえ、アイドルみたいな名前。ひょっとしてアイドル志願なの?」

 私は笑いながら

「まさかあ、そんなわけないじゃん」

 正宗は、一瞬真剣な表情で言った。

「実は俺、吉谷エンターテイメントのタレント養成所を志望してるけど、ボンビーだから通えないんだ」

 ボンビー?! ああ、ビンボーのことだな。

 なんだか、正宗の心の傷を突いたような気がした。

「あっ、ごめんなさい。私、行くところがあるの」

 ふと、我に帰った。

 私は父親の好物である、サーモン刺身を買いにいかねばならないのだ。

 できたら、まぐろやはまちの盛り合わせがいいな。

「ここのスーパー、五時から刺身半額シールが貼られるよ。

 でもその前に、買い物かごに入れてしまえば無効だからね。

 俺、ときどきこの店にいるからさ、また会えるといいね」

 振り向きもせず、私は背を向けた。

 そう、これはその場限りの小さな出会い。

 そのときの私は、そう信じて疑わなかった。


 翌日、学校で

「おはよう。まゆか、なんだか今日はご機嫌ね」

「おはよう。由梨。昨日ちょっと珍しいことがあって、あり得ないことなんだけどね」

 クラスメートで、個人的友人の由梨だ。

 個人的友人といえるのは由梨だけで、あとの子とは当たり障りのない会話をするだけ。

 それがいいよ。事なかれ主義と言われるかもしれないが、うっかり正義面して、注意でもしようものなら、いじめの原因になりかねないしね。

 あと、クラス一丸の集団心理というのも、私は苦手だ。

 

 

 

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