第17話 中級ダンジョン(2)
その後の探索も順調だった。
途中に軽い休憩も挟みつつ約2時間。
ここまで
そういえば、何個必要なのか聞き忘れたな……
7匹目の鎧犀を倒したところですい先輩がぽつりと
「…………お腹……空いた……」
「ぁー、そうですね。そろそろ帰りますか?」
「…………ちょっと休憩、したい」
前後にモンスターがいないのを確認し、通路の壁際に寄る。
見える範囲には敵影もないし、不意打ちは大丈夫だろう。
ふわりと風を感じて顔を向ける。
「…………ん?……」
ぉ? いつものすい先輩だ。
吸い込まれそうな透き通った青い目。
「いっくぅぅぅん!」
「どわっ」
後ろから衝撃と共にふわりとみーちゃんの匂い。
長いこと一緒に住んでいればなんとなく体臭も分かるものだ。
ちょっと甘酸っぱいような、なんだか癖になる匂い。
ジャージ越しに伝わってくるみーちゃんの体温が心地いい。
「いっくん、疲れたよー」
「そうだね、お疲れ様。怪我とかはない?」
「僕は大丈夫ー。いっくんは?」
「俺も大丈夫。すい先輩も怪我とかないですか?」
「…………大丈夫。でも……お腹、空いた……」
壁際に座り込んでいるすい先輩。
目を伏せて今にも溜息をつきそうな顔。
あんなに食べる人だし、無理せず早めに切り上げるべきだったか。
そういえば……えぇと……
「すい先輩。これ、食べますか?」
「…………!…………くれる、の?」
「もちろん。どうぞ」
すい先輩の正面に座り、袋を開けたチョコチップクッキーを目をまん丸くしたすい先輩に手渡す。
指輪の収納空間に入れてあった軽食だ。
「…………ありがとう」
目をキラキラと輝かせてクッキーを取り出し、もそもそと食べるすい先輩。
やっぱりちょっとハムスターぽい。
ほっこりする。
「いっくぅぅん。僕の分はー?」
「んーと……カロリーバーでいい?」
「粉っぽぉぉいぃぃー。お水もあるー?」
「はは……あるよ、ちゃんと」
「さっすがいっくんー。それなら貰うー」
「はいはい」
取り出したカロリーバーと水を背中に張り付いたままのみーちゃんに手渡す。
休憩中、ずっとこの姿勢のままなのかな?
まぁいいけど。
「…………ごちそうさま」
「あれ、もう食べ終わっちゃいました?」
「…………うん、でも、助かった………いっくん、ありがとう」
「いえいえ。こちらが連れ出してるわけですし。あとでちゃんとお礼もしますよ」
「…………お礼は、大丈夫…………でも本当に、助かった」
目を細めて、ちょっとだけ頬を緩めたすい先輩。
少しは満足してもらえたみたい。
「…………いっくんは……私のスキルのこと、聞かないの……?」
「えっと、
「…………いっくんなら……いいよ……」
先輩は小さくこくりと
きれいな目を
そして、ゆっくりと話し出した。
「…………少し、プライベートな話になるけど……聞いてもらえる?」
「俺は大丈夫ですけど……」
「ふぁふぁふぃもー」
「みーちゃん、食べながら喋らないでよ……食べかす飛んだよ……」
「んぐっ……えへへー、ごめんー」
肩に載ったカロリーバーの破片を払い、タオルを取り出してみーちゃんの口元をぬぐう。
えへへじゃないよ、自分で拭きなよ。
先輩の方を見ると、優しい微笑でこちらを見ている。
「…………ふたりは……仲良しだね……」
「まぁ、
「…………私にもね、お姉ちゃんが、いたんだ……いっくんたちほど、仲は良くなかったけど…………自慢のお姉ちゃん……」
いた、か……
「…………コハクって名前、聞き覚え、ある?……」
「えっと、もしかしてダンジョン配信者のコハクちゃんですか?」
少しだけ強張った顔のすい先輩が軽く
ダンジョン配信者……?
「探索者がダンジョンを探索する様子を配信する、あれ?」
「そうだよー。いっくんはあんまり見ない?」
「興味はあるけど、バラエティ色が強いからあんまり見ないかな」
あんまり深い階層の探索風景などはなく、浅層でアイドルやヤンチャな若い探索者が企画っぽいのをやってるイメージ。
偏見かもしれないけど。
「えっと、コハクちゃんて、もしかして……」
「…………ん…………コハクの本名は、
「やっぱり! すい先輩、髪型は違うけど顔立ちとかよく似てるなぁって思ってたんです! ぁ……」
思わず、という感じで俺の背中から身を乗り出したみーちゃん。
だが、すぐに勢いを失う。
「有名な配信者さんなの?」
「えっとね……その……3~4年前にね、ちょっと話題になった配信者さんだよ。でも、その……」
「…………探索中に、モンスターに殺されたの……」
「っ……」
すい先輩が静かに告げた言葉に、背中に張り付いているみーちゃんが身を固くしたのを感じる。
すい先輩も壁に背を預けたまま、少しだけ目を伏せている。
「…………私の
「それは……」
「…………
「コハクちゃんの配信、私も見たことあります……フリフリした衣装とか、ちょっとコスプレみたいな衣装着ながらちゃんと戦闘するって一部のファンの間で有名でした……でも、あんな……」
「…………最期の相手は、本来はもっと深層にいるはずのモンスター……イレギュラーだった…………
みーちゃんが俺にしがみ付く力がぎゅっと強くなった。
当時、もしかしたら映像も見ているのかもしれない。
俯いていたすい先輩が顔をあげ、無理やり作ったように
「…………イレギュラーは後で討伐されたし……気持ちの整理は……ついているつもり……」
「そう……ですか……」
どう声をかけていいか分からない。
正直、気持ちの整理がついているようには見えない。
でも、すい先輩に掛けてあげられる言葉が俺には見つからない。
「…………
「もしかして……」
「…………ん…………私も、同じ
「じゃぁ、その衣装って…………」
「…………ううん……これは
すい先輩が身に纏うメイド服を大事そうにそっと撫でる。
誰かを思い出して
「えっと……俺たちに教えちゃって、良かったんですか?」
「…………ん……いっくんの事情を聞いた時から、私のことも、ちゃんと伝えなくちゃって、思ったの……」
「それは……」
「…………いっくんには……隠し事、したくなかったから……」
顔をあげたすい先輩と目が合う。
慈愛と、強い意志を感じる、青く澄んだ瞳。
「…………私たちは、一方的な施しとして、いっくんを受け入れたんじゃない……一緒に、歩いていく仲間として、いっくんを受け入れたつもり……それを、知ってほしかった……」
思わず
どうして、すい先輩はいつもそうやって。
また、
近づいてきたすい先輩の両手が、俺の手を包み込む。
「…………一人で抱え込まなくて、いいんだよ……」
「そうそう。いっくんは一人で頑張りすぎなんだよー。先輩だってお義姉ちゃんだって、もっと頼っていいんだよー」
みーちゃんまで耳元で優しい声でそんなことを。
どうしたいんだよ……
ホントに我慢できなくなるじゃん。
「同じクラブの仲間になるんだしねー。んふふー。クラブでも探索とか行けるかなー、楽しみだなー」
「ぇ…… みーちゃんも、すい先輩たちのクラブ入るの?」
「そうだよー。ちーちゃん先輩と話つけたから、僕もいっくんと同時に入るよー。お義姉ちゃんと一緒にいられる時間が増えて嬉しいでしょー」
聞いてない。
びっくりして溢れそうだった色々も引っ込んだわ。
だがみーちゃんのおかげでちょっと落ち着いた。
「そうだねー。みーちゃんと一緒で嬉しいねー」
すい先輩があれだけの思いで俺を受け入れようとしてくれているのだ、俺も隠し事はすべきじゃない。
軽く深呼吸してから、姿勢を正す。
「えっと、すい先輩、みーちゃん。あとで俺の話もちょっと聞いてもらえますか?」
「ぇ、なに? 大事な話? 告白!?」
「違うよ……隠し事ってわけじゃないけど、ちょっとまだ言ってないことがあるから」
「…………ん……今でも、いいよ?」
「えっと、ちーちゃん先輩も一緒の時の方がいいかなって」
「…………ん……わかった」
時間的にもキリが良かった為、俺たちはそのままダンジョンを出てクラブ部屋へと向かった。
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