第37話 投資の誘い

執務室の窓から、活気に満ちた街並みが見える。魔獣の襲来から一月が経ち、街は以前にも増して活気づいていた。新たな商人たちが押し寄せ、街は膨張の一途を辿っている。


「レオン、本日のスケジュールです」


ソフィアが一枚の紙を差し出す。彼女の仕事ぶりは完璧で、今や私の右腕として欠かせない存在となっていた。


「ご覧の通り、午前中は王都からいらしたヴィルヘルム様、午後は大陸東部のシュミット様との面談が……」


「他にも来ているんだろう?」


「はい。北方商業都市アイゼンベルクのクラウス商会、南方港湾都市メルヘンの海運組合、それに……」


俺は軽く目を閉じ、頭の中で計算を始める。魔獣の襲来後、この街の戦略的重要性が再認識された。それに伴い、各地の有力者たちが投資案件を持って押し寄せてきているわけだ。


「午前のヴィルヘルム氏との面談を一時間に短縮してくれ。その分、他の案件の概要を把握しておきたい」


「かしこまりました」


ソフィアが立ち去ろうとした時、ふと振り返る。


「......また徹夜でしたか?」


「ん? ああ、少しな」


「体調管理も効率の一つですよ」


彼女の言葉に、思わず苦笑いがこぼれる。効率を重視する俺に対する、さりげない気遣いだ。


「分かってる。今夜は早めに切り上げるよ」


その返事に満足したのか、ソフィアは微笑んで部屋を出て行った。


* * *


「つまり、王都と当地を結ぶ新規交易路の開発ですか」


「その通りだ」


マーカス・ヴィルヘルムは地図を広げながら説明を続ける。王都随一の商会の代表らしく、その計画は綿密に練られていた。


「この街の戦略的重要性は、今回の件で証明された。しかし、現状の交易路では効率が悪すぎる。そこで──」


「新たな経路を開発し、補給路としても活用する。なるほど」


地図上で示された経路を見る限り、確かに現状よりも大幅な効率化が見込める。しかし、そこにはいくつかの課題も見えた。


「山岳地帯の開発費用は?」


「その点は王国からの支援も──」


「甘いですね」


俺は冷静に指摘する。


「確かに、この計画自体は素晴らしい。しかし、王国の支援を前提とした収支計画は危険です。まして、これだけの大規模プロジェクトともなれば……」


ヴィルヘルムの表情が僅かに強張る。さすがの彼も、この指摘は予想していなかったようだ。


「では、君はどうすべきだと?」


「まずは小規模な商路から始める。並行して、各商会から出資を募り、段階的に拡大していく。王国の支援は、あくまでボーナスとして考えるべきです」


机の上の地図に向かって、俺は新たなルートを描き始めた。


「このルートなら、初期投資を最小限に抑えられる。利益が出始めたら、それを原資に拡張していく。その方が、リスクも分散できます」


ヴィルヘルムは感心したように頷く。


「なるほど。堅実な案だ。だが、それでは開発に時間が……」


「いいえ、むしろ早くなります」


俺は確信を持って言い切った。


「小規模から始めることで、問題点の洗い出しも容易になる。それに、実績を示せれば、追加の投資も集めやすくなる。結果として、全体の完成は早まるはずです」


部屋の中に、短い沈黙が流れる。


「分かった」


ヴィルヘルムが静かに頷く。


「君の案で進めよう。具体的な収支計画は……」


「ええ。ここから詰めていきましょう」


* * *


午後の商談も同じような調子だった。


ヨハン・シュミットは、大陸東部最大の商会の代表として、魔獣素材の独占契約を持ちかけてきた。北方商業都市からは、新たな市場開拓の提案。南方港湾都市からは、海運網の拡大案が示された。


それぞれの案件を精査し、取捨選択していく。時には断り、時には条件を付けての合意。全ては冷静な判断の下で進められていく。


「レオン、本日の商談記録です」


夕暮れ時、ソフィアが新たな書類を持ってきた。


「ご確認いただけますか?」


「ああ」


記録に目を通しながら、俺は密かに笑みを浮かべる。これほどまでに多くの商機が集まってくるとは。しかも、その全てが街の発展に寄与する案件ばかり。


(まさか、こんな形で夢が実現するとはな)


幼い頃に見た、父の苦悩。そこから学んだ教訓。全てが、今の自分を形作っている。


「そうだ」


ふと思い出したように、俺はソフィアに声をかける。


「今夜は早めに切り上げると約束しただろう」


「え? ああ、はい」


「なら、付き合ってくれないか。この案件の続きは、場所を変えて考えたい」


「場所を変えて、ですか?」


「ああ。街の新しいレストランだ。評判の良い店らしい」


ソフィアの頬が、僅かに赤く染まる。


「......分かりました」


夕陽に照らされた街並みを眺めながら、俺は深く息を吐いた。これが、自分の選んだ道。そして、これからも歩み続ける道。


かつての冒険者パーティーでの日々は、確かに無駄ではなかった。あの経験があったからこそ、今の自分がある。


「行きましょうか」


ソフィアの声に、俺は頷いた。窓の外では、新たな商船が港に入ってくる。この街は、まだまだ成長を続けていく。

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