第32話 商人たちの協力
投石機の改良と城壁の強化には、大量の資材が必要だった。
「ヴィルヘルム商事のマーカス殿、本日はお忙しい中お時間を頂き、ありがとうございます」
商人ギルドの会議室で、俺は最大手商会の代表に頭を下げた。会議前、ソフィアから「無理は禁物よ」と念を押されていたが、この場で弱みは見せられない。
「レオン殿こそ、この騒ぎの中、わざわざ足を運んでくれて感謝する」
マーカスは穏やかな表情を浮かべながら、差し出された資料に目を通している。
「これだけの量の資材を、三日以内に調達する必要があると」
「はい。時間との勝負になります」
「確かに、価格は相場の三割増しまで許容できるとある。だが、それでも」
マーカスは言葉を切った。この状況下で、大量の資材を短期間で集めるのは至難の業だ。しかし、俺には確信があった。
「マーカス殿。この街を守ることができれば、その後の復興需要は相当なものになるはずです」
資料の最後のページを開く。そこには、魔獣の襲撃後の経済予測が詳細に記されていた。
「他の街での事例を分析したところ、襲撃後の復興期には、平時の三倍以上の建材需要が発生します。もし、この街が無事であれば」
「我々が、その需要を独占できる」
マーカスの目が鋭く光った。商人として、この先にある利益を見逃すはずがない。
「面白い。だが、三日というのは厳しい」
「その件について、提案があります」
俺は新たな図面を取り出した。手が少し震えているのを感じたが、机に手をつき気付かれないようにする。
「各商会の倉庫にある在庫を、一時的に融通し合うのです。もちろん、適正な利子を付けて」
「なるほど。確かに、単独では無理でも、協力すれば」
「ええ。そして、街の防衛に貢献した商会には、復興時の優先取引権を約束する。これは騎士団長からの保証付きです」
マーカスは図面から目を上げ、じっと俺を見つめた。
「君という商人は、本当に面白い。かつてのクラウゼン商会の血を感じるよ」
「恐縮です」
「では、私からほかの商会にも話を通そう。ただし、条件がある」
「なんでしょうか」
「君の価値転換の能力を、今後の取引でも活用させてほしい」
俺は一瞬考え、すぐに頷いた。
「もちろんです。互いの利益になる取引であれば」
「では、話は決まりだ」
マーカスが立ち上がる。これで資材の調達は目処が立った。
「申し訳ありませんが、私はこれで」
「ああ、街の防衛に戻るのだろう?」
「はい。価値転換の準備がありますので」
「そうか。では、資材は順次届けさせよう」
会議室を出ると、待っていたソフィアが心配そうな表情で駆け寄ってきた。
「顔色が悪いわ。やっぱり無理をしているのね」
「大丈夫だ。ただの疲れ...」
言葉の途中で、足元が僅かに揺らいだ。
「休息を取るべきよ。これ以上価値転換を使えば...」
「今は休んでいる暇はない」
俺は壁に手をつきながら、姿勢を立て直す。
「心配なのは分かるが、全ては計算通りだ」
「でも」
「資材は確保できる。投石機の改良は予定通り進んでいる。城壁の強化も、人員さえ揃えば」
「レオン」
ソフィアが俺の腕を掴んだ。
「少なくとも、お茶を一杯。それだけは約束して」
その目には、かつて見たことがないような強い意志が宿っていた。
「...分かった。城壁に向かう前に、少しだけ」
ソフィアはほっとした表情を浮かべ、「あなたは、本当に変わってわ」と呟いた。
「変わった?」
「ええ。でも」
彼女は微笑んだ。
「その変化は、決して悪いものじゃないわ。ただ、もう少し自分を大切にしてほしいの」
「そうか」
俺は特に何も答えず、彼女に導かれるまま休憩室へと向かった。
「ソフィア、休憩後は鉱石の在庫状況を確認しよう」
「ええ。採掘場からの報告も届いているわ」
短い休憩を挟みながらも、準備は着々と進んでいく。魔獣の襲来まで、残り時間は刻一刻と減っていた。
しかし、俺の計算は間違っていない。この街は、必ず守り切ることができる。それを示すために、全ての準備を整えなければならない。
空を見上げると、昼過ぎの太陽が眩しかった。作業には、またとない好天だ。
「さあ、始めよう」
俺は深く息を吸い、価値転換の準備に取り掛かった。ソフィアの心配そうな視線を感じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます