歪な世界の直し方

@tundes

序章

前日譚

 1 2 3 古ぼけたエレベータが音を立てて上昇していく。


「小沢、階数表示機に”歪み”による影響が現れたら、すぐに出るぞ。」


「はい、先輩。」


 廃ビルのエレベーターの中で二人は階数表示機を凝視する。最上階を指す「6」という数字が文字化けを起こし始めた。


「今だ。」

 タイミング見計らった俺は力強い声で叫んだと同時に、重い前蹴りをドアに与え、蹴飛ばした。


 呼応するように小沢が飛び出し、5階に着地した。


 エレベーターは速度を増していく。


 俺は6階に上がった瞬間を見極め助走をつけ勢いよく飛び込んだ。


 チーン

 

 ビル全体にエレベーターが到着を伝える音が響き渡る。


「先輩、無事ですかー?。」

 小沢が階段を上がりながら緩く声を出す。


「無事だ。それより、映像はしっかり撮れいてるか?。」

 壁にもたれかかるように座りながら俺は言葉を返した。

 

「はい、もちろんです。これは”歪み”ですよね?。」

「そうだな、報告しておく。」

「にしても、怖いエレベーターですよね。」

 ついさっきまでの苦労を吐き出すように小沢が話し始める。

「人が乗るとわけもわからないところに連れて行くなんて、もしこのことを知らない人が乗ったらどうするんだって話ですよ。」

「実際、怖いもの見たさでここに来た人たちが行方不明になったから、調査しに来たわけだしな。」


 俺たちは階段を下りきりビルの外に出た。


 外はまだ朝で、急な角度から太陽の光が街に差し込む。人道りはなく、”歪み”を知らない振りでいる世界が目を覚ます。


各地で起こるポルターガイストや超常現象、到底人間の理解し難い現象、存在を我々は"歪み"と呼び、理解しようとしている。


「先輩、あの廃ビルどうなりましたか?。」

次の目的地に向かう道中、小沢が話しかけてきた。


「確かビルごと解体されたはずだ。」

「そうですか、これ以上犠牲者が増えてもこまりますもんね。」


 俺はコンビニを指差した。

「ここからは少し歩くことになる、そこで何か買っておこう。」


「いらっしゃいませ。」

 店内が店員の声で満ちる。少しして、スピーカーから垂れ流されている流行りの曲が聞こえてくる。客は見当たらず、商品が寂しそうに陳列されている。


「これお願いします。」

 俺は店員に商品を手渡し、会計を進める店員に目をやった。店員は左目の下に綺麗な黒子があった。泣き黒子というのだろうか。輪郭も整っており、腰まで伸びて艶のある髪がその人の努力を惜しまない性格を表している。


「ありがとうございました。」


「さっきの店員さん、可愛いかったですね」

コンビニを出た後、小沢が話しかける

「そうだな、俗に言う美人と言われる人だったな」

「もっと素直に言えないんですか?。」

小沢が少し呆れたように俺に問いかける。


 そこから何時間かアスファルトで舗装された道や畦道を歩き目的地に辿り着いた。


「着いたぞ。」

 都会から少し離れた町に足を止める。所々に雑木林が生い茂っているが都市化が進み住宅が立ち並んでいる。

「ここに"歪み"あるかも知れないんですね」

「あぁ、今から都市伝説の記事を書くライターの取材として、"歪み"に遭遇したかも知れない人と接触する。」

 俺たちは目撃者のいる家の前に立った。


ピンポーン


 インターホンを鳴らすと中から一人の男が出てきた。

「取材の方ですよね、どうぞ。」

 男は優しく俺たちを招いた。


「こんな田舎まで来て取材だなんて熱心な方ですね。」

「いえいえ、ただこういう話が好きで聞き回っているだけですよ。」

「本日、お仕事はおやすみですか。」

「いえ、少し用事があるのでこの後少ししたら確認しに行くんですよ。本当は休みたかったんですけどね。」

 男が机と椅子に、『どうぞ』というジェスチャーを送る。


 俺たちは机を挟み目撃者と向かい合うように座った。


「あの話ですよね。」

 男が観念したように切り出した。

「はい、お願いします」


 男が机の上で指を組み話し始めた。

「どこから話せば良いんでしょうかね。あれは街灯の灯りひとつない深夜の事でした。」


「私はまだこの町に来たばかりで、暗闇の中で職場から家までの道を手探りで進むしかありませんでした。」

「そのせいでしょうかね。」

男は冷や汗をかいていた。そして、うつむきながら少し暗めな声で語った。


「私が存在しないはずの道に迷ってしまったのは。」


 男が話し始めてから俺たちは固まってしまっていた。金縛りにあったとかではない、普段の空気とは違う異様な空気感に固定されたような気分になったのだ。上半身は暖かさを感じているのに、足元は寒い。そして後ろから視線を感じるような。男がうつむき見ないようにしている先に何かいるような。そんな異様な空気感に。








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る