38話 悪魔が取引を持ち掛けてくる

 クッコロさんと痴女悪魔の傍若無人な乱入により、俺の告白はうやむやのまま終わってしまった。

 ごっちゃんが封印術でふたりを封印してどこかに捨ててくれたおかげで、俺はひとりで寝ることができた。

 いや、翌日に控えた別れのことを考えてもんもんとし、眠れなかった。


 そして迎えてしまった最終日。

 訓練も卒業式もなく、最後は悪魔や精霊やモンスタークラスとの交流会だった。

 交流会という名前だが、これは、まあ、学校の運動会、もしくは、オリンピックだろう。

 種族別や種族混合の競争や、防具をつけて安全を確保した上での格闘で様々なクラスが競い合っている。

 種族どうしで力量を競いあい、自分たちの成長した能力を把握するとともに、場合によっては契約を結び、後に力の貸し借りをする関係を築くのだ。


 何かしらの能力で拡張されたらしき、だだっ広い運動場の喧騒を、俺は離れた木の根もとで興味を持てずにぼうっと眺めていた。


 午後の、種族対抗戦闘個人の部と団体の部まで、俺の出番はないのだ。というか午前中ぼうっとしていたら、クラスメイトに危険そうな戦闘種目を押しつけられてしまっていた。


 四百メートルトラックの運動場を十倍にしたような空間で、羽のある悪魔が空を飛んだり、地上から人間が魔法を放ったり、なかなかカオスな競技が進んでいる。


 だが、交流会はどうでもよかった。


 この大会が終われば、人間も悪魔も、訓練期間は終了だ。

 俺たちは記憶を失い、本来の召喚先へと旅立つことになる。俺はごっちゃんと一緒に異世界に行くような能力を持っていない。記憶を消されないようにする能力もない。


 このままでは、ごっちゃんとの出会いがなかったことになるのだ。


 これからもごっちゃんと一緒にいられる方法はないだろうか。


 俺の成績は優秀だから留年は無いだろう。戦闘訓練で俺に匹敵する者はいないし、そもそも教える側になるくらいには、クラスメイト達との力量差があった。

 運動会をサボったところで出席日数は足りているから、やはり留年の理由にはならない。というか、そもそも、留年という制度があるのかも不明だ。


 どうする。

 問題行動を起こすか?


 例えば、目の前の運動会をぶっ潰すような大暴れをして、問題児として謹慎処分になれば、異世界転移訓練学校にとどまることが可能なのでは?


 いや、それ以前の問題として……。

 ごっちゃんが何処にいるのか分からないのだ。運動場には人間三百、悪魔千の他に、精霊やモンスターなどもいて、目に映る生物だけで二千は超える。

 生き物っぽくない外見のやつや、概念のみの存在とか、電子上の存在とかもいるから、実際は三千名近い生徒がいるようだ。


 教師として運動会の運営に携わっているごっちゃんはあちこちを駆け回っているらしく、探しても見つからないのだ。


 このままでは、お別れすら言えないかもしれない。


(……らを……)


 ん?

 脳に直接、聞こえてくるかのような声。


(ちからを……)


 まさか、俺の邪な心に、魔王の誰かが反応した?


(いや、そういうわけじゃ、ない……)


(お前は……)


 昨晩に出会った千人くらいいる魔神の側近の4本腕の悪魔だ。相手の心を読んだり、語りかけたりできる魔王だな?


(いったい、俺に何の用だ)


(力を、貸してくれ、と言ったのだ……)


(何だと……!)


 いくら学生とはいえ、やはり悪魔だ。

 今の俺ならごっちゃんと一緒にいるために悪魔とすら契約を結ぶと踏んだのだろう。俺の心の隙をついて、何を企んでいる……!


(いや、そういうわけじゃ、ない……)


(なら、力をくれるとは、どういうことだ?)


(逆だ。貸してくれ、と言ったのだ)


(どういうことだ。何で悪魔が人間に力を借りようとする?)


(お前にとっても、利益のある、取り引きのはずだ)


(……聞くだけ聞いてみようか)


(次の競技を知っているか)


(ああ。借り物競走だ。物を借りてきたり、悪魔と契約して力を借りたり、とにかくいろんな物を借りる競技だよな?)


(そうだ。俺が、出場することになっているが、正直いって、出たくない……。めんどいし、人前で、あまり動きたくない……)


(話が見えない)


(隻腕の剣士悪魔を覚えているか?)


(ああ)


(あいつは運動会の実行委員だ。もし、お前が、望むのなら)


(……望むのなら?)


(お前が俺の代わりに、借り物競走に出るのだ……。そうすれば、隻腕のやつに頼んで、借り物の札に細工をしてやろう)


(だから、話が見えないって)


(お前が借りるものを『最愛の人』にすると、言っているのだ)


「なんだって」


 俺は思わず声を出してしまった。


(護国先生は、あの運動場にいる。殲焔煉獄の魔王ヘルズ・イフリートと謳われた、俺が、保証しよう。さあ、どうする。忙しい護国教師にコンタクトを取る、最後の、チャンスだ。大会を、見ている全員が、選手に注目する。そこで、呼べば、護国先生に、会えるぞ)


(まて、いきなり格好いい二つ名を名乗られたせいで話が頭に入ってこない)


(借り物競走で『最愛の人』の札を引かせてやる。大勢がお前に協力してくれるはずだ)


 確かに、二千名が大声を出して応援しているような状況でも、借り物競走なら、みんなが俺の声に耳を傾けてくれるはずだ。俺がごっちゃんを探せば、協力して探してくれる人も大勢でてくるはずだ。

 だが、衆人環視のもとでの告白する度胸が、俺にあるのか?


(さあ、どうする……)


(いや、待て。何で俺がごっちゃんのことを好きだって知っている)


(愚問だ。心の、弱いところ、つけ込み、利用するのが、悪魔だ。精神力、弱い奴の、考えていることなど、読み取れる)


(まじか……。俺は精神力が弱かったのか)


(くっくっくっ。俺は、競技に出たくない。だから、貴様を、利用してやるのだ。利害は、一致している、はずだ)


(なぜ、ほぼ初対面の俺に力を貸すような真似をする)


(だから、競技、出たくないって言ってるだろ……。陰キャなめんな)


 若干苛立ったような声。どうやら、この魔王は本心で借り物競走に出たくないから、俺に取り引きを持ちかけているようだ。


(……分かった。お前の提案を受け入れる)


(くくくっ。契約成立だ……。貴様は我の代わりに、借り物競走に出場するのだ。さあ、それを、受け取れ)


 突如、何もない空間から黒い毛皮のコートと、角らしきものが落ちてきた。


(それをつければ、悪魔に見えるだろう……。後は、任せたぞ)


「ああ」


 俺は決心した。

 ごっちゃんに会うため、悪魔の変装をし、借り物競走に出場するのだ。


 先ずはコートを羽織り、臭ッ――。このコートめっちゃ臭い。


 こんなに臭いなら人間だとは思われないだろう。脱ぎたいけど、我慢だ。


 角は意外と軽い。中が空洞になっているようだ。

 装着しやすいように、御丁寧に紐がついている。頭につけるには長く、腰にでも巻きつけるかのようなゴム紐だ……。

 というかこれ、ジャングル奥地に住む人たちが、ちんこにつける、いわゆるチンコケースにしか見えないんだけど。


(おい、悪魔。これは、なんだ。角なのか? おい、返事しろ。おい)


 返事はない。俺からは4つ腕の悪魔に連絡を取れないようだ。


 悪魔のフリをするんだから、角だよな?

 額につける角だよな?


 俺は異臭に耐えながら角を額に装着し、頭の後ろでゴム紐を束ねてきつく結んだ。

 準備は万端。あとは、火の玉ころがしが終わるのを待つだけだ。

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