33話 うごごご、だよ。次元の狭間から悪魔が襲来したのじゃ
闇夜の深い断裂から、粘着質で濃密な気配が零れ落ちてくる。おそらく、これが魔力というやつだろう。血や臓物が腐敗したような臭いを孕み、生温かい風が漂ってくる。
「大丈夫? 拙いことになったんじゃよ!」
更地となった体育館跡地に、銀色の羽を生やしたごっちゃんが飛んできた。
「空だけじゃなく、流星も拙いことになっておったー!」
着地時に勢いがつきすぎていたごっちゃんは、視線を首ごと俺から逸らした拍子にバランスを崩して転びそうになった。銀の羽が解けて、蝶々の髪飾りになって頭にとまる。
「ど、どうして流星は全裸なの! クリストリスは何でおっぱい丸出しなの!」
「どうしてと言われても……」
上空の異常事態に気をとられて忘れていたが、俺は全裸だった。不幸中のほんのわずかな幸いなことに、俺の股間で猛っていた闘神は恐怖で眠りについている。
俺は両手で股間を覆い隠して身体を小さくした。
泣きたい。
俺のガラスハートが、粉々に砕ける……。
いや、待て。妹には何度も見られているし、ごっちゃんになら見せてもいいか?
俺はそっと手をどかす。
あ、いや、ダメか。ごっちゃんは妹じゃない。
俺は手で隠す。
「な、なんで、そんなに謎のエッチなことしているのかな?!」
「護国殿。私は赤井流星と互いに辱めあっていたのです」
「違うよ! 俺が一方的に襲われただけ!」
もうやけっぱちで俺は叫んだ。
好きな女の子の前で全裸になってちんちん見られちゃったら、俺にはもう失うものはない。今の俺は、俺史上最高に勇気であふれている。
「必殺技の特訓をしていて服が吹っ飛んだだけです! 激しい特訓のせいです!」
「早く何かを着てよ!」
「何かって、何もないよ! ごっちゃんの服を貸してよ!」
「無理だよ。着物の下は肌着なんだよ!」
あたりは綺麗に更地になっているので、服などあるはずもない。
「私の服を貸しましょうか?」
「いいから、クリストリスはプルンプルンの胸を隠して! いつまでも出していると、ワシが精神ダメージを喰らうんじゃよ!」
こうやっていつまでも馬鹿騒ぎしていられたのなら、どれだけ幸せだっただろうか。
上空で、まるで夜空の裂け目から溢れかえるように、魔力が次々と現れる。
それはさながら呪いに満ちた太陽。あまりにも生命からかけ離れたおぞましい気配。
「悪魔クラスの生徒だよ。どの子も魔王級ばかりだよ」
「俺が……。俺のせい?」
上空の悪魔はあっという間に千近くに達した。
一つ一つが異世界を支配するほどの強大な魔王だ。身体の芯から震えがこみ上げてくる。
かつて俺が命懸けで倒した魔王に匹敵する存在が一〇〇〇を超えるなんて……。
「うっ、ううっ」
俺は俯いてしまった。亡霊や死者がのし掛かってくるかのような、あらがいようのない圧力。俺はもう、二度と空を見上げることができないかもしれない。
「はっ……はっ……はっ……」
情けない。俺は息の吸い方を忘れてしまったかのように、小刻みに吐き続ける。
ああ、だんだん胸が苦しくて、目がちかちかしてきた。
「ふむ」
脳筋だから脅威を理解できていないのか、同等の危機を経験したことがあるのか、クッコロさんはごく自然に軽く息を吐く。
「よく分かりませんが、悪魔などは滅ぼしてしまっても良いのでしょう?」
小石でも蹴るかのように軽く言ってのけ、クッコロさんは剣を一閃したあと、虚空に手を突っ込んだ。
手首から先が壊れたテレビのように乱れて消える。どうやら彼女の特殊技能で異空間から何かを取り出そうとしているようだ。俯いたまま横目でちらっと見ただけだから判然としないが、学習ノートのような、書物らしきものだ。
なんだ。
強大な魔導書か?
この状況を覆すほどの魔法が存在するのか?
「つい先日、私は新たな能力を求めて異世界へ赴き、おそるべき禁断の魔導書を発見しました。そこに書かれていた、『魔属性の敵を一瞬にし焼き殺す魔術』を使いましょう」
魔術?
近接戦闘に特化した肉弾戦騎士かと思っていたけど、クッコロさんは魔術も使えるの?
「
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!」
まるで俺の体内を食い千切るかのような悲鳴が炸裂した。自我の崩壊に苦しむ哀れな人間が悶え苦しむ悲鳴。
上空の悪魔に変わった様子は無し。
叫んだのは俺だ!
俺はクッコロさんに飛びついてノートを奪い取った。
「なんで! なんで! なんでこれが?!」
間違いない。日本の俺の部屋の机の引き出しの中に隠してあるはずのノートだ。ゴグヨ製のノートの表紙を黒のマジックで塗りつぶした、俺お手製の恥ずかしい過去だ。
「急に叫ばないでください。しかし、おかしいですね。その魔導書、魔術が発動しませんね」
「当然でしょ! 何を考えているんですか! というか、どっから出したの!」
「次元を切り裂ける私には、ノートサイズの物を異世界から持ってくることなど、容易いことです」
「やめてよ! それは筆者を対象にした、精神を蝕む術だよ!」
「ふむ……。辱めれば新たな能力に目覚めるかと期待したのですが、そう都合よくはいきませんね」
む……。
クッコロさんの声音は真剣だ。
紋章の浮かぶ金眼も、意外と真面目な表情をしている。美系でまつ毛が長いから伏し目がちに考え込む顔は、やはり綺麗だ。
まさか、本当に魔導書だと思っていたのか?!
「ああ。そうそう。貴方の部屋のベッドの下に、護国殿によく似た女性の裸体が描かれた書物がありましたが、これはいったい――」
「ぎゃああああああああっ!」
クッコロさんの手にあるのは、かつて俺が自転車で1時間かけて県外の書店で買ったエロ漫画だ。
駄目だ、この人、ただの天然バカ脳筋だ。
と思ったんだけど、クッコロさんはエロ漫画を捨てると(いや、俺の部屋に戻しておいてくれよ!)俺の顎に触れ、クイッと持ち上げた。
「緊張は解けたようですね。さあ、まだ、空を見上げられないほど怖いですか?」
俺はクッコロさんに顎を上げられているから、自然と上を見ていた。何の抵抗もなく、上空に群がる悪魔の群れを、視界に収めた。
いつの間にか震えが止まっている。
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