第55話 私たちの冒険はこれからだ!④

「変に隠すのも良くないか……うん、正直に言うよ。俺、去年、アレに告白されたんだ。断ったけど」


断った、と言う言葉に安堵を覚えつつも、やっぱり親しい関係にはあったんだなと思うと……みぞおちのあたりで、ドロっとした不快な何が蠢いた。


「どうして断ったの? あんなにカワイイ子を」


違う。こんなことを薫くんに聞きたいんじゃない。なんで問い詰めるようなことを、私は。


「どうしてって言われても……俺的には、ナシなんだよ、アレと付き合うとかは」


「私なんかより……ヒカルちゃんの方が、全然女の子らしくて、カワイイ……じゃない……?」


何言ってんだ、私……これじゃまるで……。


ほら、薫くんだって困った顔してる。


「いや、アレと亜依とじゃ、全然比べものにならないだろ。そもそも、比べる土俵にも乗らない。だって……」


「だって?」


私、最悪だ。


自分が安心したい一心で、おそらくは薫くんにとって良い思い出ではないコトを、掘り返してしゃべらせようとしている。


こんな自分がいることなんて、知りたくなかった。


「だって……はぁ……できればこの話には深入りしたくなかったんだが、しょうがないか。あのな……」


薫くんは、軽く首を振る。とてもバツの悪そうな表情だ。


私は、ゴクリと唾を飲み込む。


「あのな、俺がアレと付き合わなかったのは……俺がノンケだからだ」


「は?」


「いや、だから、俺、ソッチの性癖はないから」


「はい?」


「えーっと、だから、アレ、女の子じゃないから」


「えっ? えっ?! えぇっ??!」


私は、脳がバグってしまったのか、薫くんの言葉が全く頭に入ってこない。


ヒカルちゃんの、ふわっとした可憐な容姿と、いま薫くんが話していることの内容が、全く……全く頭の中で結びつかない。


「アレは、風谷のクラスメイト。ウチの高校の女装ミスコンをぶっちぎりで3連覇した、正真正銘の男子高校生だよ」


「はぁああっ??!」


そ、そんなことがあり得るの?! 完全に想定外だよ……!


「前に話したことあるよな。俺、高校時代に4人の男からコクられたことがあるって。アレは、その4人目。ウチの高校の茶道部の……今は部長になったんだっかな。とにかく、アレは、男だ。はぁ……そんときにも言ったけど、俺的には黒歴史なんだよ、この話題」


なんだ、コレ……。


理解が……理解が追いつかない。


でも、ヒカルちゃんが男の子と聞いて、一気に肩の力が抜けた。


同時に、みぞおちのあたりで蠢いていたドロっとした感情の塊が、溶けるように薄れていく。


ホッとした気持ちとともに去来する、ある種の脱力感。


「ウソ……ヒカルちゃん、あれで……男の子……?」


「信じられない気持ちは分かるが、そう」


あり得ない。薫くん以外に、現実世界であんな子が実在するなんて……いや、待て、念のためもう1回確認しないと。


「あれで……付いてるの?」


「バッチリガッツリ付いてるな」


これは……まさか……なんと言うことでしょう……。


こうなってくると、話は変わってくるぞ!


「界隈で言うところの、『生えてる方がお得』ってヤツ……?」


「え? 何がどうお得なのか俺には全く理解できないが……まあ、生えてはいるな」


「つまり、男の娘……?」


「え? うん、何度も言ったが、アレは男の子だ」


ああっ、健全な薫くんには、なかなか話が上手く伝わらないな……。


「いや、そうじゃなくて……ヒカルちゃん、普段からあのカッコなの?」


「高校の入学式からあのカッコだな。あ、ちなみにアレ、高校からウチに入った外部生な。風谷もそうだけど。ウチの高校、もともと校則ゆっるゆるだし。学校側も、多様性への配慮ってヤツだと思うけど、特になんも言ってないみたいだな。俺たちも慣れちゃってて、アレがあのカッコで校内をうろついてても、誰も何も驚かないな」


ヒカルちゃん、ガチの男の娘だった!


ちょっ……どうなってんのよ、薫くんの高校!


薫くん以上の逸材が普通に生息してるとか……魔境すぎるだろ……。


「ともかく、アレからの告白は謹んでお断りしたし、できれば今後も関わり合いたくない。いや、マジで」


なんだろう。安心はしたし、それは良かったんだけど……みぞおちのあたりで、さっきとは全く別の種類のドス黒い欲望のような何か蠢いた。


「ねぇ、薫くん……うさぎちゃんとヒカルちゃんで、百合絡みコラボ動画の企画なんて、どう思う……?」


「……今までの俺の話を聞いて、最初にその企画の提案が出てくるとは。俺は亜依のコトをみくびっていたのかもしれんな……」


「いやぁ、そんなに褒められると、照れるなぁ」


「……脳みその髄まで腐ってやがる」


うん、知ってた。



その時、体育館の昇降口が開き、2人の男性が入ってきた。


「お? 月野じゃねぇか」


「ホントだ、月野、おひさ~!」


1人は坊主頭のガタイのいいコワモテさん。もう1人は、ギターケースを肩に担いだ赤い長髪の細身のキツネ顔さん。


薫くんは、破顔して彼らにあいさつを返す。


「おぉ~! 花山、鳥海! 久しぶりだな!」


この人たち、薫くんが高校時代に作ったMVで見たことある!


薫くんのバンドのドラムとギターの人だ!


「えーっと、こちら、俺の彼女の、一之宮さん」


薫くんが、ちょっと照れながら私を紹介してくれる。


「あ、一之宮亜依です、初めまして。よろしくお願いします」


「どもっ! ギターやってる鳥海でーす! 今日はよろしくね~」


「ドラムの花山だ。ったく、こんな美人の彼女をこさえるとは……月野、ライブ終わったらシバいてやるから覚悟しとけ」


なんかさっき、似たようなセリフを聞いたような気が……。さすが友達同士、発想が同じだなぁ。


「なんだよ花山、オマエ、まだ彼女とかいないの?」


「こちとらオメーと違ってイケメンじゃないんだよ! つか、そもそも周りに女自体いねぇし」


「俺達は国立の理系だからねぇ~。俺は化学だから全然女子は多いど、花山は電気電子工学だから、同学年130人中で女子は5人しかいないらしいよ~」


え。この2人、理系なんだ……。見た目とずいぶんイメージが違うなぁ……。


「中高6年間の男子校生活が終わったと思ったら、大学でもゴリラに囲まれて過ごすハメになるとはな。まったく、進路選択を間違えたわ」


「あはは。っていうか、どっちかというと、花山がゴリラでしょ~」


「ぐっ……鳥海よ、そりゃ事実陳列罪ってやつだぞ?」


えーっと、コンビ漫才かな?

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