あいのうさぎちゃんねる~私の彼は、超絶美少女YouTuber?~
四方千栗
第1話 ダッシュで1分
春。とはいえ、4月1日の横浜の空気は、まだ肌寒い。
大学の正門を抜け、入学式の会場である記念館を目指して緩やかな上り坂の並木道をゆっくりと登ってゆく。銀杏の並木なので、今は、葉はない。
友人同士ではしゃいでいる新入生の一団が目に入った。
いいなぁ。
仙台から上京してきたばかりの私には、残念ながら、まだ、ここに知り合いはいない。高校まではいつも友達とつるんでいたから、一人には慣れていない。
はい、ボッチです。
空には薄っすら雲がかかっている。私の気持ちにも、薄っすら不安がかかっている。
私のすぐ斜め前を、同じくボッチと思われる男の子がとぼとぼ歩いている。
ふと目に入った彼の姿に、私の脳が震える。
「なにこれ、男の子なのに……なんてお姫様!?」
綺麗な顔立ちに、陶器のように滑らかで白く透き通る肌。
それに、どこか柔らかい仕草まであって、まるで少女のような雰囲気を持っている。
その存在が妙に気になって、私は彼のあとを誘われるようについていく。
いえいえ、決してストーキングではございません。
会場の記念館に入って、なんとなく彼の隣の席に座る。近くで見る彼の横顔は、 さらに美しく感じられて……。
「……あ」
思わず声が漏れた。その瞬間、心臓が一瞬止まったみたいにドキッとした。何この気持ち、どうしよう。魂が吸い込まれるような ──── 。
こんなに美しい ──── というか、カワイイ ──── 男の子って存在していいんだろうか。何というか、ちょっと腐った妄想に頭が支配されそうだな。
実にケシカラン。
すると彼がこちらを見て、目が合った。
正面からだと、さらにヤバい。これだけでご飯3杯くらいイケそうだ。鼻血出てないよね、私?
「あ……」
彼も同じように声を漏らした。しばらく無言で見つめ合う私たち。なにこの空気?
私の胸の中で何かが騒ぎ出して、思わずクスクス笑ってしまった。彼は少し戸惑いながらも、苦笑いを返してくれる。
「ごめん、なんか目が合っちゃった。一之宮です。一之宮亜依。よろしくね」
「あ、俺、月野……こちらこそ」
ちょっと高めの、ハスキーボイス。耳に心地よい。宝塚の男役の人の声みたいだ。
「月野……うさぎ?」
月野くんは、なんとも言えない微妙な表情。
「それ、今までの人生で100万回くらい言われたよ。薫。うさぎじゃなくて、薫」
「カヲルくん……リリンの生み出した文化の極……」
「君が何を言ってるのか分かんないよ。一之宮さん」
「笑えばいいと思うよ?」
「一応言っておくけど、俺、『カヲル』じゃなくて、『カオル』ね」
なるほど。メモしておこう。ここ! テストに出まーす!
しかし、近くで見ると、さらにカワイイな、この子。名前も恐ろしく覚えやすいし、何だかノリも合いそうな感じ。私のトキメキはどんどん増していく。
なんかオラ、ワクワクしてきたぞ!
そうこうしているうちに、入学式が始まった。ここから、私のキャンパスライフが花開く!
──── はずだった。
「一之宮さん、起きて。式、終わったよ」
天使の呼ぶ声で、私は現世に舞い戻る。はい、おはようございます。いや、マジで、祝辞とか長すぎるのよ。私、よだれとか垂らしてないよね?
私がまぶたをこすっていると、薫くんは私に軽く会釈して会場を出ようとした。
いやいやいや、それはないでしょう? 私、ちゃんとフラグ立てたよね? それとも、ルート分岐の好感度が足りてなかった?
慌てて私は彼の袖を引っ張って、立ち止まらせた。
「ちょっとちょっと、せっかく自己紹介までしたのに、そのまま帰るなんて薄情じゃない?」
私が少しふくれっ面をして言うと、薫くんは困ったように笑った。その姿もまた可愛らしい。お茶でも飲みながら、じっくりねっとりねぶるように鑑賞したいまである。
うん、とりあえず拉致ろう。
「そこのニーチャン、茶ァでもしばかへんか?」
ニチャァ……とした笑いを浮かべて、薫くんににじり寄る。
「……一之宮さん、ひょっとして、中身がとっても残念な人?」
なぜ後ずさる?
「名字呼びなんて他人行儀だなぁ。私のことは、親しみを込めて『亜依さん』と呼びなさい」
「……俺らの世代でそのネタわかる人、多くないと思うよ?」
薫くんが微妙にツッコんでくる。それにまた私はクスクスと笑ってしまった。
まあ、お茶は了解ということで良さそうね。
入学式の会場を出て、薫くんと並んで銀杏並木を下る。今度はボッチじゃないぞ!
薄曇りだった空は、いまや快晴だ。
来るときには目に入らなかったけど、銀杏並木の右手、図書館と学食棟の間の道には桜が咲いている。満開とまではいかないけど、なかなかイイ感じに花開いてるじゃありませんか。
隣を歩く薫くんとは、完全に目線の高さが一緒だ。私は、女性にしては背が高い方で、171センチある。彼も多分、171とか2だろう。男の子としては標準かな。
身体の線は細い。ほとんど私と同じ体型なんじゃないか?
え? 胸はさすがに男女差があるだろうって? 悪かったな、まな板だよ。
大学の門を出て、とりあえず駅の反対側に移動した。大学から見て駅の裏側は、割とコテコテの学生街だ。駅裏から放射状に広がる各通りに、無数の飲食店がある。各種ファーストフードはもちろん、ラーメン、とんかつ、カレーなど、男子学生御用達のガッツリ飯から、女子会向きのカフェまでなんでもござれ。
とは言え、私も越してきたばかりで、まだ開拓が進んでないのよね。ここは手堅くいきますか。
というわけで、スタバである。こういう時は、とりあえずスタバに行っとけば間違いない。じっちゃんが言ってた。
私はチョコレートムースラテ、薫くんはキャラメルマキアート。向かい合って席についた。
座った彼がこちらに視線を向けた瞬間、私は思わず息をのんだ。改めてじっくり見ると、ほんとヤバいな、コレ。
なに、この見惚れるような繊細な顔立ち!
男の子としては長めの柔らかくなめらかな黒髪は、まるで光を吸い込むかのように艶やかに輝いている。
少し淡く長いまつ毛が、ぱっちりした瞳に影を落とし、まるで少女のような優し気な印象を与える。
そして、その漆黒の瞳の中には、透き通るような深さ。
凛とした鼻筋。その下に続く控えめな唇は、かすかに色づいていて、どこか儚げ。
男らしさを感じさせる硬さはなく、中性的、いや、むしろ女性的な可愛らしさが、私の意識を鷲掴みにして離さない。
これはいわゆる、一目惚れってやつなのだろうか。三次元の世界に実在したんだな、一目惚れ。初めて見たわ。
呆けた顔の私と薫くんが数秒間見つめ合ったあと、不意に、彼が頬をほんのり赤く染め、照れたかのように視線をそらす。
なにこれ、カワイイかよ。キュン死するだろ、チョットは自重しろ。
「……」
「……」
あれ?
コレ、ひょっとしてこの子、女の子としゃべるの、慣れてない?
私に対して照れてるまである?
この顔面偏差値の高さで?
そんな天然記念物みたいな生物が、いま、私の目の前に?
なんか、み・な・ぎ・っ・て・き・た!
いや、まあ、私も男の子としゃべるのなんて、小学校以来なんだけどさ。
中高一貫女子高は百合の園。学園祭は完全クローズドで関係者以外お断り。親密男子校なし。大学受験の塾は完全個別指導制。当然のように講師の先生は女性(ちなみに、このおねーさま、かなりの腐)。バイト禁止。どこで出会えっちゅーねん。
というわけで、いささか私も自信はないが、仕方がない。こちらから口火を切ってやろうじゃあないか。
「薫くんって、どこ住み?」
「中目黒」
「自宅?」
「一人暮らし」
日本語おぼえたてなのだろうか? 単語しか返ってこないぞ? 君、さっきは割とテンポよくツッコミ入れてたよな?
「私もだよ。このすぐ近くのマンションなんだけどね。ちなみに、薫くんって、どこ出身?」
「あー、金沢」
「金沢かぁ、ハントンライス、オイシイよね!」
「金沢と聞いて最初に出てくるのがそれ?! いや、美味いけどさ」
お、ほぐれてきたか。
「あ、でも、正月の地震、大丈夫だった? 共通テストとか、大変だったんじゃない?」
「市内は震度5強とかだったかなぁ。知り合いには被害に遭った人もいたけど、幸い、俺が住んでたあたりは、そんなに大変なことにはならなかった。共テも、とりあえずは無事に受けれたよ」
「そいつは良かった。とはいえ、共テ直前の神経質になってる時期だったし、災難だったよね。あれだけの地震だと、たとえ直接的な被害がなくても、気持ち的に……ね」
「あんがと。気遣ってくれて」
彼は、感謝の言葉を口にすると、表情も少し柔らかくなった気がした。イイじゃないか。私はそのまま話を続ける。
「私はね、仙台なんだ」
萩の月は最強です。異論は認めない。
「そうなんだ」
「うん。私もね、子供の頃の東日本大震災のこと、今でもよく覚えてるの。楽しみにしてたのに、小学校の入学式とかも、あれのせいで延期になっちゃったんだよね」
薫くんは少し首をかしげて「あれ?」という顔をした。
「あ、私、一浪してるんだよね。薫くんが現役なら、震災の時はまだ幼稚園だったでしょ?」
「ああ、そうか。じゃあ……」
「そう、ひとつ年上ってことになるね。お姉ちゃんって呼んでいいよ?」
「いや、いい」
即答かよ。
「で、薫くんは、なんか部活とかやってたの?」
「んー、軽音部」
「けいおん!」
「うん、軽音」
「容姿端麗、頭脳明晰。さわやか笑顔で幸せを運ぶみんなのアイドル!月野薫!!」
「俺、ドラムじゃないから」
「えー。じゃあ、何やってたの?」
「キーボード。曲によっては、ほかの楽器もやってたけど」
「ドラムの子のお姉さんがやってるライブハウスで演奏したりとか?」
「ウチのドラム、一人っ子だし。そもそもキーボードいないだろ、あのバンド」
薫くん、レスポンスが良くなってきたな。
「どんな曲やってたの?」
「わりとポリシーのないバンドだったなぁ。やりたい曲よりウケる曲優先っていうか。ヒゲダンとか、ミセスとかのコピーが中心かな」
「え? そのへんの曲、メッチャ難しくない?」
「まあ、高校のお遊びバンドだから、雰囲気出ればいいんだよ」
「そーゆーもん?」
「そーゆーもん。一之宮さんは? 部活とか」
「私、バスケ部。ウチの高校、結構強かったんだよ! こう見えて私、インターハイ選手だよ!」
「えっ、マジ?」
薫くんが感心したように私を見てくる。えっへん。
「まあ、3年の夏までゴリゴリに部活やってたから、浪人まっしぐらになっちゃったんだけどね。てへ」
「あー」
そんな残念な目で見ないで頂戴お月様。
「そんでさぁ、インハイの2回戦で、優勝候補筆頭のめっちゃ強い高校と当たってね。試合の前の晩に相手のビデオ見て作戦会議したんだけど、超高校級の選手ばっかで、どうすんだよコレ……って感じになっちゃって」
「ほうほう」
「作戦会議がお通夜になりかけたんだけど、監督がね、『全国制覇を成し遂げたいのなら、もはや何が起きようと揺らぐことのない、断固たる決意が必要なんだ!!』って活を入れてくれてね」
「ん?」
「試合、前半は結構競った展開に持ち込めたんだけど、後半に入ってから、相手のプレスをなかなか突破できなくて、大差をつけられちゃってね。諦めそうにもなったんだけど、ダンコたる決意ってやつがやっとできて、何とか終盤に追い上げてね」
「んん?」
「最後の最後に、私がブザービーターを決めてね、大逆転勝利を掴んだんだよ!」
「んんん?」
「ま、次の試合、ウソのようにボロ負けしたんだけどね」
「その話、なんかむっちゃ聞いたことあるような気がするな……まさかとは思うけど、2回戦の試合で、背中とか痛めてないよね?」
「えっ?! 何で知ってるの?」
「あ……いや……もういいや」
そのケガのせいで、バスケ、やめちゃったんだよなぁ。ああ、バスケがしたいです。
「さて、そろそろ出る?」
30分ほどのおしゃべりのあと、薫くんが、軽く伸びをしながら言う。なんということでしょう。美少年鑑賞会もそろそろ幕ですか。悲しい。マジで悲しい。涙が出ちゃう、だって女の子だもん。
「ああ……うん、そうだね。あ、ちょい待って、LINE交換しよ!」
タダでは逃がしませんよ?
「あ、ほい」
よし、美少年のLINEゲットだぜ!わざわざ仙台から横浜まで来た甲斐があったってものだ。
さて、と。外に目をやると。
「って、これ……」
「あー……これは……」
気付かないうちに、外は土砂降りの雨になっていた。天気予報、ウソをついたな。せめてカバンに折り畳み傘でも入っていれば、相合傘ができたんだけどなぁ。
とはいえ、ないものはしょうがない。どうしようか。
まあ、私が思うに、これはシンプルに考えれば片がつく。
傘がないなら、走ればいいじゃない。
「私の家、ここからダッシュで1分くらいだから、ウチにおいでよ! 傘貸してあげる!」
「は? え? ちょ?!」
私は、薫くんの返事を待たずに走り出す。インターハイ選手のガチダッシュ、舐めんなよ。
一呼吸分駆けてから振り返ると、薫くんが視界から消えかけていた。一生懸命追いかけてきているけど……遅っそ!
「やべ……このペースで1分走ったら、俺、死ねる……」
遠くから聞こえるそのボヤキが妙に可笑しくて、私はちょっと吹き出しながら、薫くんが追いつくのを待った。
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