第52話 宮澄さんと関本君

 「二人とも大丈夫ですか?ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」

 「大丈夫だよ。何かされた訳じゃないんだし」

 「菅原さんもごめんなさい」

 「私がは本当に特に何かされた訳じゃないから。神崎君が平気なら平気だよ」


 本当に申し訳ない様子で謝ってくる宮澄さん。幼馴染とはいえ宮澄さんが謝る必要なんてないのに。


 「本当にごめんなさい。本当はあんなようなことをするような人じゃなかったんですが」


 記憶を探るように確認する宮澄さん。

 私達三人しかいない教室は、さっきの空気が残っているのからか少し重いような気がする。


 「……何かあったの?」

 「え、」

 「その、ただならぬ様子だったからさ」


 詰め寄られていた本人が心配するのはどうかと思ってしまうが、たしかにあれは様子が変なように感じた。

 今までも似たようなことはあって、何にもない時にも絡まれたことがあったけど、今日は少し違和感を覚えた。八つ当たりしているような、普段もストレス発散まがいだけどそれとは違うような。


 「……わかりません。ですが、最近様子が変なんです」

 「そっか」

 多少様子が変なのは気になるが、それを加味しても神崎君へ暴言を吐いていい理由にはならないだろう。


 「前から気になってたんだけどさ、宮澄さんと関本君ってどんな関係なの?」

 「どんなというのは?」

 「んー。人生歴みたいな?どういった幼馴染だったんだろうって」


 ここ最近は見かけていないが宮澄さんは関本君と一緒に帰っている時だってあったし、はたから見れば付き合っていると思ってしまうほど距離感が近かった。たしかに青山さんと藤原君みたいな幼馴染タイプもいると思うけど、宮澄さん達はちょっと違う様子に見える。


 「普通、というものは分かりませんけど、家が近くて両親たちの親睦がありましたから自然と関わっていったという感じです」

 「差し支えなければ聞いてもいいかな。ちょっとどんな感じなのか気になってたから」

 「いいですよ」


 神崎君のお願いに宮澄さんは笑顔で応えてくれた。


 「最初に会ったのは幼稚園生の頃だったと思います。当然お互いに小さかったので、特に意識はしていなくて気付いたら遊んでいた感じでした」




 「ほんばっかよんでたいくつじゃないの?」


 私は小さい頃から身体が弱かったので外では遊ばず、家の中でずっと本を読んでいた。


 「うん。ほんおもしろいですから」

 「そとのほうがたのしいのに」


 翔吾くんは文句ばっか言ってましたが、なんだかんだ私に付き合っていてくれました。本当は外に出て走り回って遊びたかったと思いますけど、私の身体の事を気遣ってくれてか部屋の中で一緒に遊んでくれた。


 「うわ~またまけかよ」

 「さいしょからせめすぎなんです」


 トランプ。オセロ。折り紙にボードゲーム。

 翔吾くんの気遣いか、それとも自分が楽しみたいだけか分かりませんが、いつも遊ぶときは違うものを持ってきてくれて、私に人と遊ぶ楽しさみたいなのを教えてくれました。


 「なぎさちゃんそとであそぼ?」

 「なぎさちゃんはさそわなくていいよ。からだのことがあるんだし」


 その頃の私は、どこへ行っても身体の事がありましたから幼稚園でも孤立気味でした。 誘われても遊べない。調子が良くても微参加程度。外で遊びたい真っ盛りの小さい子たちにとっては、私は退屈な子に映ったと思います。


 「しょうごさっかーしようぜ」

 「おれはいいわ」

 「なんで?」

 「なぎさとあそびたいから。それにさいきんはなかであそぶのもたのしいし」


 誰からも相手にされない。誰とも遊べない。唯一翔吾くんだけが、私と遊んでくれました。


 きっと私と遊ぶよりも外で遊びたかったと思いますけど、ずっと……ずっと……そんな様子を見せずに楽しそうに笑ってくれて。翔吾くんが私を支えてくれました。

 翔吾くんが支えてくれて、その楽しそうな笑顔で周りのみんなを引き付けてくれて、そして私にも友達が徐々に増えていきました。


 「なぎさちゃんまたね~」

 「はい。またあした」


 翔吾くんが今の私を作ってくれたといっても過言ではありません。彼が私と周りのみんなを繋いでくれたから、私は今の私になれたんだと思います。

 調子が悪い日でもそばにいてくれて、私がうじうじしている時は手を引いてくれて、私は翔吾君との時間が楽しかったです。


 「この関係は中学校の時まで続いていたと思います」

 「中学校までなんだ」

 「はいそうですね」


 家が近かったので通う学校は全て同じで、決して人数が多い学校ではなかったからクラスもずっと一緒だった。

 翔吾くんがいる安心感。翔吾くんが繋いでくれた友達。

 私の輪の中には翔吾くんがいて、小学生になってからも中学生になっても彼は私を心配してくれて、いつも考えていてくれた。

 一緒に登下校し、たまにクラスの子からも少し冷やかされる日々。

 最初は翔吾くんなりの気遣いや彼自身の優しさだったと思う。そんな彼に私は救われて支えられて、元気に過ごせていたと思う。

 だからなのかもしれない。

 その影響ともいえる反動が少しずつ、交友関係が広がってくると共に返ってきたんだと思う。


 「翔吾、凪沙ちゃんはどうする?」

 「いいや。あいつは身体の事があるし」


 中学生の時の放課後。教室の忘れ物を取りに戻ったタイミングで聞こえてしまった。


 「そういうの本人に聞かなくていいの?」

 「大丈夫だろ。だって凪沙じゃ無理だし」


 最初は確かに優しさだったと思う。今でもそれは確かに在って、でもこの頃になると遊ぶのも活発になり始めるから、私の意思を無視で決めつけられるようになってきたと思う。

 優しさや心配を通り越しての固定化。確かに私は皆さんと同じように激しく動き回ることは出来なかったかもしれないけど、でもそれは遊びたくないってことではなかった。


 「えー?宮澄さんも誘おうよ。絶対宮澄さんも行きたいって」

 「あいつは無理だから。俺が何年幼馴染やってると思ってるんだ。大抵のことは分かる。行っても無理するだけだ」

 「そっか~ざんねん」


 そんな感じの事が徐々に増えていって、決して孤立していた訳ではないけど、いつの間にか一人っていう感覚が強くなっていった。

 仲の良い友達は確かにいる。友達から避けられている訳でもない。だけど、私は輪の外から皆さんを眺めるようになっていった。


 (私が我儘なだけなんでしょうか)


 翔吾くんが私を気遣ってくれる気持ち。彼から貰っている優しさ。周りの皆さんと繋いでくれた絆。考えれば考えるほど翔吾くんのおかげで今の私があるのだと痛感する。

 そんな翔吾くんを優しさともいえる気遣いを私は嫌だと思い始めてしまった。

 たとえ同じように遊べなくとも一緒に出掛けたい。たとえ迷惑をかけてしまうかもしれないけど無理のない範囲で楽しみたい。


 「私のこの気持ちは、間違っているのでしょうか」

 「ん?何か言ったか凪沙?」

 「いえ。なんでもありません」




 「別に翔吾くんが嫌いっていう訳ではありません。この話を聞いて同情してほしいとかでもありません。ただ、青山さん達のような特別な関係ではないってことです。もちろん仲が悪いっていう訳でもなく、今まで通り仲は良いです」


 宮澄さんは哀しく笑う。

 宮澄さんはこの話をして愚痴を聞いてほしいとか慰めてほしいとかではないんだと思う。ただ、聞いてほしかった。暗い話としてではなく、在った過去の明るい話として。

 だから私はその気持ちを尊重して深く考えず、明るい笑顔で返した。


 「そっか。関本君も良い人だったんだね」

 「はい。素敵な人でした」


 過去形で話すことには触れない。別に本人が嫌いって思っている訳ではないんだ。愚痴りたいっていう訳ではないと思うけど、ちょっとぐらいはいいでしょう。


 「人の想いは色々あるから決めつけることはしないけど……僕達には遠慮しなくていいよ。宮澄さんといて心から嬉しいって感じてるから。だからっていうことじゃないけど、優しくはしないよ?」


 不器用ながらも、伝わりづらい表現ながらも、その言葉に意味はしっかりと伝わってくる。


 「その確認が不要ですよ」


 私達に差なんてない。目に見えた弱い部分があるからと言って普通じゃないってことじゃない。私達は対等で、時には気遣ったり手を差し伸べ合ったりするけど、最初から決めつけることはしない。


 「帰ろっか」

 「はい」


 他人の気持ちを他人が決めちゃいけないんだ。

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