第49話 バレンタインの終わり

 「どうでしたか?菅原さんからのお菓子は?」

 「最高に美味しかったね」

 「ふふ。辻本さんでもそんな顔をするのですね」

 「まあね」


 みなさんと別れた帰り道。私は辻本さんと途中まで帰路が同じなため一緒に帰っていた。


 「どんな形でも嬉しいよ。だって好きな子から貰えるんだもん」

 「そうだと嬉しいですね私も」


 私は辻本さんが菅原さんのことを想っているのを知っている。

 それは見ていれば誰にでも判る事で、逆に私も見ていれば判るものなのか、辻本さんは私が神崎さんのことを想っていることを知っている。


 「大丈夫だと思うよ?どんな朴念仁の男子でも女の子からのバレンタインは嬉しいものだから。家に帰って一人になると思い返しちゃうぐらいにね」

 「そんなものなのでしょうか。沢山貰ってしまうと薄れてしまうのでは?」

 「心配しすぎだよ。大丈夫だって」


 辻本さんと帰るのは嫌ではないのですが、両手一杯にあるバレンタインのお菓子を持って一緒に帰っていると若干の恥ずかしさを覚えてしまう。


 「それだけ貰っても、その中より勝るものはないですか」

 「まあね。確かに貰えるだけで嬉しいけど、それ以上に好きな人から貰えたってことが嬉しいから」

 「やっぱり格別なんですね」

 「男は単純だからね。中には貰った袋を取っておいてる人もいるしね」


 女性は先にあげるのが定番になっているが、順番が逆なら男の子と同じような行動を取るのだろうか。

 私は……ちょっと重たいと思われてしまいそうですが、同じように空になった袋を取っておいてしまいそうですね。


 「辻本さんは、なんで菅原さんのことが好きなんですか?」

 「唐突だね」

 「その、あまりにも嬉しそうにしていたので」

 「好きなところはいっぱいあるね。でも、一番好きなところは一緒に歩いてくれそうなところかな」

 「というと?」

 「支えてくれるとは違うけど、楽しい時も苦しい時も、俺がへこたれてる時も……背中を押してくれるんじゃなくて、立って諦めずに歩こう?って言ってくれそうな感じなのかな」


 ああ、確かに。菅原さんはそのような人だ。優しさもあって支えてくれそうだけど、前を向けとは言わない。一緒に歩いて突き進めそうな活力をくれる。

 辻本さんが惚れたってことは、世の中の男性は菅原さんのような女性が好きなのでしょうか。


 「菅原さんみたいなタイプが、男性からすればいいのでしょうか」

 「流石にそんなことはないよ。好みの問題。僕はただ弱いから。そういった子を求めてるのかもしれないね」


 夕焼けに染まった空を見上げながら述べる。その表情の中には少しの寂しさみたいなものが含まれていたけど、それが薄れてしまうほど菅原さんのことを想って話していたことが伝わる。


 「なるほどですね」

 「そういう宮澄さんは?」

 「私ですか?」

 「うん。どういったところが好きになったの?」

 「私は……私も沢山ありますね。でも一番好きなところはちゃんと見てくれるところですね」


 辻本さんもこのような気持ちを抱えて話してくれたのだろうか。付き合ってもいないのに、一方的な想いなのかもしれないのに語ってしまう恥ずかしさがあって、でも好きな人の好きなのところを話せる幸福感みたいなものがあって、聞かれたくないのに聞いてほしい。そんな矛盾した曖昧した気持ちが嬉しくも思ってしまう。


 「ちゃんと見てるって?」

 「外見ではなく、心の中をというやつです」

 「?」


 きっと好きな人の好きなところを話すのは難しいことだろう。好きになるのは理屈じゃなくて直感みたいな部分が大きい。何かが備わっているから好きになるのではなく、私以外誰にも分らない些細な部分に心トキメク。最初は無意識に、次第に意識し始め、気付いたらふとした瞬間に浮かんでしまうぐらい好きになってしまうんだ。


 「神崎さんは私を見ていてくれました。身体が弱い私でもなく、容姿が良い私でもなく、表には出していなかった素の私を。人間は嘘つきまでとは言いませんが隠している部分が多いと思います。それは私も同様で、気付いたり気付かなかったり、察せてもうまく言葉に出来なくて、相手には見せないようにうまく隠し通したりしてしまう。壁とはいきませんが、私も無意識のうちに薄いカーテンのような仕切を作っていたと思います」

 「……否定する訳じゃないけど、それは当たり前の事じゃないの?」

 「そうですね。誰にだって自分にしか分からないような壁みたいなものがあると思います。表現するのであれば、私にとっての薄いカーテンのようなものを開けてくれたのが神崎さんなのです。透けている向こう側に、見えているのに開きたくなくて、でも拒絶したくなくて。そんな取るに足らないプライドみたいな壁を開けて手を差し伸べてくれたのが神崎さんです」


 あの日、登山の日。誰しもが、私自身ですら決めつけていた私を神崎さんだけが決めつけなかった。私の本当の気持ちを押し出してくれて、でもそれは優しさだけじゃなくて対等に見てくれて、私にしか分からないような想いを尊重してくれた。


 「ごめんなさいね。うまく言語化できなくて」

 「いや。恋というものはそういうものだと思うから。想いを理屈にするのは難しいよ」


 二人で語る愛する者の想い。こうして周りに人が多くなくて、お互いにお互いの気持ちを知っているからこそ話せる。こういう不思議で安心できるような時間がたまらなく愛おしく感じる。


 「お互いに想いが実るといいですね」

 「僕は分からないけど、宮澄さんは大丈夫じゃない?」

 「そうだといいのですが。今はやや負けているような気がします」

 「最後にならないと勝ち負けは分からないよ?だから僕も迷惑にならない範囲で足掻く。動きさえすれば可能性が生まれるからね」

 「ですね。0.0000001%でも確率が欲しいです」


 もう直、春が来る。

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