アイレン・シオン・スターチス

砂漠ありけり

第1話 私と神崎君

 ざわざわ。ざわざわざわ。


 四月一日、水曜日。天気は晴れ。雲量は四ぐらいで、快晴とはいかなかったが入学式を快く迎えるには申し分ない天気だ。学校に植えられている桜も満開を迎えており、新入生を歓迎してくれているように思える。


 私の名前は菅原優里。


 あの菅原道真と同じ名字で血族関係は全くないただの一般人。だけど、今日この日から加古川高校に入学したぴちぴち十五歳のJKとして名乗ることが出来るただの菅原だ。私がこの学校に入学したのは制服が可愛かったからなのと私の学力では入ることができかつ家から通学できる距離にあったからだ。まあ、テンプレートみたいな理由で深い入学理由は特にない。ただ中学校の友達と一緒の高校にすればよかったってちょっと後悔しているけど、人生は選択肢の連続で挑戦する気持ちが大事。同じ中学校からこの高校に来た人はいるみたいだけど、それぐらいの認識なので実質独り。正直、馴染めるかそもそも友達ができるかものすっごい不安だけど、まあなんとかなるでしょの精神でこの日を迎えている。

 

 ざわざわ。ざわざわざわ。


 入学式直後のことであって周りは騒がしく、中学校から一緒の高校へ入学したのだろうか、友達とクラスどこだった?やった!同じクラス。友達出来るか不安だよねーなどのあるあるな声がそこら中から聴こえてくる。こういう時、誰かが居ると心強くて気持ちを共感できるのだが、私には誰も居ない。


 周りを見てみるとみんながみんな誰かと居るわけではなく、一人でそわそわしている人もいれば、さっさと自分のクラスへ向かう人もいる。心の中で勝手に想いを馳せ、君の気持ちものっすごい理解できるよ。同じクラスになったら話しかけに行くからね。と心の中で念を送り、私も自分のクラスへと向かった。


 ざわざわ。ざわざわざわ。


 自分のクラスへ向かうとここも外と同じくざわついていた。まあ、あるあるの光景。知っている人と喋ったり、他クラスから避難してきたり、友達を作る為に話しかけに行ったり。入学式直後のクラスではおなじみに光景だ。何の変哲もないこれからを迎えるための騒めき。私もこれからこの騒めきの一部になるのだと心の中で一人感傷に浸り神経を張り巡らせる。

 まずは見極め。誰と話すべきか。すでに誰かと話している子か。一人でいる子か。それともまだ教室に来ていない人を待ってみるか。ある種ここが天下分け目の天王山。友達作りを何としても成功させなけてはならない。さすがに一年の間、ボッチキャラあるいは独りが好きですよキャラで過ごすのはしんどすぎる。荷物を整理しつつ、周りを注視しながら会話する相手を見極めていた。


 ざわざわ。ざわざわざわ。


 それにしても教室がざわついているな。入学式のウッキウッキな気分とはいえざわつきすぎていないか。なんだか視線を感じるし、緊張であまり周りを見られていなかったけど、クラスを迎える準備の為の会話ではなくて、ひそひそとした声がそこらで確認できる。こういう時、自意識過剰であることは分かっているが、無性に自分のことを話されているようで気が気でない。顔。体。背中。足。何か付いているのだろうか。はたまた私の悪い噂でもされているのではないのだろうか。気になって仕方ない。友達も話せるクラスの人もいないため何の話をされているのかは分からない。頼れるのは己の身一つ。とりあえず、容姿の確認をしたいのと何の話をしているのか気になっているため、情報入手の盗み聞きするために立ち上がる。


 ざわざわ。ざわざわざわ。


 依然クラスはざわつき、ひそひそ声がクラスの中で飛び交っている。漫画やドラマなどでの入学式直後のひそひそ声掛けというものは、どこそこのクラスにとんでもないイケメンが居た、みんなの目を釘付けにするようなとんでもない美少女が居た。そういった意味合いでひそひそするのだが、現実でこのクラスではどうなのか。無性に視線を感じたし、自称顔面偏差値中の上の私が、この学校において美少女の評価をもらいひそひそされているのか。はたまた私が生き恥をさらしているのか、全く関係がなく気の所為だったのか。後ろにある自分のロッカーに向かい、荷物の整理のフリをして周りの声を盗み聞く。


 「あの人が例の人?」

 「そうらしい」

 「えー、うそ。ぜんぜん普通の人じゃん」

 「人は見かけによらないってことだよ」

 「よりによって何であいつと同じクラスなんだよ最悪」

 「犯罪者と一緒とかないわ。クラスガチャ外れじゃん」


 ざわざわ。ざわざわざわ。

 盗み聞いて聴こえてきた声は罵声、悪口の嵐。教室中もそうだが教室前の廊下からも同じような声が飛び交っている。まあ、この声の正体が私に向けられたものでもなく、イケメン美女に向けられた声でもないことは分かっていた。どんな人でも霞むぐらい圧倒的な人物が私のクラスに居る。


 神崎誠君。

 性別男性。身長はそこまで高くもなく私より頭一個分ぐらい高い175cmぐらいで、顔は超イケメンではないものの雰囲気がある。ぱっと見はひそひそ声をされるような人物ではないのだが、彼は圧倒的な人生暦がある。


 【前科者】


 彼、神崎誠君は小学校三年生の時に罪を犯し、実刑判決を下された。罪状は殺人罪。彼の両親や親戚がとかではなく、彼自身が犯した罪である。今年の二月に出所したらしく、歳に合わせてそれ相応の進学をしてきたそうだ。


 ざわざわ。ざわざわざわ。

 教室内外問わず、ざわざわとした声が溢れている。まぁ、仕方のないことだ。人生の青春を謳歌することを夢見る高校生活。しかも、今日は入学式。何にもない普通の高校であれば今日この日を緊張や不安を交えながら、自分の青春に想いを馳せるところだが、圧倒的不安材料がクラスの中にいるのだ。


 「犯罪者」

 「人殺し」

 「なんでここにいるんだよ」


 彼を揶揄する声がそこらじゅうから溢れている。ひそひそするだけなら多少はマシな方だと思うのだが、物珍しい者を見るかの如く、廊下側から覗くように彼を見に来る人もいる。また、それだけでは我慢ならないのか、「よう犯罪者」と言いながら彼に話しかけ、どうだ俺すごいだろと豪語する陽気アピールする者。やべー犯罪者と話したわと勇気があるだろアピールをしに来る者までいる。

 

 失礼って思うには思うけど、神崎君を物珍しい目で見てしまう気持ちは分かる。実際、私もそうであったし、なんなら質問攻めまで決め込んだ。毎日のように何か事件があって、ニュースに取り上げられる者、新聞の記事になる者、知らないところで捕まっている者、世の中には多くの犯罪者が存在している。人間社会が確立してからというもの犯罪者が後を絶たず、私が生まれる前から刑務所に入っている者もいれば、今この瞬間にも犯罪者が現れる。日常生活の中で自分の知らないところで犯罪者が発生し、その多くは自分とは関係を持つことなく一生を終える。つまりなのか?犯罪者は溢れるけど、実際問題、世紀の大犯罪だろうが、些細な犯罪だろうが、自分とは関係なければどうでもいい存在。自分に無害であれば犯罪という肩書があれど、日常生活の中ですれ違えど、自分に無害であれば何ら一般人と遜色はない。

 

 だが、自分の生活に関わってくるとどうだろうか。一応、刑期は満了し国から?司法から?社会へ戻ることを許され、一般人までとはいかないものの普通の生活を送ることを認められた。しかし、正式な許しが得たとて犯罪者。しかも殺人。許されているとはいえ、よっしゃ仲良くしていこうぜと肩を組み笑い合える者なんて存在しない。それどころか、関わってしまったら自分が危ない目に合うのではないのか、もしかしたら殺されてしまうのではないのか。負の思考を張り巡らせるのが普通という者になるのではないのだろうか。だから、みんながこそこそと彼を揶揄する気持ちも分かるし、興味本位で危険かもしれない事象に首を突っ込みたくなる気持ちも分かる。要はみんなの反応は正常で、失礼だけど無意識からなる反応とでも表しておこうか。人生で一度きりの高校生活。華やかな創造や素敵な思い出に期待を寄せ入学した吉日。犯罪者と同じ学校になるとは想定外どころか前代未聞の現在進行形。ざわつきたくなる気持ちでしかない。

 

 そんな渦中の人物、神崎君。彼はひそひそと話されていること、何故かみんなが自分のことを知っていることに興味すらないのか自席で本を読み、自分の世界に入り込んでいる。こうして隣の席から見ると本当にただの高校生にしか見えないが、ネットで調べると当時の彼の記事がものすっごく出てくるのだから不思議だ。


 【悪魔の子】

 【快楽殺人】

 【一家惨殺の愉快犯】


 酷い言われようだ。ネットにはあることないこと、判断しようがないから書きたいことを思うがままに書かれている感がある。っていうか学校のみんなすごくないか。どこから神崎君が犯罪者だと分かったのだろうか。私でさえ彼が犯罪を犯してしまったと知ったのは彼の担当の方から説明を受けた時だ。それまではそんなのがあったのか程度だったし、実名が報道されていたとはいえ記憶にはそんな事件があったぐらいしかない。こういった噂はどこから漏れてくるのだろうか。不思議だ。


 「待たせたな。お前ら席につけ。他のクラスの人もさっさと自分のクラスに戻れ」


 教室前方のドアから体格のいい屈強な男性教師が入ってきて、教室内外のざわつきを治めた。


 「とりあえず、このクラスの副担任となった大石だ。担任の福原先生は保護者の対応をしておりホームルームには出られそうにないため代わりにホームルームを進めていく」

 バインダーを教卓の上に置き、おそらく教科書や教材、必要な道具が入った段ボールを教卓の横に設置されたの上に置いた。

 「いろいろ配布する物があるのだが、初めに、一つお前らに言っていくことがある。知っている者もいると思うが、知らない者の為に説明しておく。このクラスには罪を犯した者がいる。過去の大きな罪を犯した。許されることのない罪だ。だが、刑期を満了し、度重なる面談と安全体制の確保、受け入れる学校側の体制。これらが政府からも専門家からに見ても問題ないと確認され、生徒等の安全を保障出来ると判断されたため、この学校に入学することが許されている。一枚目の資料を見てくれ」

 大石先生に言われ、みんな一枚目の資料に目線を落とした。

 「これは安全面に関しての資料だ。見ての通り書いてあることは学校側の安全策についてだ。前を見てくれ。この教室に入れば分かることだが、このように前と後ろにさす股が設置され、その他にも万が一何か起こってしまった場合の為に各種保護道具、防衛できる道具を配置している。これ以外にも授業中の見回りの徹底、不安があればクラスの変更、カウンセリングの実施。後ろに手の空いている先生の配置など対応できる限り行っていく」


 資料に書いてあることを淡々と話し、淡々と話しているがその声には安心させてくれるような力強さを感じた。


 「この措置は本人の許可を得ており、学校独自の判断ではない。これはそれを文章で書いてあるものだ。親御さんにも同じようなものを渡したが、帰ったら必ず見せるように。 それと二枚目だが、アンケートになっている。要項に答え最後の欄に不満、心配事、クラスの変更。何かあれば書いてくれ。これは最終的にはお前たちの判断に委ねるが、一人で決めず、親御さんとよく話して決めるように。提出は明日まで。そのアンケートを基に来週クラス変更等があるかもしれないから、来週は今日と同じようにクラス表が張られるから、忘れずに確認してくれ」

 

 入学式直後のホームルーム。普通であればワイワイした雰囲気で物事が進み、自己紹介などを挟んでアイスブレイクといくところだが、このクラスの雰囲気は重苦しかった。ワイワイとした空気はなく、何か重大な出来事が冗談ではなく現実としてリアルに進行している。このことを悟ったような空気感だ。周りを見渡すと、ほとんどの人が下を向き、興味をなさそうにしている者もいるが全体的に陰湿なクラスになっている。


 「こんな体制を取ってはいるが、罪は過去のものだ。過去だからといって決して許されるものではなく、武勇伝でもない。そのことを本人も理解している。不安、偏見、恐怖。様々な気持ちがお前たちの中で渦巻くと思うが、普通の人間として仲良くしてやってほしい。これは単なるお願いだ。罪を認め反省し、社会に戻ることが許されたのだ。感じるものがあるがお前たちと変わらないただの人間だ。無理にとは言わない。友人として快く接しろとも言わないが機会があれば話すぐらいしてやってほしい」


 みんなにお願いをするような優しい感じで話していたが、先生の顔は歪っていた。言葉と表情があっていなく、語った言葉とは裏腹にいやいやこの言葉を言っている感じに見て取れた。先生という立場場、生徒の保護をしなくてはならないと思うが、それはあくまで普通の人間に限る。学校生活の中でやんちゃしてしまう子もいるだろうけれど、クラスに居るのはやんちゃでは済まされない前科者。先生にも思うところがあるのだろう。実際、自分の子供のクラスに犯罪者がいて、親の立場として仲良くしろなんて言えたものではないと思う。


 「何か質問はあるか?ないなら教科書の配布に移る」

 先生は教室内を見回して、質問がないか確認する。

 「よし無いようだな。では最初に……」


 名指しはされなかったものの、先生の視線やみんなの雰囲気から罪を犯したものが神崎君であることは明らかだった。先生を含めみんな、神崎くんを直接見てはいなかったが、心の視線は神崎くんに集まっていた。正直、神崎君が悪いんだけど、学校の体制といいみんなの反応といい、さすがに失礼ではないかと思えてきた。殺人を犯してしまったとはいえ、ここまで露骨に防犯道具を並べる必要があるのか。本人の許可を得ていると言っていたが、何だか再犯前提の疑いでしかないし、信頼皆無の体制は人を尊重する気持ちがなくて個人的にあまり好きではない。みんなもみんなで神埼君を人として見ていなくて、軽蔑し畏怖の存在、人間ではない何かとして見ているような感じだ。解っているけど、納得は出来ない。一度の過ちで、人間として見られなくなる。新学期、緊張と不安、淡い期待で過ごすはずが、ドロッとした感情で埋め尽くされてしまった。


 「とまあ、こんな感じの入学式だったね」


 四時間目が終わった昼休み。お弁当を食べながら、私は一緒にご飯を食べているなっちゃんと和田ちゃんに神崎君との入学式の当時の心境について語った。


 「ちょくちょく私情が混ざっているように感じたけど、なるほどね」

 「え、なるほどねなの?結局よくわからなくない?」

 「私も最初はあれだったよ。噂聞いて怖かったし、できれば関わらないでおこうって思ってたよ。でも、みんなが思うような人じゃないし、普通に良い人だよ。むしろ、普通の人より良い人、メッチャ良い人。なのにみんな後ろ指さしてさ、何だか嫌な気分になるよ」


 ハム。

 私の怒りをお弁当のおかずに向け、勢いよく頬張る。


 神崎君はよく、っていうか毎日のように陰口や悪口を叩かれている。犯罪者。人殺し。何しに来たんだよ。犯罪者が学校に来るな。言葉は多種多様で、どれも彼を蔑む内容で、たまにびっくりするぐらいどう生きていればその台詞が思い付くのかっていうのもある。元を問われれば神崎君が悪いって行き着くんだけど、それでもそこまで言われる筋合いはみんなにはないと思ってしまう。


 「はいはいはいはい。ムスッとしない。それで一年経って、二年生の五月だけど、神崎はどんな感じなの?」

 「どんな感じって言われてもな……普通だよ。普通の高校生。みんなが思っているような人じゃないし、悪さもしてない。なのにみんなひそひそしたちゃってさ」

 「はーい、よくわかった。怒らないでドウドウ」


 なっちゃんに宥められ、私の熱を鎮静化させられる。なっちゃんと和田ちゃんは高校二年生の時に同じクラスになって、最初は関わりが全く無かったものの、この学校特有の学校行事、四月の山登りを経て仲良くなった。普段は普通の日常会話をしているものの、やはりこの二人も神崎君のことが気になるらしい。二年連続神崎君と同じクラスであることを話したら質問攻めをくらい、それをよく話している。


 「よくわかったようなわからないような、要するにみんなが言っているような人ではないってことね」

 「そういうこと。本当にそこら辺にいる高校生と変わらないからね。よかったら話してみて」


 快く、おすすめの曲があったから聴いてみてね。そのような感じで神崎君と話すことを勧めた。しかし「まあ、機会があったらね」とお互いに顔を見合わせ、ちょっと嫌そうな顔で言われてしまった。

 無理もないと言えば無理もない。私がどんだけ大丈夫って言っても信頼性に欠けるし、何より人を殺してしまったという事実が神崎君との壁を作る理由には充分すぎる。たった一年、何事もなかったとは言え、それを理由に信頼できるものでもない。


 「優里はさ、最初から神崎のこと良い人だって思ってなったんでしょ?神崎の噂聞いて怖い人だってなったわけじゃん。噂通りの人ってイメージであり続けなかったの?」


 なっちゃんが疑問を投げかけてくる。なっちゃんは私と同様、気持ちをうまく表現できず、感じたことを思った言葉で話してしまうタイプだ。『噂通りの人ってイメージであり続けなかったの』は分かりにくいけど、私にはわかる。多分だけど印象の固定のことだろう。人は第一印象で決まってしまうし、関わらなければその印象のまま永遠にイメージを固定させる。さっき関わらないでおこうと言ったし、そういう気持ちがあったのならイメージは覆らないのではないか。そう思ったのだろう。そうであってくれ。


 「うーん。人から聞いたことだったり、教えてもらったことが絶対ってことないでしょ。教科書みたいな正しいを主張するものだって、何かの発見とかで訂正されるし。私は自分で見て、聞いて、感じたことを大切にしたいから。噂なんてへぇーそうなんだぐらいにしか思わなかったよ」

 「へぇー、って」


 呆れた感じの顔をして、神崎君の方を確認から私達にしか聞こえない声で和田ちゃんは「彼、人殺してるんだよ」と言った。


 「そうなんだけど。それがすべてじゃないって言うか」

 私も神崎君の方を確認してから小声で話を続けた。

 「多分だけど神崎君は殺してないと思う。彼、そんなことするような人には見えないんだよね」

 「…………」

 「マジで言ってる?」

 「マジ」

 「根拠は?」

 「そんなのないよ」

 「…………」


 呆れるを通り越して、こいつもやべー、みたいな顔をされた。


 「まあ、人の印象は人それぞれだもんね。ねぇ和田ちゃん」

 「そうだよね。うん、私もいいと思う。菅原さんの考え方は素敵だと思う」


 ギクシャクしたような、あたふたしたうよな、そんな感じで私をフォローしてくれた。でも、その顔の奥はやっぱり、変わってる人みたいな印象を抱かれているようだった。実際、私が変わっている人という印象を抱かれてしまうのは仕方のないことだ。国から、司法から犯罪者であると示され、その根拠も証拠も確実にある。覆らない絶対的な真実。それなのに絶対を否定する私は変に思われても仕方はないことではある。罪を犯してしまった人を良い人という人は、この学校中の私が知っている限りでは私しかいない。話している人は私以外の知っている中で、あと一人いるけど、その人が神崎君をどう思っているかは分からない。


 「どんな感じでもいいけどさ、いじめることだけはやめてよね」

 「さすがにそこまでは落ちぶれたくないよ」

 「え、神崎君っていじめられてるの?」


 神崎君に聞かれないように和田ちゃんもひそひそとした声で訊いてくる。


 「そうなんだよね。ほんと最悪」


 神崎君は多くの人に悪口や陰口を言われるだけではなく、それ以上に精神的にも肉体的にも彼をいじめてくる人がいる。犯罪者だから。人を殺したから。そう言った理由で、そう言った理由があるから何をしていいと思われているらしい。みんなからじゃないけど、ごく一部の人間が自分の優位性や正義感を魅せしめるかの如くいじめを行っている。もちろん最初は抵抗感があったのか恐る恐るモノを隠すとかだったんだけど、彼が抵抗しないことを皮切りに大小含め悪質ないじめが横行している。今では鬱憤を晴らすためストレスが溜まってるとかどうでもいい理由で嫌がらせをしている。


 「あたしも見たことある。一年の時、先輩に囲まれてめっちゃ殴られてた」

 「そうなの?」

 「うん。制服の色的に去年卒業した先輩たちだね。あと、先輩だけじゃなくて先輩を引き連れた同学年の人もいたような気がする」


 大小含め悪質ないじめがあとを絶たない。根本的な理由は彼が罪を犯してしまったからであって、それでも、本当にどうでもいい理由で彼をいじめてくる人はいる。私も見かけた時とか、対処できる時は彼がいじめられないように立ち回っているのだけど完全に防ぐことが出来ない。いじめというのは本当に悪質で、まるで刑務所を脱獄するかのような悪知恵を発揮してくる。本人はいじめに対して何も思っていないのかいじめてくる人に関しては無関心を貫き通している。モノを隠されても文句の一つも言わないし、呼び出されても普通についていく。それどころか先生にも相談せずにいる。そんな彼を見かけて、私が先生に対して神崎君に対するいじめについて抗議しに行ったのだが、ろくな対応はしてくれなかった。先生たちも神崎君のいじめは認知しているようだったが、たとえ目の前で起きていても、いじめを行った生徒に対しては軽く注意するだけ。ひどい先生にもなると黙認している者までいる。先生という立場を期待していたのだけど、結局彼らもいじめている人たちと同じだった。罪を犯してしまった者には何をしてもいい。彼が受けている報いは当然のことだ。そんなことを言いたいのか、私が相談しに行ってもどうでもいいような感じで流されてしまう。


 「やばいね。噂は嫌になるぐらい流れてきたけど、そんな殴るなんて横行がこの学校に実在してるとは」

 「ほんと嫌になっちゃう」

 「ってかさ、優里は何で神崎信者なの?感じたことを大切にするって言ったけど、普通ここまで言えなくない?」

 「信者って訳でもないけど、ただ、良い人だし良い人の行動とか人格を否定されるのが嫌なんだよね。罪を犯してしまったとか関係なく」


 なっちゃんの言う通り、神崎君を信じている人間はこの学校でも、三本の指に収まってしまう人しかいないと思う(願望)。私は別に彼が犯してしまった罪を、犯罪行為自体をなかったことにしたいとか肯定したいとか、彼に対して恋愛感情があるとか、そういった気持ちはない。言うなれば、努力を認めていると表そうか。運動でも勉強でも仕事でも結果が出なくても、結果を出すために努力したことには意味があると思う。意味合いとか彼の行動が努力と言いたいわけではないが、気持ちはそんな感じだ。


 「ふーん。まあいっか。どうせ一年おんなじクラスなんだし機会があれば話してみるよ」

 「ほんと?」

 「優里がここまで言うんだし、でも報復とか怖くて気軽には話せないけど」

 「そんなことしないって。和田ちゃんもよろしくね」

 「機会があれば」


 神崎君の取り巻く環境は常に悪意で溢れていて、そんな悪意が溢れているから彼に関わろうとする人はほとんどいない。みんな彼が怖くて、報復されるかもしれないって思う気持ちがあって、彼と仲良くすると自分もいじめられるかもしれないと潜在的に思っている。私がどれだけ大丈夫だって言っても、彼と関わった者はいない。人を殺してしまった人を避けるのは仕方のないことだけれども、それでもなーと思ってしまう自分がいる。解っているし、みんなの気持ちも解るけれど、言葉では言い表せないような感情が私の心を蝕んでいた。


 神崎君は学校中から白い目で見られ、犯罪者という言葉を免罪符にしていじめている生徒がいる。高校生になってもいじめる人は私的には心が幼稚に思えるが、本人たちは人よりも優位に立っているのが気持ちいいのか、いじめが娯楽であるかのように彼をいじめる。生徒だけなら……マシではないがマシに思えてくるのだが、いじめは生徒に限らず、先生も時に加勢してくる。よくあるのが、配布物をわざと彼の分を渡さなかったり、彼が質問しに行ってもはぐらかしたり、とにかく彼に関わらないような姿勢をとってくる。大の大人が、先生という立場でありながら一個人をいじめるのか。そういう光景を見るといつも思う。最初は先生ていう立場だから守ってくれるのではないかと思っていたけど、特別視しすぎた。先生は特別なんかじゃない。私達と同じ普通の人間。先生だからってそんな淡い期待は一年の時に捨ててきた。先生も一人の人間で、神崎君という人を使ってストレスを発散したり、イラつきを彼にぶつける。もちろん、報復が怖いのか顔が微妙な先生もいるけど、やっていることは生徒と変わらなかった。

  

 先生も生徒を含めて神崎君の見方をしてくれる人はほとんどいない。ほとんどの人が関わったことでもし報復を受けてしまったらとか、殺人を犯してしまった人だからという理由で彼と関わろうとせず、関わっている人も彼を通じて自分の快楽を得たいだけである。関わろうとしないのは本人の自由なのであんまり気にしていないのだが、悪意を持って関わってくる人は正直ムカつく。自分が何かされた訳でもないのに正義の味方を気取って自分の行動を正当化させている。彼が犯してしまった罪を肯定したい訳ではないけど、見ていて気分は良くならない。それに神崎君にも多少ムカついている。何もしていない人に悪意を向けられ、その悪意に抵抗しないし、その悪意を空気のように思っているからムカつく。やられたらやり返せとまでは言わないけど、自分を傷つけてまで我慢できることのだろうか。私だったら耐えられないし、自分の殻に閉じ籠ってしまうだろう。神崎君のことは正直あんまりわからない。だけど、神崎君が人を殺してしまうようには思えなかった。

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