第26話 あいつの声が聞こえないじゃないか
すべきことは決まった。後は、どうするかだ。ユキは、緑の瞳を睨み返しながら考える。
多少斬ったり撃ったところで効果は薄い。しかし、いくら再生すると言っても灰から蘇るようなことは出来ないはず。一瞬で全てを消滅させる火力が必要だ。そんな手段は――ある。
ユキは、怪物が地下から地上までを貫いた光を思い出す。あれが魔力によるもので、それを砲口から放ったと言うなら、そのための道具は全て手の内にある。それが出来るかどうかを考える必要はない。出来なければ、死ぬだけだ。
静かに呼吸を整えるユキを、ナギは一瞥すると、
「任せたぞ、ユキ」
何を、ともいわずに一歩踏み出し、2歩目で影を置き去りにするような速さで踏み込んでいく。獣が地を駆けるような低い姿勢で迫る彼女に、怪物は槍を射出して近寄らせまいとするが、
「もう見飽きたな」
バラ撒くように放たれた槍は鞘に流され、密集させれば低い姿勢に射角が制限され容易に躱される。すれ違いざまに振り抜かれた刃に脚を切り払われた怪物は、すぐさま再生させるがその間にさらに切り抜かれていく。
「――――!」
苛立ったように怪物は体を震わせ、生み出した触手をナギへと殺到させる。彼女は、切り払っては下がるをのらりくらりと繰り返し、その度に怪物が距離を詰めていく。その結果、怪物の注意は完全にナギへと向けられ、ユキとの距離が広がっていた。
「頭も使えるじゃないか、あいつ」
感嘆の声をあげるユキは、その場から動かず準備を開始する。木々に隠れたところで盾にはならない。むしろ視界を遮ることになる。今すべきは、彼女を信じて出来ることをするだけだ。
『代わりに何らかの力場で弾丸を覆っているようだ。固体じゃなくても液体や粒体も弾に出来るのか?』
ライロが口にしていた仮説が正しいのなら、あの異様に重い瓶の中身は弾丸として最適なはずだ。重いほうが強いという単純な理屈に、おそらく液状の魔力という未知を上乗せすれば打破するだけの何かが起こせるはずなのだ。
ユキは、ポーチから取り出した小瓶をひっくり返し、銃の薬室内へ注ぎ込んでいく。重い液体は、それだけで銃身をふらつかせるがなんとか両手で構える。狙いを怪物の中心へと向けるが、引き金はまだ引けない。今撃ったところで、この銃身だけでは威力が足りない。
「つぅ……まっすぐに……導きを……」
頭蓋が軋んでいると錯覚するほどに集中し、周囲から体内へ循環させた魔力を銃口の先へと向けていく。創り出すのは、魔力によって編まれた
たったそれだけの違いだ、と彼女は言い聞かせながら見えない糸を掴んでは編み出していく。無論、それだけの違いとは言い難い。泥をこねて形作るのと、宙に漂う透明な糸を紡ぎ編んでいく。どちらが難しいかは言うまでもない。
1センチ程度の銃身が編み上がり、その重さに膝をつくユキ。両手で支えることが出来ないほどに重いそれを、立てた膝を支えにして無理矢理に安定させる。
落ち着け、と悲鳴を上げる体を叱咤する。あの砲身を再現するのなら、重さも相応のものになる。だから、これは正解に近づいているだけ。歯を食いしばり、額から垂れる血を拭うこともなく標的だけを睨み続ける。
やるしかない。いや、やらねばならない。他ならぬ『自分』の決着を、あいつだけに任せるわけにはいかない。
だから、早く……!
柔らかいモノよりは硬いモノ。動かないモノよりは動き回るモノ。目をつぶってもいいくらいの退屈な勝負よりも、目が潰れても止まることのない苛烈な死合の方が強くなれると思っていた。それは、間違ってはいないのだろう。
一歩見誤れば胴体がちぎれ飛ぶ嵐を前にナギは思う。
しかし、それが全てではないということを遅まきながら理解し始めていた。グランマに挑み、完膚なきまでに敗れた自分では理解できなかったこと。自分の命だけでなく、大切な他人の命を背負うからこそ強くなれる。
そんなわけがない、と当時は笑い飛ばした。余計なものを背負ったままで強くなれるわけがない。何も無い身軽だからこそ縛られず動けるはずだ。
『何もかも捨てて強さだけを持っていこうとは、ずいぶん虫がいい考えだね』
何も背負わなければ動きやすいのは当たり前。本当に強いやつは背負った上で強いんだよ、あたしみたいにね。そう言って笑うグランマは、自分とは違う生き物のように思え、そんなふうになれるわけがないと思っていた。ついさっきまでは――。
「見ているか、ババァ!」
だったら、この身体を突き動かす怒りが湧き出てくるはずがない。どうすれば斬れるかではなく、どうすれば殺せるかを考える必要はない。距離を取ったナギは刀を鞘へと収めると、相棒と同じ顔をした怪物を一瞥し、興味をなくしたようにその泥のような身体を睨みつける。
あの淀んだ緑色の目は見ているだけで腹立たしいが、斬ったところで意味はない。殺すためには、あの泥を斬るしか無い。出来るのかと自問するまでもない。やるしかないのだから、やってみせる。この刀のように欠けた自分でも、出来ることはあるのだから。
怪物が、大地を震わせる咆哮をあげ黒い槍と触手の嵐を放つ。同時にナギは、柄に手を掛けたまま嵐へと身を投じる。瞬きほどの迷いが死を招く狂風の中、彼女はその中心へと駆け抜ける。最低限の動作で槍をすり抜け、振り下ろされる触手を躱す。嵐に呑まれまいとする小舟のように、必死で舵を取り続ける。
「ぐっ!」
そして、それは無謀な試みだった。左足を掠めた触手は、ナギに膝をつかせその動きを止める。全ての触手の矛先はナギへと向けられ、次の瞬間には串刺しにされたモノが残る。
「――ああ、それを待っていた」
だが、死の淵に立っているはずのナギが浮かべたのは絶望ではなく、清々しい笑みだった。無事な右足で彼女は一歩踏み込む。それで攻撃を躱したとしても命が僅かに延びるだけだっただろう。
しかし、その一歩が怪物の懐まで跳びこむものであったのなら? ユキが使う銃のように爆発的な力を生み出すことが出来るならば――。
「飛ぶぞ!」
大地を蹴ると同時に生み出された魔力の爆発は、ブーツを吹き飛ばしながら彼女の身体を一気に押し出す。跳躍を超え地面と水平に飛翔したナギは、無防備な怪物の懐に転がるように飛び込む。
左足を負傷し、殆ど倒れたような姿勢ではまともな抜刀は出来まい。万全であったとしても両断することは叶わないだろう。だから、考えた。その代わりになるものが必要だと。
「斬る!」
捻りあげた腰と腕の回転。それに加えて切っ先に生んだ爆発が、鞘を銃身とし刃という弾丸を打ち出す。腕が肩から外れてしまいかねないほどの推進力。その勢いに逆らうのではなく、自身が生み出した回転に同調させることで、刃は純粋な死というカタチを作り上げていく。そして、その死は、糸を断ち切るようにするりと怪物を二つに斬り裂いた。
「――――!?」
「斬れたぞ! なあ!」
怪物は、崩れ落ちていく泥を見開いた目で見つめていた。思考がどれだけ人とかけ離れていようとも、死に対する恐怖は変わらない。たとえ、その身体が不死に近いものだとしても本能的な防衛反応を抑えられない。半身が無くなったとしても、再生できるのだから一旦逃げるという選択を怪物は取ることが出来ない。
悍ましい叫び声を上げた怪物が、残った泥を捏ねていく。身体を支える脚と緑色の瞳だけを残し、全てを巨大な砲身へと作り変える。ガラスを振り回してまとわりつく虫を叩き潰そうとするような後先を考えない怒りが、砲口に灯っていた。
砲口に灯る光を、ナギはじっと見つめる。もう一度斬ることは可能だろうが、それは焚き火に油を放るようなもの。間違いなく自分も巻き込まれる。だが、離れたところで避けられるかは怪しいところだ。つまり、自分ひとりではどうにもならない。
だからどうした、とナギは笑う。最初から一人で戦っているつもりはないのだから。
「ユキ!」
誇らしげにその名を呼ぶナギ。歯を食いしばっていた彼女は、その声に応えるように不敵に笑ってみせる。構える銃口には、一見すると何も無い。だが、目を凝らせば銃口の先の風景が歪んでいることに気がつくだろう。それこそが、彼女が編み上げた
銃を握る手と体内の魔力、周囲の魔力を循環させ一体化させるルーティン。それに加えて薬室に装填された高密度の魔力へとリンクさせ、爆発させるように魔力に火を灯す。
怪物が、背後で巻き起こる魔力の奔流に振り返る。緑の瞳を見つめ返しながらユキは、トリガーに掛けた指へと力を込める。
お前がなんであろうと、もはやどうでもいい。例えどれだけの人を犠牲にした怪物であっても、ひび割れた鏡に映る存在だったとしても関係ない。
私は、進んでいく。
「さよならだ!」
撃鉄が降ろされると同時に、薬室内の魔力は純粋な熱量へと変換され、周囲と彼女の魔力を圧力とし銃口へと押し込んでいく。銃身から空想銃身を通り抜けるのは、刹那とも言えないほどの一瞬。しかし、その一瞬だけで熱量の弾丸を数百倍まで加速させ、解けた空想銃身の魔力がさらに弾丸を押していき輝きを増していく。
反動に吹き飛ばされ地面に叩きつけられたユキが見たのは、地上を奔る彗星だった。目を焼くほどの光が大地を、森を、光を――怪物を飲み込んでいく。プラズマの熱の前には人が考えうる不死身など塵芥のように灼かれ、断末魔はおろか影すらも残らない。彗星が通過して残ったのは、尾のような輝きの残響だけだった。
「あっ――っ――」
倒れたユキは声を出そうとし、代わりに詰まった息が溢れた。目の前は焼き付いた微かな光しか見えず、耳も聞こえていない。今自分が空を見ているのか地面を舐めているのかもわからない。
だが、生きている。殴りつけるように脈打つ心臓は、必死に生きろと言っているようだ。千切れたように痛む右手が、無茶をしすぎだと怒鳴っている。
うるさい、とユキは身体の悲鳴を聞き流す。生きているのは痛いほどにわかった。だから、もう黙っていてくれ。
「――ユキ!」
あいつの声が、聞こえないじゃないか。
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