ドッペルゲンガーの葬式
佐名川千種
東北新幹線やまびこ号 仙台行き
大学時代の友人が亡くなった。心臓が悪かったらしい。
大学の頃から不摂生な奴だった。いつかこういう日が来ると思っていたが、その日が三十歳だなんて、いくらなんでも早すぎるだろう。仙台に行くのは大学を卒業して以来だ。思い出の地への来訪が友人の葬式になるなんて、夢にも思っていなかった。
世間は三連休らしい。独り身の自分には縁のない話だが、小学校も夏休みに入っているのかもしれない。新幹線の中は家族連れで混雑していた。指定席代をケチって自由席に飛び乗ったのだけれど、都合の良い空席はなかなか見当たらなかった。ようやく見つけた空席に座った時には、すでに新幹線は地下から出て高架の線路を走っているところだった。
席に着いて喪服の黒ネクタイを緩めた。小さくため息をついてから軽く目を閉じた。昨夜は目が
*
「隣、よろしいですか」
落ち着いた男性の声が聞こえて目を覚ました。まぶたを開いた先には、黒い服に身を包んだ男性が立っていた。真っ黒なスーツとその
すると男性は、被っていた黒い帽子を脱いで軽く頭を下げた。
「おやすみでしたか、申し訳ございません」
「あ、いえ。うとうとしていただけなので。隣どうぞ」
僕はそう答えて、この紳士に隣の席を譲った。話しかけられた以上、断る理由もない。男性はもう一度頭を下げてからそっと椅子に腰を下ろした。男性は座った
「そちらもお葬式ですか」
男性は僕に問いかけてきた。初対面の相手にする質問ではないのかもしれないが、この男性に問いかけられるのは不思議と不快には感じられなかった。
すると男性は再び頭を下げた。
「すみません。失礼な質問でしたね。私は
「
「はい、そういったわけで松風さんに声をかけさせていただきました」
「そうですか」
僕は再び頷く。そういうことならお互い様だ。花島さんは申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「松風さん、もしお邪魔でなければ少し話しませんか。到着までずっと黙ったままというのも気を張ってしまうので」
「いいですよ。僕も昨夜から気を詰めっきりだったので。仙台に住んでいる大学の頃の友人が亡くなったんです」
「そうでしたか。まだお若いのに。松風さんは仙台のご出身で?」
「いえ、出身は東京です。大学の四年間だけ仙台にいました」
個人的な話だったけれど、自然と口が開いた。僕自身、友人が亡くなったショックを和らげるために話し相手を求めていたのだろう。
花島さんは続けた。
「仙台ということは、先の震災の時も?」
「はい……。ちょうど四年生の時でした。春休みということで家でゴロゴロしていたところに。八年経った今でも怖いです」
「それは失礼しました。私はその頃すでに仙台を離れていたので、ご配慮できず申し訳ありません」
「いいんです」
僕は慌てて手を振った。こう何度も花島さんに頭を下げられるのは、こちらも申し訳ない。僕は次の言葉を送った。
「仙台を離れたと言いましたけれど、花島さんは仙台のご出身なんですか?」
「ええ」
「ということは、今回はご友人か誰かの……?」
僕の問いかけに、花島さんは口をぎゅっと閉ざした。もしかして触れられたくないことを聞いてしまったか。そう思った矢先に花島さんの答えが返ってきた。
「実は、私は私自身の葬式に出席するために仙台へ向かっているのです」
花島さんの言葉に僕は面食らった。自分自身の葬式とはどういうことなのか。僕にはこの人が冗談を言うような人には思えない。
花島さんは
「驚きますよね。実はこんなことを言っている私自身も何を言っているのかよくわからないのですが……」
「それは生前葬とかそういったものですか?」
「いえ。少し個人的な話になりますが、よろしいでしょうか?」
僕はもちろん頷いた。
「私は」と、花島さんは言った。「仙台で生まれて仙台で育ちました。けれど、家族との仲は、特に弟との仲はよろしくありませんでした。まあ、私が近所付き合いなど人との関わりが苦手な性格だったせいもありますが」
人との関わりが苦手……。今の花島さんを見る限りでは、とてもそうだとは思えない。けれど本人がそう言うのならばそうなのだろう。
「人との付き合いをしない私は、実家では
花島さんはふうと息をついた。そして手提げかばんの中からタブレットを取り出した。彼が見せてきた画面には細かい文字が並んでいる。
「こちらをご覧ください。仙台の地方紙のウェブ版です。仙台の実家を捨てたと言いましたが、どこかに心残りがあったのかもしれません。読み慣れた仙台の新聞を毎朝読んでいたのです。ここに、お悔やみのページがあります。東京の方には馴染みがないかもしれませんが、地方では個人の葬式の日程も新聞に載るんですよ」
花島さんの指先が動いて、記事のある一点を拡大した。拡大された所に、『故人 花島勲』という文字が見えた。
「おとといの記事なのですが、この花島
花島さんの言葉を聞き、僕はえっと言いたくなった。それって単に、同姓同名の人の葬式に行くってことじゃないか? すると花島さんは頷いた。
「同姓同名の他人じゃないか、と思っていらっしゃいますね。そうではないのです。ここに書かれている住所も私の実家で、喪主も弟の名前です。正真正銘、私自身の葬式の案内なのです」
「……」
「どういうことなのか、弟に聞こうと電話もしてみましたが、
花島さんは、休むことなくひたすらに話していた。僕がすでに彼の話に飽きていることにも気付いていないのだろう。
しかし、花島さんが次に言った言葉は、僕を再び話に喰らいつかせた。
「松風さんはドッペルゲンガーをご存知ですか? 世の中には自分にそっくりな人間がいるというアレです。もしかすると、私によく似たドッペルゲンガーが私に成り代わって仙台に住んでいたのかもしれません。これはそのドッペルゲンガーが亡くなったために開かれた葬式なのかもしれません。私は今から、ドッペルゲンガーの葬式に向かっているのかもしれません」
ドッペルゲンガーという言葉はよく知っている。大学生の頃はそういった都市伝説が好きでいろいろと調べていた。そんな言葉が出てきたことで、僕は花島さんの話をもっと聞きたくなってしまった。
しかし花島さんは、バツの悪そうな顔をして小さく頭を下げた。
「失礼、ちょっとした話のつもりが一人で盛り上がってしまいました。松風さんはお疲れでしたよね。ゆっくりお休みになっていてください。仙台に着く頃になったら声をかけますので」
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