「知らないふり」
この町には昔から、目に見えない何かが蔓延っているらしい。
そんな噂を色野に住んでる奴は、小さい頃から聞いて育つと大学の同級生に聞いた。正直始めの感想は「んな馬鹿なことあるかよ」だった。
時は二十一世紀、ネットワークで世界各国リアルタイムに繋がれて、不思議な現象なんて大体科学的に証明されてる。心霊写真だって大概が気の所為か作り物だ。そんな時代に目に見えないパワーだなんて流行らない。大方悪ガキが悪戯しないようにここら辺の大人が考えたんだろう。
しかし、それに便乗して楽しむってのは悪くない。特に、曰く付きの場所で楽しむ怪談は最高にスリルがあるじゃないか。
大学の夏休みは長い。
例にも漏れず、俺が通う私立色野大学のそれも同じだった。南区のボロアパートに住んでいる俺は、その日も同区にあるコンビニに行った。
医学部の連中なら兎も角、大卒っていう肩書きが欲しいだけの四年間を過ごす奴にとっては遊びまくるかバイトしまくるかのどっちかだ。
コンビニ前まで来ると、いつもそこら辺で屯してる顔馴染みの連中の一人が、一番安いソーダアイスを齧りながらよぉと俺に手を上げて呼び掛ける。俺もそれに答えてそっちに近づいた。
「よぉ、今日も暇人かよ」
「おまえが言う? 今日もビニ弁かよ。虚しいねぇ」
あー飯作ってくれる彼女欲しい、と憎らしいくらい晴れた空を見上げて嘆いてるのは、同じ学部のノッチだ。いつも短めに刈り込んでるけど、この日差しだと逆に頭照らされて暑そうだなって思う。
「そういうこと言ってるからモテないんだよ」
「今時ご飯作るのが女子って思ってるのがナイナイ」
すかさずノッチにダメ出しをしたのはササミ、ご飯が云々言ってるのはユッコだ。今日も可愛い。チューペット吸ってても可愛い。ササミは今日もサラダチキン食ってる。よく飽きないよなこいつ。
ノッチとササミとユッコは、別に約束してなくても大体此処に集まって来る。要するにこいつらも暇なんだ。だから俺も含めてこのメンツで集まって、よく出かけたりする。
「まだかな〜タクヤくん」
ただ、ユッコだけは別に目的がある事が多い。で、今日はその日らしい。それが判明した瞬間俺はテンションガタ落ちした。
「なんだよ、お前らタクヤとどっか行くのか?」
「ルルシング〜珍しくタクヤが乗ってくれてさ」
「ああ……」
あの駅前の寂れたカラオケか……あんな最新機種も入ってないとこ行って何が楽しいんだ。
まあ、ユッコはタクヤと一緒ってだけで満足なんだろう。あー腹立つ。
俺はタクヤのスカした横顔を思い出して、余計イライラしてきた。暑いだけでも勘弁なのに、嫌な奴の事思い出しちまった。俺達と同じ大学、同じ学部なんだから知能レベルは変わらねぇのに、いつも女にキャーキャー言われてるあいつ。結局世の中顔かよ、マジねぇわ。
「あれ、バンも来てたんだ」
「タクヤくん!」
噂をすれば、第一声から俺の存在を訝しむそいつがやって来た。悪かったな居てよ。ユッコが嬉しそうにそいつに駆け寄る。そんな様子も可愛い。小型犬みたいだな。
でもそんなユッコをスルーして、そいつは何故か俺の隣に陣取った。なんでだよ、こっち来んなよ。
「ついでだからバンもルルシング来なよ。どうせ暇でしょ?」
「どうせ暇ってなんだよ。まあ暇だけど」
「今度のキャンプの予定も話すつもりだったし、丁度良かった。来いよ。ポテト奢ってやるから」
「お、ノッチ太っ腹〜」
「ササミは芋じゃなくてササミ食ってろよ」
「なんでよ! 私だってササミ以外も食べるわ!」
こいつらほんと仲良いけどマジで付き合ってないのかな?よく分かんねぇ。つーか、あのキャンプ企画まだ生きてたのかよ。結局流れたんだと思ってたわ。
「なぁ、ほんとに行くの? 緒流川キャンプ場」
「おー近場でバーベキュー出来そうなの彼処しか無いからさ。なんだよタクヤ、まだ乗り気じゃねぇの?」
「ん……」
ルルシングに移動中、タクヤは急にそんな事を言い出した。乗り気じゃねぇなら来なきゃいいのに。よく分かんねぇ奴。
「まあ地元民はそんなに感動ないもんな〜。俺も車とか持ってたら県外行きてぇよ。ま、今回は転入組に合わせる方向でよろしく!」
「……わかった」
ノッチやササミ、ユッコ、そして俺は色野大学に入学したからこの町に引っ越してきた組な訳だが、タクヤだけはガチのジモティだ。
タクヤが渋ってるとなると俄然やる気が出てくる。まあ、家から大して離れてない場所で態々キャンプするのめんどくせぇ〜って気持ちは分からんでもないけどな。
「川か……苦手なんだよな……」
「んだよタクヤ、水苦手とかお前もしかしてカナヅチ?」
「いや……」
ここぞとばかりに俺はタクヤの言葉尻を捕まえてからかってやったが、肝心のタクヤの方は大して反応も返さず、眉間に皺寄せてるだけだった。ホント、ノリ悪い奴。ユッコはこんな奴の何がいいんだろうか。
暇とはいえ、夏休みの体感時間はあっという間に過ぎる。
そうして迎えたキャンプ当日、俺達は東区にある緒流川キャンプ場に辿り着いた。
「案外空いてるのな」
キャンプ場はノッチのコメントに概ね同意の空き具合だった。バーベキュー可能エリアの近くはそこそこ混んでいるものの、夏休み真っ盛りのイベントエリアにしては空いている。
「色野でレジャー観光って言ったら温泉ってイメージだからじゃない? キャンプ場はあんまり有名じゃないのかも」
「私はこれくらい空いてた方がいいかなぁ」
俺もユッコの意見に全面同意だった。夏場の混みまくってる場所なんてろくなもんじゃねぇし、無駄に疲れる。ここが穴場であったことが有難いくらいだ。
「おい、あんまり川の近くにテント立てるなよ」
キャンプ当日だってのに、やっぱりタクヤは眉間に皺寄せて不機嫌そうだった。ホントこいつ何しに来たんだろ。
「ホントカナヅチなんじゃねぇのタクヤ。お水怖い〜ってか?」
「違う。水辺は本当に危ないんだ」
俺がからかうとムキになってタクヤはそう返した。必死かよ、見苦しい奴。
「確かに、急に雨が降って増水とかしたら危ないもんね」
「タクヤくんの言う通りかも。こっちの方にテント立てよう」
でもそんなタクヤの意見に女子共は挙って賛成した。面白くねぇ。
結局川から少し離れた、林寄りの場所にテントは立てられた。テントって立てるの結構面倒なのな。俺は、やっぱこういうアウトドア向いてねぇわって思った。作ったの殆どノッチとタクヤだけど。
それにしても暑い。林よりにテント立てたから拠点に日陰は多いけど、それでも暑い。皆も同じ様に感じたのか、バーベキューエリアで飯食う前に暫く川辺で遊んで涼むことにした。タクヤはさっきより渋い顔したけど、構うことねぇや。
「きゃー冷たい! 気持ちいい〜」
濡れてもいいTシャツに着替えた女子二人が浅瀬できゃあきゃあ言ってる。いいぞササミ、そのままユッコのTシャツに水掛け続けろ。
ノッチは深い場所でまさかのガチ泳ぎし始めてて、それを見てるタクヤがドン引きしていた。さすがに俺も引いた。
「バンとタクヤくんもおいでよ〜」
俺達が二人して浅瀬に足漬けたまま、石に座ってぼーっとしてると、ユッコがじゃぶじゃぶ水しぶきをあげてこっちに駆けてきた。めっちゃ可愛い。今日はふわふわのロングヘアをポニーテールにしてるのがいつもと雰囲気違って、最高に可愛い。
さっきまでユッコと一緒に遊んでたササミはもう少し深い所に行ってしまったみたいだ。ノッチ相手にそんなんじゃ全国狙えないよ!とか謎のコント始めてやがる。
「俺はいいよ、ここで休んでる。バン、付き合ってやって」
ユッコに対して素っ気ない態度とったことに腹が立ったが、今回ばかりは俺に振ったことを褒めてやろうタクヤ。
残念そうな態度を全く隠さないユッコに、複雑な気持ちになりつつも俺はユッコを連れて浅瀬の散歩に出掛けた。
川上の方に向かうと、人の気配は一気に消え去って、川のせせらぎの音とどっかで鳴いてる鳥の声だけになる。いい雰囲気だ。
「初めて来たけどいい景色だね〜確か近くにモウセンゴケ生えてる所あるんだよ」
「モウセンゴケってあれ? 虫食う植物。ちょっと不気味だよな」
「えーでも意外と可愛い花咲くんだよ〜」
今度みんなで見に行こうよ、なんて言ってるユッコの方が花よりずっと可愛い。なんて、言ったところで全然響かねぇんだろうけど。多分ユッコは今度タクヤとどこ出掛けようかな、なんて考えてるんだろうし。
「ねえバン」
危ねぇ、落ち込んでる場合じゃねぇ。せっかくユッコと二人きりなんだから、もっと会話盛り上げていかねぇと。
急に立ち止まって俺のあだ名を呼んできたユッコに何?と出来るだけ優しく返す。
「あれ、なんだろう」
ユッコの視線の先に俺も同じ様に目を向けると、川岸の白い丸石に何故か色が違う場所があった。
とりあえず二人で川から出て、近付いてみる。そこだけ何故か、白っぽい丸石じゃなくて、石が赤茶色に変色していて、まるで岸に一本の線がひいてあるかの様になっていた。
「何かの目印? 立ち入り禁止とか……」
「いや? なんも書いてねぇな」
岸をぶった切っているそれは、御丁寧に向こう岸の端まで続いている。こちら側の林から、向こう岸の林まで、真っ直ぐ一本だ。ここからじゃ見えないけど、もしかしたら川の中もこうなってたりして。
「この石だけ、成分違うのかもな」
なんでここにだけ堆積してるのか分からねぇけど、その赤黒い石だけは明らかに周りの石と違った。試しに一つ拾ってみると、ひらべったくて表面はつるつるしていた。碁石とかに近いやつだな。
「水きりとかに良さそうだ」
「水きり?」
「見ててみ」
俺はその石をそのまま、川に向かって投げた。平べったい石は上手く弾んで、向こう岸近くに沈んだ。
「えーすごいっバン上手! 私もやってみようかな〜」
ユッコもその変わった色の石を拾って川に投げた。全然弾まねぇの、力足りないんだな可愛い。
「えー? 全然無理!」
「コツがあんだよ」
俺はもうひとつ石を拾って、川に投げた。
今度はさっきより行かなかったが、そこそこ弾んだな。
「凄いね〜バン」
ユッコが俺を褒めてる!なんかいい気分だ。これは水きり様々だな。ダメ押しにもう一度石を拾って、川に投げようと構えた……その時だ。
「バンっ何やってんだ!?」
「うおぉっ!?」
横からタクヤがすげぇ勢いで突っ込んできて、俺が持っていた石を手から奪い取った。いつの間に……っていうかなんだこいつ!
「何すんだよ! 危ねぇな」
「欠けてる……お前らここの石、動かしたのか!?」
線が欠けた……境界が……とか呟きながらタクヤは色の違う石をかき集めて、俺らが石を拾って出来た空白を埋めている。
「な、なんだよ……気持ちわりぃな」
「ご、ごめんねタクヤくん、これ大切なものだったの……?」
「…………立ち入り禁止区域って書いてあったろ」
タクヤが急にいつもの態度に戻ったから俺は肩透かし食らったみたいになる。ってかそんなんあったか?ああでも、浅瀬を移動してきたから陸にあった看板を見落としたのかもしれない。
「戻るぞ。ノッチとササミが待ってる。バーベキューするんだろ」
「えっと、タクヤくんこれ、大丈夫? 何個か川に投げちゃったんだけど……」
「とりあえずかき集めて埋めた。もしダメでも知らないふりをしろ。お前らはそれでいい」
訳わかんねぇ。急にキレたり、つか知らないふりって……何をだよ。
全く腑に落ちなかったが、タクヤはそのまま踵を返した。渋々俺とユッコはそれの後に続く。ぱちゃん、と何が水から跳ねるような音がした……気がした。
バーベキューをやってテントに戻ってきた俺達は、日が暮れた後川沿いで花火とかやって盛り上がった。
タクヤはあの時の剣幕も、なんもありませんでしたーって顔して一人で線香花火とかしてた。ホント、なんなんだよ。逆にこっちが気になるわ。
ユッコも同じみたいで時々タクヤに話かけたりしてたけど、いつもの調子でのらりくらり返されてた。
花火も終わって、テントの中に入る。女子用に別のテントも立てたんだが、一旦俺達が寝る予定のでかいテントに集まった。
でかいとはいえ五人入ると結構狭い。ここでノッチが怖い話でもしねぇ?とか言い出した。
えーやだぁ〜とか言いながら満更でもない女子共とさっきから一言も喋らないタクヤ。もしかしてこいつ怖がりなんじゃないだろうか。
ぶっちゃけ俺は目に見えない存在とか全く信じてない。そんなもんより単位落とすとか、金欠になる方がよっぽど怖い。
でも、この色野町の連中は違うらしい。
なんでも、この町には昔から目に見えない呪い的な存在が蔓延っていて、この町に昔から住んでる連中はそういうのを信じて暮らして来たとか。
開発が進んでこんなに住みやすい町になったのに、人が居着かないのもそういう古い連中のせいなのかもしれない。
とまあ、俺はそんなこと全く気にしないから深夜の河原で怖い話、大歓迎だ。雰囲気も最高、特に気に入らない奴がそういうの苦手そうな態度とってる時に開催なんて最高以外の何物でもない。
俺達はランタンの灯りを一番暗いやつに落として、怖い話を始めた。主にここに来てから聞いたやつだ。
ササミはこのキャンプ場の近くにある清涼飲料水の工場で毒作ってるとかそんな有り得ねえ噂を話してた。小学生か。
ユッコは西区の温泉旅館に覗きの幽霊が出るって話だった。なんじゃそりゃ。死んでもエロいことに興味あるってもう病気だろ。
俺は駅前の寂れたレストラン、ミソサザイの呪われた椅子の話をした。別の大学の友達に聞いた話だ。座ると呪われて狂死するとか、そんなんホントにあるならほっとかないで早く営業停止にしろよなって話だけど。
ノッチなんてここ周辺の神社や寺、教会なんかが秘密結社的なもので繋がってて、覇権争いを起こして夜な夜な戦ってるんだとかいう噂を壮大なスケールで話した。少年ステップの読み過ぎじゃね?
最後、タクヤの番が回ってきた。
タクヤは暫く黙っていたが、俯いたままだった顔を上げた時……何だか雰囲気が違って見えた。
まるで、昼間河原で俺を怒鳴った時みたいな……
「とりあえず、最近聞いた老人ホームの怖い話とかしとくかと思ったけど……いい機会だから、お前らに話してやる。俺が話すのは、この町のことについて」
はあ?なんで町の由来なんだよ。伝承とかそういうの話すのかね。俺はそんなに興味が無くて、聞き流そうとしたから……それに気が付いた。
(なんだ……水音……?)
流れる音以外に、なにか聞こえる。
明らかに意志を持った水が跳ねる音。こんな時間に誰かが泳いでる……?
「この町は昔から、それこそ町って呼ばれる前から、そいつらの吹き溜まりだった。理由はわからない。この土地の形が悪いのか、そういうものを惹き付けやすいのか、誰も知らない。けれど、そいつらは確実に存在していた」
水の音が止んで、また静寂が訪れた。
でも直ぐ、それはやって来た。川の向こうから、石と石が擦れる音。
なにかが、河原の石を踏み締める音。
「そいつらは決まった形を持たない。そして、気まぐれに人を襲う。気まぐれに人を殺す。そして、この土地の中心にある大沼を通って、むこうがわへ還る。この土地にはそいつら以外にも、その環境に惹かれて人もやって来た。その人達はそいつらがいる事を知っていたけれど、ここにしか居場所が無かった。様々な土地から流れて来た民。それが俺達、色野に暮らす人間の祖先だ」
足音はどんどん、近付いてくる。
川のせせらぎの音に混じって、ザリザリと砂利を踏み締める不快な音。
「でも、時代は変わった。そいつらを知らない奴らが土地に増えた。そして、むこうがわへ戻る大きな道を埋め立てて、団地を建てちまった。道を塞がれたそいつらは、もうやりたい放題だ。勝手に出入り出来る穴を作ったり、この土地に居着いたり、それが噂になったりした」
音はすぐそこまで来ていた。流石に気が付いたノッチが、おい誰か来てると言ったけど、外にはなんの影も見えない。ササミとユッコは異様な雰囲気に震えるだけだ。
外からはザリザリザリザリという足音の他に、息遣いみたいな物が聞こえてくる。
それはンー……ンー……と唸っていた。
「昔からある神社仏閣も、歴史は長いが昔のやつらが追い詰められて考え無しに作ったものだ。幾つか対策を取って、新しくそいつらが入って来ないようにしたが、所詮は付け焼き刃。この土地自体が、良くない。この町は、呪われてる」
声は、もうテントを一枚隔てた先に居る。
ンーンーンーンーと唸り声が響く。でも、ランタンで照らされたテントの壁にはなんの影も映らない。
ササミがパニックになり掛けてるユッコを抱き締めて泣き叫ぶ。ノッチがなんなんだよ!何が起きてんだ!と叫びながらテントの留め具を掴んでいた。入口のファスナーが、勝手に降りそうになってるからだ。
そんな混乱の中、タクヤの話はまだ続く。
「呪われてる。だから俺達は……この町に生まれた奴らはこう言い聞かされて育つ」
「おい、もうやめろよ」
「この町で生きていく方法は二つ」
「やめろって言ってんだろ!!」
俺に胸ぐらを掴まれても、タクヤは怯む所か真っ直ぐに此方を見ていた。
「知らないふりをするか、覚悟を決めろ。……俺は今、覚悟を決めた。だからお前らは、知らないふりをしろ」
タクヤは俺を押しのけて、入口を押さえているノッチまで突き飛ばしてテントの入口を開けた。
女子がきゃあっと悲鳴を上げる。
タクヤはぽっかり開いた真っ暗闇の中、颯爽と飛び出して靴も履かずに走り出す。そしてザリザリという音が、タクヤが走る音に続いて行った。
皆、放心していた。
テントの中は嵐が過ぎた後、みたいな空気で、俺達はただ茫然とタクヤが出て行ったテントの入口を見詰めるしかなかった。
外からはさっきまでのことが嘘みたいに、川のせせらぎの音しかしなかった。
タクヤは結局朝になってもテントに戻って来なくて、次の日遺体で発見された。死因は失血死。全身ずぶ濡れで、全身に何かの歯型がついていたらしい。
俺は葬儀に行けなかった。何も知らない連中は、タクヤを俺達が殺したんじゃないかって疑ってるみたいだし。
でも、意外な事にタクヤの遺族はそう思ってないらしくて、息子が異様な姿で死んだってのに両親も静かなもんだった。
タクヤが死んでたのは、あの例の赤茶色の石が並んでた場所だ。それを聞いた時思った。もしかしてタクヤはあの石を元に戻そうとしたんじゃないかって。
俺は想像する。川の中、必死に石を捜すタクヤ。その身体に『なにか』が群がって、ピラニアみたいに喰いちぎっていく……地獄の様な光景を。
最後に見た彼奴の姿は、相変わらずスカしていて、最高にカッコよかった。ユッコも惚れる訳だ、なんてな。
そんな彼奴と対極にいる俺は今、自分の部屋の煎餅布団の中、潜り込んで震えている。
だって聞こえるんだ、うちのアパートの前に敷かれた玉砂利が踏み締められるザリザリって音が。台所の磨りガラスの向こうからンーンーンーって唸るあの声が。ほらな、今日も聞こえてくる。
なあタクヤ、お前最期にあんな話をしたの、なんにも知らないであんな事をした俺に灸を据えるつもりだったのか?それとも、早くこの町から逃げろって言いたかったのか?どっちなんだよ、死んでないで教えろよ。
知らない方が幸せだったよ、俺。だって馬鹿だから。知らないふりは何よりキツい。知らないふり出来るのって、頭いいやつなんだな。
だから、なぁ……俺馬鹿だから、誰か、誰でもいいから……助けて……
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