第5話「山道に潜む巨獣──斬ってみりゃ同じだろ?」

「うわ……これは予想以上にデカいな」


おれとラニアが辿り着いたのは、村の北へ抜ける細い山道。見張りの村人たちが怯えながら指し示した先に、体躯が人の三倍はありそうな“鬼豚”のような魔物が立ちはだかっていた。牙が剥き出しの豚面だが、上半身はごつい人間のようで、腕には金棒。挙句の果てに目は血走り、唸り声を上げて山道の岩を砕いているではないか。

「やはり……ただのゴブリンとは全然違います。こんな魔物、わたし一人では到底……」

傍らでラニアが呟く。見た目からして危険度がまるで違うし、村人が尻込みするのも無理はない。


「ふん、ま、やるしかねえな」

おれは刀の柄に手をかける。ラニアが「危険です、せめて私の魔法で援護を……」と慌てて呼びかけてくれたが、あの鬼豚がこちらに気づいて大きく吠え声を上げた瞬間、迷っている暇はなかった。


「行くぜ! おれはおれのやり方で斬るだけだ」

そう叫んだ途端、鬼豚が威嚇するように金棒を振りかぶり、地面を砕いて砂煙を巻き上げる。岩が飛び散り、山道に轟音が響くが、そんなもん気にしてられるか。

一気に踏み込み、鬼豚の懐へ滑り込むように身を沈める。視界の端で「風よ、集え!」とラニアが呪文を唱え始めるのが見えたが、おれは刀を肩口に構えたまま、一直線に駆ける。


「斬れないわけがねえだろ……!」

ゴォンッ!

金棒が振り下ろされる。ほんの一瞬、頬に風圧がかすめるが、おれはその軌道を見極めて体を捻ると、一閃――。

ザシュッ

信じられない速さで鬼豚の腕を斬り払い、すかさず懐へもう一歩踏み込む。敵は驚愕に大口を開けたが、畳みかけるようにおれはもう一太刀振り下ろした。


あれほど巨大だった魔物が、信じられないほどあっさりと片膝を突く。途端に血走った目が白目に変わり、地響きとともに崩れ落ちた。

「やれやれ……案外やわらけぇじゃねえか」

刀についた血を振り払う。今さらながら、体がわずかに震えているのに気づく。そう簡単な相手じゃなかったはずだが、斬り捨ててしまえば大したこともない。


「シ、シチトラさん……」

放心状態のラニアが、おれの傍に駆け寄ってきた。さっきまでの険しい表情はどこへやら、目が潤んでいるみたいだ。

「あ、あんな一瞬で……金棒を受け止めるでもなく、あっさり避けて……」

「大振りの攻撃は、戦国で散々見慣れてる。慣れた動きさ。ま、あんたの妖術――魔法の援護もあったかもな」

「わ、わたし、ちゃんと援護できましたか……?」

ラニアは自信なさげに視線を落とすが、その呪文が鬼豚の注意を少し逸らしていたのは確かだ。おかげで一撃で決められた。


それより――ラニアの顔が妙に赤い。緊張のせいか、はたまた今日の日差しのせいか? いや、それだけじゃない。まるで何か、もっと大きな感情が湧いているようにも見える。

「……ありがとう、シチトラさん。わたし、あなたの剣を見て……なんだかすごく、安心したんです」

「……そりゃあ良かった。なんなら、帰り道は安全保障つきだぜ」

軽口を叩いてみせると、ラニアはふわっとした笑顔でうなずいた。さっきまでの不安げな表情とは打って変わって、なんだか温かい雰囲気をまとっている。


周囲の村人たちも、鬼豚――いや、巨獣の死骸を見てただ呆然と立ち尽くしている。おれとしては、ちゃんと解体して持ち帰れるところは利用したほうがいいんじゃねえかと思うが、この世界じゃ魔物の肉は食えないものも多いらしく、ややこしい。

「まあ、ひとまず村には被害が出なくて済んだな」

そう締めくくって、ラニアや村人たちと一緒に山道を引き返す。

その道中、ラニアが落ち着かない様子で何か言いたげにおれをチラ見しているが、どうしたものか。

“おれのことが気になってる”――そういう空気がひしひしと伝わってきて、こっちとしても少々気恥ずかしい。


「……ま、村に戻ったらまた酒でも飲むか? 祝いってことでな」

どうにか照れ隠しするように言うと、ラニアははにかむように微笑んで言った。

「はい……ぜひ。あなたの剣のこととか、もっといろいろお話を聞かせてほしいです」


こうして、一筋縄ではいかない魔物との戦いをあっさり終わらせたシチトラは、さらにラニアとの不思議な縁を深めていくことになる。

面妖な世界だが、なんだか悪くはないな……そんなことをぼんやり考えながら、少し早足で村への帰路を急いだ。

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