第5話 エニード、女らしくする



 ナットとボルトの話は、また明日――と、ラーナはエニードにそれ以上教えてくれなかった。

 分かっていそうな顔をして何も分かっていないエニードのことを、ラーナはよく分かっているのだ。

 説明するにも準備がいるらしい。


 エニードはラーナと共に王都の共同風呂に行き、ゆっくり風呂につかった。

 それから、自室のベッドで早めに就寝をした。

 王都の一角にあるエニードの家は、寝起きできればいいということで選んだ小さなものだ。

 滅多に家で眠ることもなかったので、ベッドも簡素なものである。

 公爵家のベッドの寝心地とはまるで違うが、これはこれでいいものだと考えながら、エニードは目を閉じた。


 眠っていると、腹の上に乗るものがある。

 魔物討伐の時に拾ってきた、フェンリルの子供である。

 フェンリルの親は、エニードが討伐をしたレッドドラゴンに食われてしまったらしい。

 一人で寂しそうだったので思わず拾ってきてしまった。

 今はまだ、白い子犬のようで可愛いが、そのうち家に入りきらないぐらいに大きなフェンリルになるのだ。


 どうしようかなと思うが、まぁ、成体になるまであと十年はかかるので、いいかなと思っている。

 エニードは、物事を深く悩まない。

 問題を先送りにしているわけではないのだが、生か死か――以外の問題は、エニードにとっては全て些少のことである。

 クラウスの件も、まぁいいかの一言で片付いてしまうのは、エニードのこういった性格故のことだった。


 公爵家にフェンリルの幼体を連れていくわけにはいかないので、ラーナに世話を任せていたが。

 寂しい思いをさせてしまったのだろう。

 フェンリルの幼体――アルムは、甘えるようにエニードに体を擦り付けて、すやすや眠っていた。


 無理矢理休暇を押しつけられたエニードは、いつもの癖で朝速く起きて庭先で鍛錬を終えると、ラーナが淹れてくれた珈琲を飲みながら、膝の上で丸くなっているアルムを撫でていた。


 それにしても――暇である。

 今までのエニードは、騎士団長としての日々に忙殺されていた。


 魔物が出れば軍を編成し討伐に向い、王家の催し物があれば警備を行い、盗賊の根城の討伐に、それから災害救助。

 たとえ戦がなくても、騎士団というものは忙しい。


 ジェルストなどには「団長が自ら行かなくても」と言われることはあったが、エニードが出張らないと手が足りないぐらいには、人手不足でもあった。


 職務中に怪我をした兵士は当然数ヶ月から半年程度は仕事ができなくなる。

 復帰できれば御の字だが、そのまま辞めてしまうものも多い。


 新人を育てるのにも時間がかかり、あまり年老いては体が動かなくなる。

 その上、国王直属の騎士団というのは、それなりに品性や礼節も必要になる。


 騎士団が荒くれ者の集団であってはいけない。

 そういった教育も含めると――エニードは、まぁ、忙しかった。


「しかし、休めと言われてしまってはな」

「エニード様は真面目過ぎるんですよ。エニード様が有能だから、皆、エニード様に甘えているのです。エニード様がいなくても、騎士団はきちんと運営できますよ、きっと」


 ラーナの言葉は耳が痛い。

 そもそも、エニードがいるせいで後続の者が育たないのだとか、エニードが皆の分まで働くからいけないのだとか、いつも説教をされている。


 ラーナを拾ったのは、彼女が十歳の時。今から四年前である。

 とある盗賊を討伐したときに、盗賊たちによって売り払われる目的で捕らえられていた子供のうちの一人だった。


 数人いた子供のうち、ラーナ以外の子は家に帰すことができた。

 しかしラーナには、親がいなかった。元々は王都のとある商家の一人娘だったのだという。

 けれど、突然押し込み強盗が入った。

 家族たちは全て殺され、ラーナだけが捕まって連れていかれた。


 その商家は今はラーナの親族が継いでいるが、ラーナは家に戻りたくないと、戻るのならば孤児院に入れてくれと言った。

 泣くことを堪えて自分の意志を伝えるその姿に感銘を受けて、エニードは傍に置くことにしたのである。

 エニードの侍女という立場ではあるが、エニードにとっては年の離れた妹のようなものだ。


「たまには、お仕事以外でも街を散策でもしてきたらどうですか? 私は学校がありますので一緒には行けませんけれど、王都を散策するのも楽しいものですよ。軍服で歩くのとはまた違った発見があります」

「軍服で歩いてはいけないのか」

「それでは休暇になりません。エニード様が軍服で歩いたら、セツカ様、セツカ様と、多くの人に囲まれてしまうでしょう? セツカ様、助けてください。セツカ様、お願いがありますと。せっかくの休暇なのに、厄介ごとを押しつけられて、一日二日帰ってこないこともざらではないですか」

「困っている人を助けるのは、騎士の役目だからな」

「無給で働くのは違いますよ」

「無給ではない。菓子や野菜をくれるだろう」

「子供のお使いじゃないんだから」


 人によっては金銭をくれることもあるが、エニードは丁重にお断りをしている。

 騎士団の給金で生活は十分成り立っている。ラーナの学費も払える程度には稼いでいるのだ。


「ともかく、今日はドレスを着て頂きます」

「動きにくいからな、あれは」

「動かなくていいですから。ゆっくり歩いて、どこかで昼食でも食べてきてください」

「分かった。いつもラーナに苦労をかけているから、どこかで夕食を買ってくる。土産に、菓子も」

「わぁ、嬉しい」


 ラーナによって、久々に街歩き用のドレスを着せられたエニードは、アルムを連れて家を出た。

 アルムは花を飾り付けられているカゴバックの中に大人しく収まっている。

 いつも結っている髪にも、花が。そして、スカートはひらひらする。

 帯剣もしていない。

 

(落ち着かない)


 こんな防御力に乏しい装備で外に出たことは、最近では数えるほどしかない。

 剣がなくても戦える自信はあるものの、剣がないと腰が寂しいものである。


 エニードと一緒にお出かけをできるアルムは、尻尾を振って嬉しそうにしていた。


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