第3話 騎士団長セツカ


 エニードはいつものように騎士団本部に向かった。

 エニードの結婚については、騎士団の者たちは全て知っている。

 クラウスのことをどう説明しようかと考えていると、おそるおそるといった様子で、副団長のジェルストが話しかけてきた。


「団長、新婚のはずでは……」

「あぁ、そうだが」

「そうだが、ではありません。何があったのですか。初夜に驚いて、公爵閣下の急所を蹴ったのですか?」

「何故私がそんなことをする必要がある」

「いや、団長ならやりそうだな、と」

「いいか、私はこれでも二十歳の乙女だ」

「ははは」

「ははは、ではない」


 金の髪を一つにまとめて、軍服を着ているエニードは、いつも胸が邪魔だからと布を巻いて潰している。それ以外は特に、男性のふりをするために何かをしているわけではない。

 女性にしては少し背が高く、体が引き締まってはいるが――どこからどう見ても女である。


「閣下は、私がいつもどおり働くことを許してくれたのだ」


 そういうわけではないのだが、エニードの中ではすっかりそういうことになっていた。

 それ以外のことは秘密なので、きつく口を結んだ。

 ジェルストは「それならよかった。兵士たちが皆、ざわめいていましたよ。団長、やっぱり駄目だったかって」と、笑いながら言う。


「やっぱりとは、なんだ」

「ほら、熊を手懐けることのできる男なんていないんじゃないかっていう……」

「熊ではない。私はもっと早い。熊も早いが、もっとだ。神速の如き、だ」

「ひっかかるところがそこなのがな……」


 いつも通りに仕事をこなし、部下たちの鍛錬に付き合うために、エニードは昼食を終えた後に訓練所に向かった。

 王都にある騎士団本部の訓練所は、屋外にある。

 人の出入りはある程度自由なため、騎士たちの恋人やら家族やら、それ以外の野次馬やらが、いつも見学に来ている。


「セツカ様~!」

「素敵~!」

「今日もお素敵です!」


 貴族女性たちの姿もちらほらある。騎士とは、女性に人気の職業である。

 ――これはまぁ、人によるかもしれないが。

 筋肉質な男が好きな女性もいれば、強い男が好きな女性もいる


 騎士団の騎士などは、皆、筋肉質で強い。

 その中にあって、中性的な容姿をした美しい騎士のセツカは、女性たちから絶大な人気を誇っていた。

 あまり愛想のある方ではないのだが、そこがいいのだと言われているらしい。


 これは、いつもセツカへの贈り物を受け取る役目をしているジェルストから聞いた話である。


 エニードは、いつも通りに模擬剣を持ち、訓練所で五人の兵士たちの前に立つ。

 一人一人を相手にしていると時間が足りない。五人同時に相手をして、エニードから一本とることができたら合格としているが、いまだに合格者が出ないのが悩みの種だ。


「来い」

「今の団長に切りかかることはできません」

「肌に傷をつけたら大変なことになります」

「うるさいぞ。私は私だ。今までと変わらん。私の肌に傷をつけることができる自信があるのか? 楽しみだ。かかってこい」


 向かってくる騎士たちを剣でいなし、その体を踏み台にしてくるりと飛んで、胴や肩に剣を打ち付ける。

 ばたばたと倒れる騎士たちに一瞥もくれずに、「次!」と、エニードは待機している騎士たちを促す。


 女性たちからは黄色い歓声があがり――ふと、視線を向けると、女性たちの中に交じって、クラウスの姿があった。

 もしかしたら今までも、セツカを見に来ていたのだろうか。

 あまり意識していなかったから、気づかなかっただけで。

 恋する乙女のような顔でセツカを見るクラウスが、哀れなような愛らしいような、妙な気持ちになる。


(すまない、私は女なんだ)


 申し訳なさと、罪悪感と、秘密が暴露されるだろう安心感の綯交ぜになった心境で、エニードは全ての稽古を終えた。


 エニードは涼しい顔をしているが、訓練所の土の上には、今日もエニードに勝てなかった騎士たちが転がっている。


「セツカ様、汗拭き用のハンカチです!」

「セツカ様、お飲み物です!」


 用意のいい貴族女性たちが、次々に飲み物などを差し出してくれる。


 ハンカチはいいが、飲み物はダメだと、エニードはジェルストやラーナに口を酸っぱくするほど言われている。


 あやしい薬が入っているかもしれない、と。

 考えすぎだ。

 そもそも、エニードに薬は効かない。

 度重なる祖父との遠征で、野草やら毒草を食べすぎたために、すっかり胃腸が丈夫になっていた。


「すまないな」

「きゃあ〜!」

「セツカ様に汗を拭いていただいたわ! このハンカチは宝物にします!」

「洗ってくれ」


 果たしてこの女性たちは、私が女だと知っているのだろうか──と、エニードはふと考える。


 今まで気にしたことはなかったが、クラウスがまるでエニードがセツカだと気づかないことで、若干自分の見た目について悩んだ。


 まぁ、これで万事解決だろう。

 クラウスには悪いが、私の顔をよく見てくれという気持ちで、見物人たちに紛れる一際美しい男をじっと見つめた。


「クラウス様、実は──」

「せ、セツカ殿、今日も良い天気ですね」

「曇りですが」

「で、では、失礼します」


 エニードがクラウスに近づくと、クラウスは顔を真っ赤に染めて、天気のことを言い捨てて、脱兎の如く逃げてしまった。

 

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