三章⑨ 頭

「まー、確かにいい雰囲気ぶち壊して悪かったが…………こんなもん持ってる人間が突っ立てる時点で時間の問題ではあっただろ?」


 天音と彩香のいい空気をぶち壊した透は苦笑しながらその手の物を持ち上げる。一抱えの大きさはあるコカトリスの頭の存在感は格別で、まあ確かにそんなもの持って突っ立ってるんだからアピールしなくてもいつかはその存在を思い出す。


「それ、つまり使うつもりなんですよね?」


 一応というように春人は確認する。コカトリスの頭をわざわざ持ってきたということは他に考えれない。


「死んでもきっちり効果があるのは確認したからな。相手さえちゃんと選べば必殺の武器になるかもしれないと思って運んできたわけだ」


 コカトリスはゴーレムにあっさりとやられたがそれは相性の問題だ。元々が石であるゴーレムには石化は通じなかったのだろうし尾の毒蛇も意味はない。しかし相手がまともな生物であれば石化によって一撃必殺という可能性は十分にあり得る…………けれどくちばしだけを短時間で切り離すことは難しかったから頭ごと運んできたわけだ。


「まあ、こっからさらに安全地帯まで運ぶのはちと骨だがな」


 なにせ頭だけ見ればコカトリスのそれは人の物より大きい。中身もずっしりと詰まっているうえに嘴に気をつけなくてはいけないから持ち方も気を遣う必要がある。


「僕が運びますよ」


 しかしそれだけの苦労をする価値がその嘴にはあると春人も思えた。透には帰路と罠を確認して先導する役目があるから運ぶのは春人であるべきだろう。


「それならこれ使った方がいいんじゃない?」


 天音があの短剣を持ち上げて見せる。


「いや、歩いたりするのは練習してからのほうがいいと思うぞ」


 それに実感のこもった忠告を透が口にする。


「…………確かにあんたみたいになったら最悪ね」


 珍しく素直に納得して天音は短剣をひっこめる…………それくらい壁に激突していった透の姿は印象的だったのだろう。


「とりあえず、自力で僕が運んでみますから透さんは先導をお願いします」

「あいよ」


 了承し、嘴に注意して透は春人へとコカトリスの頭を受け渡す。ずっしりとしている上にまだ流れきっていない血がぬるぬるとするが、何とか春人は頭を落とさずに維持できた。


「じゃあ、行きましょう」


 ずっと持ち続けるのは無理なので春人はさっと出発を決める。それに特に他の三人も異存はないようで、四人は帰還を再開した。


「ところで、あのゴーレム? あれがなんで私たちを襲わなくてコカトリスは襲ったのか教えてもらっていいかしら」


 しばらく歩いてから天音がそんな話題を口にする。


「透さんに聞かなかったの?」


 てっきり春人はコカトリスの解体作業中に聞いているものと思っていた。


「あの短剣使ってるから集中してたし、二人きりであいつの説明聞いてたら思わずイラっとして刺しちゃうかもしれないでしょ?」


 確かに刃物を、それもより危険な刃物を使ってるときに話しながらは危ない。そして透は聞かれれば天音にも説明するだろうが、その神経を逆なでする説明をあえてするような人間でもあった。


「俺も流石に刃物持ってる人間をおちょくったりはしないぞ?」


 その辺りの空気は透だって読む…………が、これは信用の問題だ。


「まあ、そのぎりぎりは攻めるかもしれんが」

「その積み重ねが咄嗟の衝動になるのよ?」


 本当に一回刺してやろうかしらと天音は思う。


「ええっと、ゴーレムの話だったね」


 血生臭くなりそうだったので春人は話題を引き戻す。


「僕で説明できるところはするけど…………正直僕も全部確信があるってわけじゃないんだ」


 なにせ確信を持つには接触時間が短すぎる。


「僕にわかったのはあの時点であのゴーレムは僕らを敵と認識していなかった…………それだけだよ」

「そう思ったのはどうして?」

「僕らがあれを見つけてからもゴーレムの行動に変化が見られなかったから、かな」


 確実にこちらに気づいているであろう距離になってもゴーレムはそれまで通りの前進を続けるだけだったのだ。


「だからこちらから手を出さなければ襲ってこないんじゃないかって思った」


 少なくともあの時点でただ逃げるよりはそれに賭ける価値はあったと春人は思う。慌てて逃げ出した状態で他の魔物に遭遇すれば最悪だし、逃げる先は未知のルートだから安全地帯である噴水広場に戻れない可能性もあった。結果としてコカトリスに遭遇しては仕舞ったけれど、判断としては間違いではなかったと春人は思う。


「うーん」


 春人の話に納得がいかないというわけではないが、まだ満足するには足りないという表情を天音は浮かべていた。


「透さん、何か捕捉はありますか?」


 だから春人は透に尋ねる…………天音からは尋ねにくいだろうからと。


「そうだな、俺が思うにあのゴーレムは倒さなくてもいいボスだ」

「倒さなくていいボス、ですか?」

「ああ、最初は単純に接触エンカウント型の敵かと思ったんだがな…………現実でそんな敵作っても意味がないだろ?」


 接触したら戦闘になるというのはゲームならよくある敵だが、現実でそんな敵を作っても絶対に接触しないだけだ。


「だからあれは倒さなくてもいいけど、倒すと恩恵のある敵だと俺は思った」

「あー、なるほど」

「これ見よがしに凄そうな剣持ってたからあれが報酬なんじゃねえかな」

「確かに強そうな剣でしたね」

 

 ゴーレムそれ自体は素朴というか簡素な作りに見えたのに、持っていた赤い剣だけはやたらと豪奢な作りだったのが春人も印象に残っている。あれが強力な武器でゴーレムを倒せば手に入るというのはしっくりとくる話だった。


「最悪なのはあれがキーアイテムってパターンだがな」

「なによキーアイテムって」

「ええと、先に進むための障害を扉に見立てた場合の鍵になるアイテムで…………例えば先に進む道が氷に塞がれててあの赤い剣で溶かせるとか、門を守ってるボスがあの剣じゃないと倒せないとかそういう感じかな」


 そうでなくともボスに非常に有効な武器であるという可能性はある。


「つまり今は放置が安定ってことよね」

「そうなるね」


 必要だとわかればどうにか方法を考える必要があるが、現状では手を出さなければ安全というありがたい怪物だ。


「方法がありゃ狙っときたいがな」

「確実な方法なら賛成してやるわよ」


 皮肉気に天音はそう返す。


「まあ、なんにせよ戻って考えよう」


 まずは安全な場所に…………今度こそ何事もなく帰りたいと春人は思った。

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