第17話 銀髪と向日葵と約束
―冬姫視点―
「よっ、ふゆき! また勝負しよーぜ!」
「……本当に来たんですね……」
昨日の言葉通り、部屋を間違えた男の子もとい、せりと君は今日も折りたたみ式のチェス盤を持ってやってきた。
「ん? そりゃそーだろ。勝ち逃げするのもされるのもやだし」
「ふふ、そうですよね。では再び、勝負といきましょう」
昨日の吐血はいつも通りのこと。もう慣れているので、今では普通に起き上がれるし喋れもする。
そしてせりと君は、どうやら今は夏休み中らしい。なので「明日も明後日も来る」と言っているけれど、大丈夫なのでしょうか。
そんな不安を吹き飛ばすよう、彼は宣言通り明日も、明後日も、そのまた次の日も。次も次も……。
彼はわたくしの元へと通い続けた。
ある日、体調がすこぶる良い日があったため、お外で勝負をすることになる。とは言っても日陰だけれども。
燦燦と輝いている太陽に、耳を穿つほどの蝉時雨だった。
「流石にあちぃし、ちょっとしたら戻ろー」
「そうですね。アルビノのわたくしには紫外線が大敵ですし……」
今日はトランプカードでの勝負でもしようと思い、早速懐からカードケースを取り出して始めようとしたのだが、ふと周りにいる他の人の視線を感じる。
視線の主はわたくしたちと同じくらいの子供だったのだが、耳がいい故に聞こえてしまった。
「うわ、あいつばばぁみたいな髪だな」
「目も赤くてこわ……」
「近づいたらバイキンうつるからさっさといこーぜ!」
やはり男子というのは愚かな生き物ですね。
呆れ混じりの溜息を吐いて気にせず胸部を始めようとしたのだが、せりと君はムスッとした顔になっていた。
「……ふだんからあんな感じで言われんのか?」
「えぇ。アルビノというものを知らない無知で哀れで低俗な生き物なので仕方ありませんよ」
「悲しくないのか?」
「……最初はもちろん悲しかったですが、今はもう、感じませんね」
「ふーん……」
嘘だ。
正直まだ慣れていないし、どれだけこの見た目で生まれたことを呪ったか。
彼には余計な心配はして欲しくなかったので気にしていないふりをしたが、何か考えている顔をしている。
「あ、そ、そういえば近くの崖下にある向日葵畑をご存知ですか?」
「ん? しらねぇな」
話題をそらして、もう容姿の件については考えさせないようにした。
「あそこは向日葵の絨毯のようで本当に素敵なんですよ。遠くからしか見れませんが、いつか切花として一本頂きたいです……」
「ひまわり好きなのか?」
「はい。わたくしとは正反対で、元気でのびのびしていて……。明るくて好きなんです」
「そうか」
結局、彼は何かを考え込むような表情だ。やはり外に出るのはやめよう。明日からはもう部屋に引きこもって勝負をするのが吉である。
反省をし、今日も今日とて勝負を楽しんだ。
――三日後。
「なっ……なっ……!? せ、せりと君どうしたのですか!!?」
久しぶりに感じるさりと君に高揚したのだが、その変貌した容姿に驚愕して思わず吐血しそうになる。
彼の髪は真っ白になっており、瞳も赤くなっていたのだ。しかもそれだけではなく、包帯やら松葉杖をしていた。
「髪って脱色できんだぞ! あと、からこん? ってやつもらってつけてきた!!」
「何をしているんですか本当に!? な、何か言われたでしょう!!?」
「おれの母さんと幼馴染の父さんにめちゃくちゃ怒られた。でも事情話したら頭撫でてくれたぞ!!」
「そ、そうですか……」
一体何を血迷ってこんなことをしたのだろうか。
そんな疑問に答えるように、せりと君は言葉を発する。
「おまえ、うそついただろ。本当は視線とかめちゃくちゃ気にしてる!」
「うっ……」
「だからさ、悲しいの半分こだ! どーせあーゆーやつらって言ってもやめねぇからさ、おれも一緒になってやるよ!」
「っ……!!」
思わず心臓が跳ねて嬉しい気持ちが込み上がってくるが、そんなことよりも彼を心配しなければならない。
「そ、それはそれとして! の包帯と松葉杖はなんなんですか!?」
「へへ、実はな。じゃじゃ〜んっ!!!」
「あ――」
大きな袋から取り出したのは、一本の向日葵だった。
「取りに行こうとしたら崖から落ちたんだけどよぉ〜。ねんざで済んだ!」
「な……なにしてるんですか!! 死んだらどうするんですかっ!!!」
「え……で、でも……。ふゆきに、よろこんでほしくて……」
つい感情的になって声を荒げてしまい、せりと君はビクッと肩を揺らした後、か細い声となる。
わたくしのためにここまでしてくれるのは嬉しい。けれど、どうせ後少しで死ぬわたくしより先に死ぬのは許せない。
「ご、ごめん……。ごめんふゆき……!」
「死ぬなら、せっかくなら――……わたくしと心中して欲しいのに……」
「ふゆき……?」
「はっ……。あ、も、もう怒っていませんよ! わたくしのためにこんな……嬉しかったですし!!」
なんて事を口走ったのだろう。
自分の醜さに嫌悪感を感じながら、首をブンブンと振るった。
「その、しんじゅー? ってやつしたらさ、ふゆきは本当によろこんでくれる……?」
「え……いや、えっと、その……」
彼は涙目でそんな事を言ってくる。
それはダメですよ、冬姫。人の弱い部分に付け入るような真似は……。
しかし、わたくしの心はとうの昔にボロボロになっていたらしく、もう塞きとめるものがなかった。
どうせここから生き延びたとて、財閥家に生まれた以上融通は利かない人生になるだろう。ならばいっそのこと……このお方と共に……。
「そう、ですね……。――わたくしの覚悟ができたら、心中してくださいませんか?」
とある真夏の日だった。
蝉が五月蝿く、青い青い空に雲が泳ぐなんでもない日。そんな日にわたくしたちは……。
「わかった。約束だ!!」
心中の約束をしたのだ。
# # #
「……と、まぁこんな感じですわ♪」
夏織さんにワタクシたちの馴れ初めを話し終える頃には、紅茶を飲み干していた。
「あー……。そういえばパパにめちゃくちゃ怒られてる白髪芹十はいた気が……」
「まぁ、だいぶ昔の前ですがね。ふふっ、あの時の言葉は一言一句覚えています」
遺書を共に書いたのはその約束の後だった。わけもわからず書く彼には罪悪感しか湧きませんでしたが……。
そんなこんなで話をし終えると、丁度良いタイミングで彼が帰ってくる。
「フゥ〜。ようやく腹痛が収まった」
「お帰りなさい芹十君」
「おう。なんの話ししてたんだ?」
「ワタクシと芹十君の馴れ初めです♡」
「あー。そ、そうですかァ〜〜……」
芹十君は大体の人には懐かない、気まぐれな猫のような性格をしている。しかし、気に入った人にはとことん尽くす犬のような一面もある。
本当、一緒に居て飽きない素敵な人です。恋をした殿方が彼で本当に良かった。
まだチャンスがあるのならば、必ず手に入れてみせる。諦めてたまるものか。
「さぁ、芹十君が帰ってきた事ですし……また心中をかけた勝負をしましょうか♪」
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