第2話 アルトバイゼン王
朝、無名はとても気持ち良く起きる事が出来た。
それも全てフカフカのベッドだったから、というのもあるかもしれないが一番の理由は翌日の仕事を考えなくて良かったからだ。
用意された服に着替えると窓から外を覗く。
中庭では騎士達が剣を振り訓練していた。
良くこんな朝からやれるなと呆れながら部屋を出た無名は、メイドの格好をした女性とバッタリ出くわしてしまった。
「あ、おはようございます無名様。朝食の準備が出来ましたので呼びに来たのですが一足遅かったようですね」
わざわざ起こしに来てくれるとは、勇者様々だなと感心する。
メイドに礼を言うとその足で食堂へと向かう。
一番早かったのか席に着くと他は誰もいなかった。
「そろそろ皆様も来られますので少々お待ち下さいませ」
メイドは一礼するとまた何処かへと去って行った。
誰もいない食堂で独りきりというのも寂しいものだ。
「あ、おはようございます」
「……っす」
最初に現れたのは高校生ペアだった。
朝日の方は身なりを整えているのに対し、斎藤は眠そうに目を擦っている。
「ああ、おはよう」
挨拶されれば挨拶は返す。
仲を深めるつもりはなくとも常識だ。
黒峰と三嶋も食堂へとやってくると朝食が運ばれてきた。
パンがメインらしくシチューやジャム、果物といった食べ物が続々とテーブルに並んでいく。
「凄い豪華!王族って毎日こんな朝食を採ってるのね!」
三嶋は目を輝かせてテーブルに並んでいく食事を眺めていた。
「待たせたかな」
不意に扉が開き食堂へと入って来た男は僕らを一通り眺めると自分の席へと着いた。
服装や侍っている護衛の数からして恐らく王だろう事は容易に想像できた。
ラクティスも一緒に入って来ると全員が王らしき男へと向く。
無名らもそれに倣って王の方へと身体を向けた。
「楽にしてくれたまえ。ふむ、今代の勇者は君達かな。まずは名乗ろう、余はクライス・アルトバイゼン。この国の王である」
名乗ると共にメイドや護衛達が膝を付いた。
黒峰達もそれに倣って膝を付いたが、無名だけは突っ立ったままであった。
流石に目に付いたからか護衛達から厳しい視線が飛んでくる。
かといって立ち上がりこちらを威嚇するような真似はしなかった。
「君は……ああ、その紋章は、そうか君が今代最強の勇者だな?」
「それは分かりませんが聞いている話が本当ならそうなのでしょう」
なぜ膝を付かないかと言われれば、その必要がないからである。
王とはいえ無名らの同意なくこの世界へと召喚した娘の親なのだ。
責任は親にある。
分かりやすく言えば拉致されたのと変わらないのだから、敬う態度は見せない方がいいだろうと判断した。
「君だけはやはり他とは違うようだな。名は何という?」
「神無月無名です。それよりも僕達は本当に元の世界に帰れるのか、この場で確約が欲しい」
無礼な物言いに護衛達の目はより険しくなった。
ラクティスも戸惑っており、動揺したような表情を見せていた。
「陛下、我に命じて下されば息も付かせぬ間に首を落としましょう」
「止めよ、彼は勇者なのだぞ。多少の無礼など目を瞑ればよい」
護衛の一人が鬼の形相で睨んでくるがそれを王が制した。
器量は王らしく大きい。
無名は少しばかり測らせて貰ったのだが、王はただの飾りではないようであった。
「ちょっと!アンタも膝を付きなさいよ!」
近くにいる三嶋が小声で囁いて来る。
それを無視して無名は王との会話を続ける事にした。
「クライス陛下、答えて頂けませんか?僕らは確実に元の世界へ帰せると」
「ああ、そうだったな。君達は必ず元の世界へ帰す。もちろん魔国を打ち倒してくれたのならな」
「敗北した場合は帰さないと?」
「そうは言っておらん。だが我々がどれだけ魔国の脅威に怯えているか考えてくれたまえ」
「貴方の国と僕は無関係です。協力する意思はありますが強制される謂れはないでしょう」
「なかなか面白い男だ。無名だったな。貴殿の力があれば魔国を打倒するのも容易いかもしれんが、元の世界へ帰す前に報酬は約束しよう。そうだな……元の世界でも恐らく価値のある金や宝石でどうだ?」
王は金銀財宝を報酬として差し出すつもりのようだが、そんな物を貰った所で日本で売り払うのは至難の業だ。
まず出所を探られるだろうし、問い詰められても答えられる気がしない。
よって、宝石の類は貰った所で役には立たないだろう。
「いえ、報酬としてこの力をそのまま元の世界に持ち帰らせて欲しいのです」
「勇者の力を?記録によれば君達の世界は平和を体現したかのような世界だと記されているが?」
「平和なのは上辺だけですよ。諍いなどどこでも起こりえます。自分の身を守れるのならばそれに越した事はないでしょう」
「自分の身を守る為だけに力を欲するか。良かろう、元の世界に帰す際君は特別に力を残したまま帰そうではないか」
力があれば自分の思うように事を運べる。
有能だからと奴隷のように扱ってきた会社など潰してやる。
勇者の力を上手く使えば一財産を築く事だって容易だ。
「では書面でその旨を書き残して下さい。それを契約として僕は貴方に協力しましょう」
「疑い深い奴だな。まあその方が長く生き残れるが、良いぞ。書面を用意して後で届けさせよう」
これで契約は成った。
後は魔国とやらを潰せば終わりだなと無名は納得した表情を見せた。
ピリピリとひり付いた空気の中食事は始まった。
無名以外の勇者は何も喋ろうとしない。
言われるがまま協力するつもりなのだろうか。
自分に不都合な事は最初に明示しておいた方がいいと思うが、わざわざ助言してやる義理もない為無名は黙って食事を摂る事にした。
「無名は置いておくとして他の勇者も優秀な力を得たと聞いたぞ。黒峰殿は剣帝だったか?余の護衛から指導を受けるといい。彼ほど指導に適した人物はおらんぞ」
そう言いながらアルトバイゼン王は横に立つ護衛に視線を送った。
先程無名に殺意を持って睨んできた男だ。
彼がこの国最強の剣士なのだろうか。
「陛下、持ち上げすぎです。私はそこまで自負しておりませんよ」
「クックック、謙遜するな剣聖ランスロット。お前ほど剣の腕が卓越した者はそうおらん」
剣聖という単語に5人の勇者は驚いた表情を見せた。
確かに王国最強というのも不思議ではない。
何よりランスロットの纏っているオーラが違う。
「あの……俺、いや私は剣の道に明るくないのですが本当に大丈夫でしょうか?」
黒峰が恐る恐る口を開くと王はニコッと笑った。
「黒峰殿、いつも通り話してくれて構わん。それで剣の道に明るくない、だったか?それならば安心するといい。剣帝の勇者として力を得たのだ、素人でも剣聖に一太刀入れられるくらいにはなろう」
「本当ですか!ありがとうございます!」
黒峰が嬉しそうにガッツポーズするとそれを見たランスロットが口を開いた。
「黒峰殿、私は厳しいが必ず強くして見せよう。だから陛下の言う通り安心するといい」
「ランスロットさん、ありがとうございます!」
てことは黒峰にはランスロットが指導に付くだろう。
他の面子には誰が付くのだろうか。
「今日から君達の訓練が始まるが、既に指導者は用意してある。黒峰殿にはランスロットを他の者にも能力に適した者を宛がっておるから安心せよ」
誰かまでは分からなかったが既に準備は万端のようだ。
朝食を採り終えた無名達一度訓練場へと向かう事になった。
その道中、三嶋が無名へと絡んでくる。
「アンタどういうつもりよ。この国の王様に向かってあの態度、有り得ないでしょ」
「何も有り得なくはない。契約はしっかり書面で交わすべきです」
「それでも言い方ってもんがあるでしょうが。この国が困っているから助けて欲しいって事でしょ?なら手を差し出すべきよ」
やはり三嶋はあまり深くは考えていなかったらしい。
そんな甘い考えで社会を生きていく事など出来はしないのに。
「確かにあれはやりすぎだったと思うぞ無名君。もう少し態度を改めるべきだ」
「敬う必要などありませんよ黒峰さん。この国は僕らを拉致したんですから」
「それは捉え方の違いだよ。助けを呼んだら偶然俺達が選ばれたってだけだ」
そんなもの後付けでしかない。
都合のいい頭をしている。
やっぱりこいつらと組むのは辞めておいた方がよさそうだと無名は固く誓った。
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