彼に勇者は似合わない!

プリン伯爵

第一章 プロローグ

この日も残業であった。

男は腕時計に目をやると既に0時を回っており、また終電で帰る事になると陰鬱な表情を浮かべる。


神無月無名かんなづきむめい、21歳、独身。


彼は毎度の事ながら激務に追われ帰宅する毎日を送っていた。

大抵の事をそつなくこなせる無名だったが、仕事が早く終われば当然の如く次の仕事が舞い込んで来る。

同僚の数倍にも上る仕事を任され帰る時刻はいつもこの時間であり顔にも疲労の色が見えていた。



会社にとっても有能な人材として認知され、任される仕事は日々増えていった。

普通なら数日掛けて終わらせる仕事量を無名は一日でこなす。

だからこんな遅い時間になるのだが、何でもそつなくこなせる器用さが仇となっていた。


学生時代から何でもそつなくこなし、走れば陸上部より早く絵を描けば美術部より上手い。

勉学は当然首席。

何をやらせても彼が劣るものがなく、人間なのかと疑われる程であった。


ただ、そんな無名にも唯一といっていい欠点があった。


自分の中の最適解を優先するあまり、人としてどうかと思われる選択を取る事だ。

つまり大事な商談がある日、車に轢かれそうになっている人がいたとしても無名は助けない。

将来を左右する商談を優先するだろう。


女性がヤンチャそうな男数人に絡まれていても見て見ぬ振りをする。

余計な体力を消耗する事が無駄である、という判断だ。

優秀で将来性の高い無名が独身である理由もそこにあった。



「後8分で終電か。この速度で歩けば6分後にホームに入る事が出来る」

毎日通る道であり、電車の時刻も頭の中に入っている。


一人ブツブツと夜道を歩いていると突然足元が光った。

咄嗟の事に足を止めてしまった無名の身体を光が包み込むと音も無くその場から姿は消えた。



「ここは……?」

次に無名が目を開けた時には見た事もない西洋風の内装が視界に飛び込んで来た。

神殿、いや王宮と言える程の豪華絢爛な壁や装飾。

先程まで夜道を歩いていた筈だと頭を悩ませていると、コツコツとヒールの音を響かせながら近付く一人の女性がいた。


無名が顔を上げると見目麗しい女性がそこに居た。

女優かモデルか、見た事はない顔だが映画に出てきそうな美女だ。


「皆様、お待ちしておりました。私はアルトバイゼン王国第一王女ラクティスと申します」

聞いた事のない国名に無名は首を捻る。

それよりも皆様という言葉に引っ掛かった無名は左右へと首を向けた。


そこには自分以外の男女4人が同じように呆けた顔で突っ立っていた。


「困惑するのも無理はありません。端的にお伝え致しますが、皆様を勇者として召喚させて頂きました」

無名は何となく自分の置かれた状況を理解した。

よくある創作小説のパターンだと分かるとこんな状況にあるにも関わらず頭の中はスッキリとする。


「皆様には元の世界での生活があったでしょう。ですがこちらの世界と皆様の世界とでは時間軸が違います。恐らく今向こうでは時が止まっているかと思われます。いえ、正確にはほぼ時間の動きがない、と言うのが正解ですね。ですのでご安心下さい」

時が止まっていないのは非常に困る話だ。

無名の自宅までは電車でおよそ30分かかる距離であり、終電を逃せばとてもではないが徒歩で帰る事など出来ないのだ。


そんな無名の困り事など露知らず、ラクティスと名乗った王女は話を続けた。


「皆様には我々の力になって頂きたいのです。召喚された時点で勇者としての素質を持っており、既に私以上の力を有している筈です」

「ま、待ってくれよ!それよりなんだよここは!」

そんなラクティスの言葉を遮るように一人の男の子が声を上げた。

出で立ちで言えば恐らく高校生だろう。



とはいえ声を出さざるを得ない状況なのだから、相手が王女と言えども言葉を遮ったのは当然と言えば当然だ。

男の子もおおよそ無名のようにいきなり召喚されたのだから憤るのも無理はない。


「順を追って説明しますので少々お待ち下さい。まず皆様の手の甲に紋章が浮き出ているかと思いますのでそちらをご確認下さい」

手の甲と言われ無名は自分の左手を見た。

タトゥーなんて入れた事のない無名にとってそれはなかなか受け入れ難い紋章がそこにはあった。


「何よこれ!ちょっと!消しなさいよ!」

赤髪の派手な出で立ちをした女が声を荒げた。

社会に出ていればこんな目立つ所にタトゥーらしきモノがあれば誰だって同じ反応をする。


無名も少しばかり眉を顰めて嫌そうな表情を見せた。


「そちらは力を司る紋章です。元の世界に戻れば消えるものでして、色によってその人の力量が分かります」

無名の紋章は黒色だった。

真ん中に盾がありそれを貫かんと剣が2本突き刺さっている紋様である。


「俺は赤色……だな」

茶髪で顔立ちの整った男が呟く。

なるほど、人によって色が違うというのは本当らしい。


「アタシも赤色よ」

「オレも赤色だ」

赤髪の女と最初に声を上げた男の子も赤色。

もう一人学生服を着た女の子はどうだろうかと無名はそちらへと顔を向けた。


「私も赤色です」

無名の視線を感じたのか大人しそうな女子高生も赤色だと呟いた。


これで色違いなのは無名だけである。

一人だけ仲間外れな気がして何とも嫌な気分になり顔を顰めた。


「皆様はやはり勇者ですね。ちなみにですが皆様の紋章には剣が突き刺さっている筈ですが、そちらは何本あるでしょうか?」

無名の紋章は剣の本数が2本だった。

これもまた力量を視覚的に測る為のものだろう。


「俺は3本だ」

「アタシは2本よ」

「オレ1本しかねぇよ!」

「私は2本です」

やはりこれも人によって本数が違うらしい。

高校生の男の子だけ少ないのは可哀想に思う。



「色は白、黄色、青色、赤色、黒色と順番に強さの指標となっています。剣の本数はそれを更に細分化したものです。例えば私であれば青色の紋章に剣は3本。この上は赤色で剣は1本です」

そうなると無名の紋章は相当上のランクという事になる。


「ああそういえば貴方の紋章は何色でしたか?」

ラクティスの目線が無名へと移る。

仲間外れ感は凄いが黙っている訳にもいかず僕は渋々左手の甲を見せた。


「黒色!?剣は2本……まさか歴代でも最高クラスの勇者……!」

ラクティスは大層驚いているが無名としてはあまり凄いという実感がない。

というのも身体が軽いだとか特殊能力を使えるだとかそんな違和感は何もないのだから。


他の召喚された男女もギョッとした目で無名を見ていた。

どういう反応をするのが正解か分からず無名が黙っていると、正気を取り戻したらしいラクティスが口を開いた。


「……取り乱して申し訳ございません。とにかく皆様には全世界に宣戦布告をした魔国を相手に戦って頂きたいのです。無理は承知の上……我々も打つ手はなく皆様を召喚した次第でございます」

「頼ってくれるのは嬉しいが……俺達にも家族がいる、友人がいる、生活がある。元の時間軸でかつ俺達のいた世界に戻してくれるというのなら協力しよう」

茶髪の男が毅然とした態度でラクティスへと迫った。

無名も同意見だったので口は挟まず黙って見守る事にした。


「脅威が去れば皆様を元の時間軸の世界に戻します。ですのでどうか、お力を貸して下さい」

ラクティスは頭を下げた。

一国の王女がやっていい行動ではなく、僕らも呆気に取られてしまう。


美女が頭を下げて頼んでいるのだ。

ここで断るのは男としてどうかと思うが、茶髪の男が率先して手を差し出した。

握手するつもりらしく、ラクティスはそれを見て狼狽えている。

文化の違いからか握手するという概念がないらしい。


「流石にそこまで頼まれたら協力するよ」

「ありがとうございます!……この手は何でしょう?」

「握手さ。手を取り合うって意味もあってね」

意味を理解したのかラクティスが茶髪の男と握手する。


「はぁ……仕方ないわね。黒峰さんがやるっていうならやらない訳にいかないじゃない。いいわよ、アタシもやってやるわ!」

赤髪の気の強そうな女性も同意した。

黒峰さんというのは茶髪の男の事を言っているのだろうか。


「元の世界に戻れるってんならやってやるぜ!オレこういうの憧れてたんだよなぁ!」

「ちょっと大輝!遊びじゃないのよ?」

「いいじゃねぇか!どうせ元の世界に戻れるんだから手くらい貸してやろうぜ?」

「分かったわ……」

高校生ペアも協力的な姿勢を見せていた。

ここまでこれば流石に無名だけが断るなど出来ない。

仕方なく無名も頷くとラクティスは顔を綻ばせて喜んでいた。



詳細な説明は別室ですると言われ彼らは一旦来賓室のような部屋に通された。


ラクティスが来るまで勇者5人だけにされると途端に静かになった。

高校生ペア以外は赤の他人なのだ。

特段話す事もなく無名も窓の方へと顔を向けていた。


「えっと、自己紹介でもしないか?」

茶髪の男がそう言うと示し合わせたかのように赤髪の女が立ち上がった。


「黒峰さんに賛成ー!ほら、そこの高校生君もソワソワしないでさ!自己紹介しようよ!」

「ありがとう茜ちゃん。じゃあ言い出しっぺの俺から名乗るよ。俺は黒峰拓斗くろみねたくと。俳優をやってるんだが見た事はあるかな?」

茶髪の男はなんと俳優をやっていると言う。

あまりテレビやドラマを観ない無名は全然ピンと来なかったが高校生の二人はハッとした表情になり、すぐに立ち上がった。


「え!?あの黒峰さんですか!?確か今映画でやってるあの作品にも出てましたよね!」

「何!?恋はすぐそばにって映画か!?」

恋はすぐそばにって何だよと思いつつも無名は黙って話を聞く。


「ああそうだよ。良かった、俺の事を知っていてくれていて」

「はいはーい!じゃあ次アタシね!アタシは三嶋茜みしまあかねでーす!ロイヤルティーってアイドルグループのリーダーやってまーす!」

またも聞いた事のないグループ名だ。

しかし高校生の二人はすぐに分かったのか、特に金髪の男の子が異様に興奮していた。


「お、おいおい!まじかよ!あの茜ちゃんっすか!?」

「そうだよー!よろしくねっ!」

茜はキャピッという擬音が出てきそうなポージングで彼にウィンクした。

顔を真っ赤にして嬉しそうな男の子はやはり思春期特有のものなのだろう。


「私は朝日莉奈あさひりな、高校2年生です」

「オ、オレは斎藤大輝さいとうだいき、同じく高校2年っす!」

茶髪の男が黒峰、アイドルが三嶋、女子高生が朝日で男子高生が斎藤か。

まあこんな自己紹介など無意味なのだが、一応覚えておくとしよう。


「えっと、君は?」

黒峰が無名に声を掛けると全員の視線が一斉にこちらへと向いた。

ここで名乗らないのはあまりに失礼だろうと、無名は立ち上がった。


「僕は神無月無名かんなづきむめい、会社員です」

「無名君か、多分俺より歳下かな?」

歳下かどうかは見た目で判断出来ないがそれが何だと言うのか。

というより無名はそもそも慣れ合うつもりなどなかった。

勇者として魔国を討ち倒せと言うのならば協力する。

しかし、慣れ合いは弱みを見せる事に変わりない。

彼らと協力すれば確実に足を引っ張られる事は明白だろう。


だから無名は間髪置かずに次の言葉を投げ掛けた。


「歳下かどうかはあまり関係無いのではないでしょうか?それよりも今はどのような能力を手にしたのか知る必要があるかと思います。それに個々の能力に差があるようですし僕は僕のやり方であの王女に協力するつもりですのでお構いなく」

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