第48話 徐々に傾いていく……

 冒険者向けのサブスクサービスが開始してから一か月が経った。


「……えっ?」


 一ヶ月間の成果を確認した俺は、思わず声を漏らす。


「あ、あの、これで間違いないですか?」

「残念ながら……」


 俺の問いかけに、クオンさんは目を伏せて小さくかぶりを振る。


「私も何度も確認したのですが、間違いないようです」

「そう……ですか」


 俺もクオンさんも肩を落としているのは、思ったより儲けが少なかったからだ。


 その理由は、冒険者たちがこちらの想定よりかなり多くのポーションを消費したことだ。

 特に上等なポーションの消費量が激しく、収益は黒字でも残りの期間で金貨二十万枚へ到達できるかどうかはかなり微妙になった。


「これは怪しいですね……」

「怪しい……不正の疑いがあるということですか?」

「はい、いくら何でもこのポーションの消費量は異常です」


 消費されたポーションの一覧を見ながら、クオンさんが形のいい眉を顰める。


「ハジメ様、不審な点を洗いますので手伝っていただけますか?」

「勿論です」


 俺は二つ返事で了承すると、顧客名簿を引っ張り出して調べることにする。



「あっ、ハジメさま」


 すると今日はラックが単独で現れて話しかけてくる。


「あのね、あのね……」

「ごめんラック、今日は時間がないんだ」


 何か言いたそうにしているラックを諫めるように手を伸ばして、もふもふの毛皮を優しく撫でる。


「話はあとで聞くから、プルルと一緒にオリガさんのところで待ってもらえる?」

「…………わかったクマ」

「ゴメンよ。この埋め合わせ必ずするから」

「……大丈夫クマ。ハジメさま、お仕事頑張るクマ」


 俺の様子からただごとではないと察してくれたのか、ラックは肩を落としてトボトボと去っていく。


「……本当に、ごめん」


 これも全て、皆で幸せになるためだから……借金を返したら、皆で何処かに遊びに行こう。


 そう思いながら、俺はクオンさんと一緒に顧客名簿へと没頭していった。




 クオンさんの予想通り、上等なポーションの異常消費は、特定の冒険者たちによる不正行為だった。


 死亡した人物のギルド会員証を使い、仲間内で毎日クエストを受けていると見せかけてポーションを受け取っては、闇市で違法に転売していたようだ。


 死亡したギルド会員証を無効にしてもらったところで不正は止まったが、すぐさま別のギルド会員証でも同じことがされたので、一部利用規約を改定して死亡した者の契約を即座に解除、不正利用した者には冒険者ギルドから厳しい処罰と罰金を与えてもらうようにした。


 しかし、その事実に気付くまでに思った以上に時間を有してしまったので、かなりの損失を出してしまった。




「ハジメさん!」


 今回の損失をどうやって取り戻そうかと話し合っていると、冒険者ギルドの扉が開いてドカドカと足音を響かせながら集団がなだれ込んでくる。


「話を聞きました。どうして相談して下さらなかったのですか!?」

「……マイクさん?」


 やって来たのは、ミーヌ村のマイクさんと鉱員たちだった。


「どうしたのですか? そんなに慌てて……」

「そりゃ慌てますよ。クライスがなくなったら我々の生活は一変してしまいますよ」

「えっ、そうなんですか?」

「そうですよ。グリードに支配された場所は相当酷いものだと聞いています。万が一冒険者ギルドが存続できたとしても、法外な金を要求されるに決まっています」

「……なるほど」


 クライスの街がなくなることで大変な目に遭うのは、何も俺たちだけじゃないというわけだ。


 特に怪我人が出ることが多いミーヌ村では、安定したポーションの供給がなくなることは死活問題だろう。


「そこでですね」


 クエストカウンターに張り付いたマイクさんは、大きな袋をドンと置く。


「とりあえず金貨五百枚持って来ました。僅かですがこれを借金返済の足しにして下さい」

「えっ? そ、そんな悪いですよ」

「気にしないで下さい。後、我々が払っているサービスの値上げを検討して下さい」

「値上げを?」

「そうです。契約金額を値上げすれば、一人当たりの収入が増えるでしょう。今月と来月だけ、二倍……いや、何なら三倍にしてもらって構いません」


 マイクさんの言葉に、後ろに詰めかけた鉱員たちも「うんうん」と力強く頷く。


 どうやらマイクさんたちは、俺たちの窮状を知って助け舟を出すために来てくれたようだ。


「どうでしょうか?」

「どうって……」


 マイクさんの案は、実は既に考えたことがある。


 だが、サブスクリプションサービスの最大の利点は、支払う金額に見合ったサービスを受けられるからであり、サービスの改悪は利用者にとって最も忌み嫌われる行為だ。


 俺もかつては受けていたサブスクの改悪によってどんどんユーザー離れが進み、サービス終了にまで追いやられるのを何度も見て来た。


 世界は変わっても人の気持ちは大きく変わらないだろうから、一月限定でも料金の改悪を行えば、次にいつ行われるかと疑心暗鬼になって大量の退会者を出す可能性は高い。


 マイクさんの提案は魅力的だが……だが……、


「……ハジメさま」


 色々と考えを巡らせていると、いつの間に現れたラックが小さな声で話しかけてくる。


 今日もプルルの姿は見えないが、もしかしたらオリガさんのところで錬金術の手伝いをしているのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ラックが二本足で立って俺の顔に手を伸ばしてくる。


「大丈夫クマ? 眉間にシワが寄ってるクマよ」

「えっ? あっ、ごめんよ」


 いかんいかん、また気難しい顔になっていたか。


 俺は眉間をもみほぐして指で口角を吊り上げると、ラックの両手を手に取って支えてやり、ニッコリと笑ってみせる。


「どう? これで問題ないかな?」

「だ、大丈夫クマ。それでお仕事の方は……」

「問題ないよ。必ずどうにかしてみせるから」


 俺はラックを安心させるために地面に降ろして頭を撫でると、マイクさんに向かって笑いかける。


「マイクさん、お気持ちはありがたいですが値上げはできません」

「ど、どうしてですか!?」

「このサービスは、皆さんの信頼によって成り立っているからです。その信頼を一度でも裏切れば、この場を乗り切れてもその先はありません」


 自分のためなら平気で裏切る。そのイメージを払しょくするのは並大抵のことではない。

 そして失った信頼は、その後に新しい事業を興したところでも引き継がれ、俺の足を一生引っ張り続けるだろう。


「俺はこれからもこの世界で生きていくつもりです。いくらお金に困っていても、多くの人を裏切って得た金では胸を張って生きていけないです」


 それに俺と同じ業を、ラックやプルルに背負わせるわけにはいかなかった。


「もし、本当にどうしようもなくなったらその時は相談します。ですから……」

「わかりました」


 マイクさんはしかと頷くと、笑顔で手を差し出してくる。


「ですが、こちらの金貨は受け取ってください。二十万枚には遠く及びませんが、今後のためにもあって損はないはずです」

「ありがとうございます」


 俺はマイクさんに礼を言って金貨の入った袋を受け取る。


 危うく創業の理念を曲げるところだった。


 俺はこの世界に金を稼ぎに来たのではなく、幸せになり来たのだ。

 そんな当たり前のことを思い出させてくれたラックに感謝しつつ、どうにか対応策を練ろうと必死に頭を働かせ続けた。




 規約違反者についての厳罰を決めたにも拘らず、その後もポーションの使用頻度が落ちることはなかった。


「ど、どうして……」

「おそらくですが、何者かが手引きしていると思われます」


 思わず頭を抱える俺に、クオンさんが怒りを押し殺したような声で話す。


「ここまで来ると、何者かの悪意が介入しているとしか思えません。おそらく解約されることも織り込み済みで動いていると思われます」

「そ、そんなどうしたら……」

「策はあります。そちらの方はどうにかしますから、ハジメ様は決断をお願いします」

「決断……ですか?」

「はい、サービスの値上げについてです」


 クオンさんはスーッと双眸を細め、俺の目を射貫くように睨む。


「もうお分かりでしょう。それ以外に方法はないと」

「そ、それは……」

「ハジメ様に辛い役目を背負わせるのは大変申し訳なくおもいます。ですが、私たちにはそれ以外に生きる道はないこともご理解下さい」


 吐き捨てるようにそう言ったクオンさんは「失礼します」と言って、思い付いている策とやらを実行に移すために何処かへ行く。


 その背中は明らかに怒りの色が見え、普段は温厚なクオンさんも冷静ではいられない状況まで追い込まれているようだった。


 取り残された俺は、クオンさんの言葉を思い返しながら唇を噛む。


「……本当に、値上げするしかないのか?」


 これまで何度も皆で話し合いをし、何か策はないかと知恵を絞って来たが、そのどれもが現実的ではあるが、決定打になるものではなかった。


 だが、それも無理もない。


 サブスクリプションサービスは長く続けてもらうことを前提にプランを作っており、大きく稼ぐことより安定した収入を得ることを目的としているからだ。


 そういう意味では、大きく稼ぐためには料金の値上げ以外に方法はないと思われた。


「どうにか……どうにかしないと……」


 幸せになるどころか、皆揃って不幸になってしまう。



 打つ手がない状況に思わず頭を抱えていると、


「ハジメさん! ハジメさんはいませんか!?」

「な、何だ?」


 突如として冒険者ギルド内に悲鳴のようなが聞こえ、顔を上げて声のした方へと目を向けると、扉の前で血相を変えたアリシアさんが立っているのが見えた。


「あっ、ハジメさん!」


 俺と目が合ったアリシアさんは、堰を切ったようにボロボロと大粒の涙を零す。


「ラック君が……ラック君が……」

「えっ?」


 ラックの名前を聞いて、俺は弾けたように立ち上がる。


 目を凝らすと、アリシアさんの手の中にぐったりと動かないラックが見て取れた。

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