第3話 期限は三日間
その後、ラックの言うところの錬金術を使うための魔力が尽きるまで、俺はポーション作りに専念した。
「も、もう無理……」
ぐるぐると視界が回り、全身を包む倦怠感に耐え切れなくなった俺は、堪らずその場に転がる。
「クソッ……どうしてだよ」
あれから素材が尽きるまで六回ほど錬金術を使ったが、できたポーションは全て『粗悪なポーション』だった。
工房にあった文献を読み漁ってポーションの作り方をしっかり学んだはずだが、何かが間違っているのか、何度やっても普通のポーションを作ることができなかった。
「ふむ……まあ、こんなものでしょう」
俺が作った七本の粗悪なポーションを見ていたエカテリーナ様は、何かに納得したように頷くと、俺の方へと目を向けて微笑む。
「ハジメ、それではこれを本日の成果として頂戴しますわ」
「す、すみません、エカテリーナ様……次こそは」
「ええ、わかっていますわ」
傍で控えていた老執事にポーションを回収するように命令にしながら、エカテリーナ様は双眸を細める。
「期日まではまだ三日ありますわ。それまでにどうか一角の錬金術師になって下さいまし」
俺に労いの言葉をかけ、老執事に俺たちの食事を用意するように指示したエカテリーナ様は「ごきげんよう」と再び挨拶して工房から立ち去っていった。
エカテリーナ様が付けていた香水の残り香も消え、老執事が置いていった温かいスープの匂いに腹が鳴っても、俺はまだ地面に倒れたままでいた。
錬金術を連続で使用した疲労感から抜け出せないというのもあったが、しっかり準備してそれなりに自信があったアイテム生成が全て失敗に終わったことのショックが大きかったからだ。
「……ハジメさま」
呆然と暗い天井を見つめたままでいる俺の下へ、ラックがトボトボとやって来て申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさいクマ。ラックがちゃんとできなかったから……」
「何言ってんだ。ラックのせいじゃないよ」
ポロポロと涙を流して泣き出すラックを見て俺は慌てて起き上がると、灰色の毛玉を抱き上げる。
「ラックの仕事は完璧だったよ。それに、ラックがいないと俺はまともに錬金術を使えないんだから、そんなに自分を責めないでくれ」
涙を拭いてやり、もふもふの頭を優しく撫でながら俺は考えていたことを話す。
「ポーションが上手くできないのは、まだ何か足りないものがあるからだよ」
「それって何クマ?」
「それは……わからない」
錬金術の経験が足りなくて上手くいかないのか、それとも材料や工程に不備があって上手くできないのか。
ラックによるとこの世界にレベルのような概念はないようなので、試行回数を重ねる内にレベルが上がり、まともなポーションが作れるようになるということはなさそうだ。
「ただ、エカテリーナ様の様子を見る限り、俺が失敗するのは想定していたようだった」
それはつまり、エカテリーナ様が知っている何かを知ることができれば、まともなポーションが作れるかもしれないということだ。
「約束まで三日ある。それまでに何としても打開策を見つけよう」
「はいクマ。ラックもご協力しますクマ」
「ああ、頼んだよ」
ラックに元気が戻ったのを確認した俺は、老執事が用意してくれたご飯を食べることにする。
「後三日間で、何としても見つけないとな」
俺がそこまでポーション作りに固執しているのは、言うまでもなくエカテリーナ様との約束があるからだ。
クライスでは役に立つ人材を積極的に登用しており、エカテリーナ様に実力を示して認められれば移住できるというわけだ。
残念ながら異世界からやって来たというステータスや、異世界の知識程度では実力を示したとは言えず、エカテリーナ様は錬金術を覚えたという俺に、一週間以内に普通のポーションを作れるようになれと命じた。
それができなかった場合は、おとなしくクライスから立ち去るか、エカテリーナ様が保有する鉱山で炭鉱夫になる道が残されている。
だが、俺としてはそのどちらの道にも進みたくはない。
前者は、異世界らしく街の外にはモンスターと呼ばれる異形のバケモノが生息しており、戦う術を持たない俺は、連中とエンカウントしたら間違いなく死ぬからだ。
後者はそれなりの生活はできるということだが、毎年何人もの死者が出るくらいには過酷で、常に人手不足という職場には行きたくないと思うのは当然だろう。
一応、ラックに頼めば元の世界に戻れるらしいが、生憎とその選択肢だけは取りたくない。
「……とにかく、また素材集めに出かけないとな」
素材を店で買う余裕があるはずもないので、この後は街の外まで素材の採取に出かけようと思った。
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