第37話 聖騎士になろう

 エリスたちがオルクレスに行ってから一年が経ったころ。 

 旧エリシア王国の跡地にある、小さな街『ポルコロッソ』の一角にある訓練場。

 そこで一人の男が木の剣を振るい、汗を流していた。

 エリスとユリィと同じ、冒険者コースの同期であったアルスである。

「アルス君、励んでいるねぇ」

 クレアがタオルをもってアルスの方へ歩いて行く。後ろにコールとガインもいる

 エリスたちがブレイザード王国へ出立した後に、アルスたちはクレアの恩人の元へ向かっていたのだ。一週間程、馬車に揺られ、到着したのがポルコロッソであった。

 この街は聖騎士団の本拠地として機能しており、ドラゴンや盗賊など、大小さまざまな悪と日々向き合っている。それはこの街に限ったことではなく、依頼があれば遠く離れた他国に赴き、依頼を遂行する。クレアの恩人はその聖騎士団の団長を務めている男だった。

 名はテル・イズヒサ。齢80の爺らしく、背中は曲がり、頭頂は禿げ上がっていた。

 豊かな口ひげは真っ白で、黒い瞳はこちらの心を射抜くような、鋭い眼光を放っていた。まるでこちらを見定めているかのように。

 クレアが事情を話すと、彼はすんなりアルスたちを受け入れてくれた。聖騎士になる、という条件つきだが。

「聖騎士でもドラゴンスレイヤーになれますか!」

 アルスの目標であるドラゴンスレイヤー。クレアから、彼女の恩人であるテルがドラゴンスレイヤーであることも知っている。

「......たゆまぬ努力を続けることができるなら、なれる」

 その言葉は、アルスの心を聖騎士という存在で覆いつくすには十分すぎた。

「ダンジョンマスターにはなれますか!」


「狩人には!」

 ガインとコールも目を輝かせてテルに訊ねる。

「ダンジョンマスターと狩人は分からないが......目標を達成するという断固たる決意とたゆまぬ努力があれば、大抵のことは成し遂げられる」

 テルの言葉にアルスたちががぜんやる気を見せる。

「やるぞー!」

 そうして聖騎士になるための訓練がスタートしたのだ。そこから一年、アルスたちは異常な速度でメキメキと力をつけ、ついに聖騎士としてテルに認められた。

 アルスがタオルを受け取って汗を拭く。

「ふう、すっきりした。団長の言ってた魔力の使い方、マスターしたぜ」

 アルスが言うと、コールとガインが目を見張る。

魔装鎧まそうがいを⁉僕たちはまだ体内で魔力を循環させることしかできないのに」

 魔力が常人程度のアルスたちにテルはこう教えた。

「魔力が多ければバルジュゼールなどで攻撃できるが、並みの人間がそれを連発すると魔力切れになってしまう。それでは勝てる相手にも勝てなくなる」


「じゃあ、どうすれば」


「ほほ、魔力を体内で循環させるのだ。そうすることで身体強化の機能が得られ、並みの人間でもしっかり勝利を狙うことができる。魔力を体内で循環させることで、魔力の感覚をつかみ、各部位に集中させれば、常人を超えた身体能力を発揮することもできる」

 テルがお茶目っぽく笑う。

「魔力循環はドラゴンを倒すのに必要な技術にもつながってくるぞ」

 テルはそれだけしか言わなかったため、アルスたちは個人で魔力循環を習得せざるを得なくなった。最初のうちは全くできなかったが、四、五か月を過ぎたあたりで、唐突に魔力循環をマスター。これは世界と魔力の均衡が崩れたことによる影響だが、アルスたちは当然知る由もない。

 魔力循環をものにしたアルスたちは新たな技術、魔装鎧まそうがいを会得するための訓練に励んだ。

 魔装鎧は、魔力をその身に鎧として纏う技術のことで、単純な防御力の上昇に加えて、剣の刃に纏うことで、攻撃力を大幅に上昇させることもできる、技術であった。

 その技術の会得にはアルスたちもてこずった。アルスたち以外の聖騎士でも、習得出来ている者は数少ないらしい。それをアルスはものにしたというのだ。

「見せてやるよ」

 アルスが目を閉じて集中する。腕が黒いオーラに包まれたかと思いきや、ビィン!という鈍い音が響き、黒い鎧をまとった。

「おおー!魔装鎧、出来てるじゃん」

コールが拍手する。

「だろ、滅茶苦茶苦労したんだからな」

 アルスが笑いながら言う。努力の結晶は太陽に照らされて黒々と輝いている。

「すごいけど、アルスこれから荷馬車と商人の護衛じゃなかった?」

 ガインの言葉にアルスが青ざめる。

「やっべ、行かないと!」

 アルスが駆け出す。




 アルスが白いムートンジャケットと白いズボンに身を包んで集合場所に現れた。

 護衛任務にあたる聖騎士は既に全員が馬のそばにいた。言い訳のしようもない遅刻である。既に荷馬車も出発の準備を終えているようだ。

「アルス、遅いぞ!」

 聖騎士団副団長であるレナード・ヴィロンが怒鳴る。

「すいません!」


「謝ってる暇があったらさっさと馬のところへ行け」

 アルスがどやされながら自身の馬のところへ向かう。任務の内容は頭に叩き込んである。いや覚えるまでもない、護衛対象を盗賊から守り目的地までエスコートする。ただそれだけの事。

「全員揃ったな、馬に乗れ!俺とアルスが全体を先導する。三名が馬車の先頭を、二名が馬車の左右を固めろ。残りの四名は馬車の後ろを守れ。いいな!」

 レナードとアルスが馬を走らせると、荷馬車と護衛の騎士たちもそれに続く。進む道は幅が広く、左右の見通しも良い。警戒の必要はあまりない。

「天気良いですね」


「絶好のピクニック日和だが、任務優先だぞ」


「当たり前でしょ。俺が任務ほっぽり出してピクニック行くような人間だとでも?」


「どうだかな。それより魔装鎧はどうなんだ?躍起になって習得しようとしてたが」


「なんとかものにしましたよ」


「ま、そうだよな。俺でも三年......今なんて?」

 レナードが聞き返す。

「いや、習得したって......」


「違う、お前じゃない」

 レナードが後ろに振り向いて訊ねる。

「副団長、焔飛龍えんひりゅうの姿を東に確認!」

 レナードとアルスが東の方を見る。東の空を真っ赤な鱗の龍が悠々と羽ばたいている。こちらの存在には気が付いていないようだ。

「気づいてなさそう......ですかね」


「時間の問題だろ、速度上げるぞ!」

 レナードが鞍に差し込んであった旗を抜いて振る。本来ならば煙幕弾を使うのだが、焔飛龍に発見される可能性を考えて、手旗信号に切り替えたのだ。最後尾の騎士が短く笛を吹いた。

 通達完了の合図である。

一行は速度を上げ、平原の道から森を突っ切るように伸びる道にコースを変更した。

 ここからはかなりの警戒が必要になる。理由は単純、森の木々に紛れて魔物や盗賊がこちらを狙ってくるからだ。

「探知魔法展開」

 騎士たちが探知魔法を発動する。これによって広範囲の索敵が可能になり、迫りくる危機を迅速に察知し、即座に対応することができる。

「この先に開けたところがある。そこで馬を休ませる」

 レナードが馬を駆りながら指示を出す。

 レナードは聖騎士になってから長く、このあたりの地形は熟知している。

 程なく一行は開けた原っぱに到着した。

「いったん休憩をとる、警戒は続けるんだぞ」

 馬から降りたレナードが騎士たちに忠告する。商人が人数分の木のコップに水を注いで騎士たちに渡し始めた。

「お疲れ様です、よろしければ」

 コップを受け取ったレナードが頭を下げる。

「ありがとうございます、目的地まで、この森を抜ければすぐです。それまで、我々がしっかりとあなたと荷馬車をお守りします」

 

「いやはや、頼もしいことこの上ない。ギルドの冒険者に頼まないで正解だった」

 商人が笑いながら言うのに、レナードが苦笑する。

「ま、まあ、彼らは採集やモンスター討伐が専門ですから。護衛とは勝手が違うんですよ」


「適材適所、というやつだね」

 そんな時、一人の騎士が叫んだ。

「探知魔法に反応あり!数は十三、西の方角から高速で接近中!」

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