第9話 夜襲(2)

 エリスはそっと部屋を抜け出して居間に降りて行った。玄関の前でクレアが準備体操をしていた。


「もうすぐ夜更けだけど、まだ早いからもう少し寝ておいで」


「冗談はよしてくれ」


 エリスが体を伸ばす。クレアがエリスに歩み寄る。


「ユリイ君はため込みやすい。爆発した時が心配だから、君の方でも気にかけてあげてほしい。頼めるか

い?」


「もちろんだ」

 クレアの頼みにエリスは二つ返事を返した。クレアが一瞬安堵したような表情を見せたが、すぐに真剣な表情に変わる。


「外にかなりの数の敵が。屋根の上に登って確認しよ

う」


「分かった」


 二人は音を立てることなく階段を駆け上り、屋根裏部屋に到達する。


「天井裏から入ろうとするわけではなさそうだね」


「正面から突っ込んでくるつもりなのか?とても隠密とはいえないが........」


 クレアが冷静に分析し、エリスも気配を探る。


「とりあえず上がろう」


 クレアが天井の窓を開けて屋根の上に上る。エリスも後に続く。涼しい夜風が二人の髪を靡かせる。二人が慎重に下をのぞき込む。


「いたぞ。ざっと四十人ぐらいか?」


「なかなか楽しめそうだね」


 クレアが舌なめずりする。その様子を見てエリスが呆れる。


「死ぬかもしれないんだぞ」


「私はそこまで弱くないよ。一人二十人ね。それじゃ

あ」


 クレアが屋根から飛び降りて黒装束たちのど真ん中に着地する。クレアのカランビットナイフが月明かりにきらめく。鮮血が地面を真っ赤に染める。ワンテンポ遅れて黒装束たちが動き出す。


「現れたぞ.......」


 また一人喉を掻き切られて倒れる。クレアの動きは獣のように俊敏で黒装束たちの繰り出すを華麗に避け、確実に仕留めていく。


「女一人にここまでやられて恥ずかしくないのかい?」


 クレアが攻撃をかわしながら黒装束たちを煽る。


「ほざけええ!」

 斧を振りかざした黒装束がクレアに迫るが、風元素魔法を発動したエリスが間に入り、無防備な腹部に強烈なパンチをぶち込む。


「ごふっ!」


斧を持った黒装束が吹っ飛んでいく。


「きれいなのが決まったねぇ!」


クレアが黒装束にハイキックを入れながらエリスを褒める。しかしエリスは微塵もうれしくなさそうだ。


「集中しろ!」


「私は先生だぞ、かわいげのない生徒だなぁ.......」


 クレアは自身の生徒の冷たい態度にがっかりしながらも、敵の攻撃を的確に捌き命を刈り取っていく。


『くそっ!これじゃ足止めにもならねえ、こいつらがここまでやるとは.......」


 リーダーが焦る。しかし戦いをやめるわけにはいかない。下手に逃げてもエリスとクレアのどちらかに殺されるし、逃げおおせたとしても作戦に失敗したと知ったグレナに殺される。


『俺が生き残るには、作戦を成功させてアジトに生きて帰るしかない!」


 リーダーがクレアに斬りかかる。力任せの大振りだ。


「うおおおおお!」


 クレアはそれを軽々と避け、リーダーの後ろに回り込んだ。


「なっ!」


 リーダーが急いで振り返って剣でクレアの一撃を何とか防ぐが、クレアの蹴りをくらって吹っ飛んで地面を転がる。


 一方のエリスも風元素魔法を操り、黒装束たちを圧倒していた。彼女が剣や斧を受け止める度に刃が砕け無防備になった黒装束を吹き飛ばす。


「ぐあああああ!」


 黒装束たちが悲鳴を上げる。エリスが残っている黒装束をにらむ。黒装束たちはまだ戦意を喪失していないようで、武器を構えて突進してくる。


「まだやるのか?そろそろ逃げてもいいころだぞ」


 エリスが困惑しながらも敵の攻撃を避ける。






 黒装束たちは玄関側で仲間が気を引いているうちに窓から侵入、ユリィ達を手際良く拘束し、窓から飛び降りて外へ連れ出す。目を覚ましたユリィがどんどん近づいてくる地面に気づいて悲鳴を上げる。


「きゃああああ!」


悲鳴に気づいたエリスが振り返って名前を叫ぶ。


「ユリィ!」


 悲鳴を聞いたクレアの表情に焦りが浮かぶ。正面の黒装束たちは囮だったのだ。うかつだった。だがそのことに気づいてももう遅いのは分かっていた。しかし大事な生徒が危険にさらされている状況に叫ばずにはいられなかった。

「エリス君、ここは頼んだ!ユリィたちは私が追いかける!」


「わかった!片づけたら私もすぐ向かう!」


 クレアが周りの黒装束を瞬殺し、小屋の裏手にまわって森の中に走りこんでいく。遠くの方に松明の光が見える。


「あれか?」


 クレアが全力で探知魔法を発動する。人を抱えた黒装束たちとその護衛の黒装束が走っている姿を確かに探知した。


「抱えられているのは四人、エリス以外全員が攫われたのか。一体何のために?人身売買?それとも.......」


 目の前に矢が飛んでくる。クレアはすれすれでそれを避け、黒装束を追い続ける。


 二人の護衛の黒装束が立ち止まり、クレアに向けて魔法陣を展開する。展開された魔法陣が白く輝きだす。


「バルジュゼール」


 二人が詠唱した瞬間、魔法陣から白い閃光が迸った。閃光は光の矢となってクレアに突撃していく。


「魔法か!」


 クレアが木々の間を飛び移って回避するが、光の矢はクレアを追尾していく。


「く、時間稼ぎか」


 クレアが黒装束に猛スピードで突進する。黒装束は意表を突かれたのか体を強張らせた。クレアは光の矢を引き付けたまま二人の目の前で真上に飛び上がった。


 光の矢はスピードを緩めることなく二人を貫いてまばゆい光を放ちながら爆発した。


「ハア、ハア、くそっ!」


 着地したクレアが探知魔法を発動するが反応はない。一刻も早く探し出さなくてはならないが、今闇雲に探すのは無謀だろう。クレアは来た道を戻りだした。






「はああ!」


 エリスが風の力で黒装束を遥か上空に浮かび上がらせる。近くの茂みに隠れていた黒装束も浮かび上が

る。


「ウィンドバースト」


 圧縮された空気が破裂し、黒装束を遥か彼方へ吹き飛ばす。すぐにユリィたちを追いかけようと飛び上がるが、こちらに戻ってくるクレアが見え、ダメだったことを悟った。


 太陽が顔を覗かせ、空が明るみ始める。





 野外実習が行われている森に向かって走っていたシャリーとエヴァンの目の前にエリスに吹き飛ばされた黒装束がドシャっと落ちてくる。


「うわっと!」


「なんだ?」


 二人が立ち止まって黒装束を見やる。シャリーはこの黒装束に見覚えがあるようだ。


「これは、親衛隊が裏仕事をやるときに着用する奴だ。まさかこんなところで見るとは」


「親衛隊?」


 エヴァンの疑問にシャリーが答える。


「私の父親の管理下にある私設兵みたいなやつ。そいつらが表立って動けない仕事の時にこの真っ黒の服を着るって、父親が昔自慢げに語ってたのを思い出し

た」


「なるほど。ところでそれが森の方から飛んでき

た、ということは........」


エヴァンの推測はシャリーにも分かるほどに明確だった。


「くそ姉貴、もうおっぱじめやがったな」


「人死にが出るという最悪の事態だけは避けなくてはならない。まあ、エリスがいればそんなことにはならないだろうが」


 シャリーがグレナの顔を思い浮かべ、エヴァンも若千焦りの表情を浮かべる。


「ひとまずエリスたちと合流するぞ」


「そうだな、あいつも一緒にくそ姉貴にかちこんでや

る」


シャリーとエヴァンがまた走り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る