第5話 野外実習と忍び寄る陰謀(2)
学園の医務室、まだシャリーは療養を言い渡されていた。焦りといら立ちが募るが、今の状態ではどうすることもできない。ふとした時に脳裏によぎるエリスの姿。あの圧倒的な力を姉は観ていたはずなのだ。にもかかわらずあいつを消すなどと抜かしている。
馬鹿げてる、とつぶやいた矢先にその姉、グレナが医務室に入ってきた。「調子はどう?」「お前のせいで最悪だ」「そう、呪ってくれて構わないわ。ところで冒険者コースのやつら、野外実習に行ったみたいね」グレナの報告にシャリーが困惑する。「だから何だよ」「大チャンスじゃない。引率もクレアしかいないみたいだし」
シャリーの面持ちが険しくなっていく。「お前、まだそんなこと言ってんのか」「どうして怒るの?あなたがこの学園で私を差し置いて大きな顔をできていたのはどうして?答えは簡単、最強だったからよ。誰も追従できないほどの力があったからこそなのよ」グレナがシャリーの胸倉を掴む。「分からない?このままだとロンドベル家の名に傷がつく。学園での私たちの評価が少なからず家の格に影響するのよ!それに、神託の顕現したエリスを放っておくと学園内どころかエンスウェード王国内の勢力圏をヴァ―ルデン家に取られかねないのよ」
ロンドベル家はエンスウェード王国の建国当初から王家を支えてきた由緒ある家系である。代々炎元素魔法の使い手を輩出し、戦争などで多大な戦果をだし、エンスウェード王国の領土拡大、ひいてはエンスウェード王国そのものの発展に大きな役割を担っていた。また、500年前に勃発した人魔戦争にも当時の当主が軍を率いて参戦した記録が残っている。その当主は世界各国に伝わる『英雄譚』にも記載があり、『五元素使いの英雄』とともに戦い抜いた様が綴られている。
いまの当主であるスヴェン・ロンドベルは野心家であり、その野心の矛先は皇帝の座にすら向いている。ちなみに彼の父であるヨゼフ・ロンドベルはエリスたちが通うグリスフォード学園の学園長であり、上層部もロンドベル家の関係者で構成されている。グレナが強気な行動を起こせるのもそれが一因である。
今、エンスウェード王国で王家に次いで権力を持つ家はロンドベル家であり、その権威は永遠に揺らぐことはないと思われていたのだが.......。
「この国の歴史が変わるのよ、何処の馬の骨かも分からない辺境伯がロンドベル家に匹敵する権力を持つんだ、こんなことあってはならないのよ」グレナがシャリーを押し倒して馬乗りになる。「私は騎士になるんだ。家がどうとか関係.......」「あなたはね!私は王子様と結婚しなきゃいけないの。跡継ぎを産んでロンドベル家を繋いでいかなくちゃいけないの」シャリーが顔をそむける。「気持ちの悪いことを.......」
「分かってくれないのね」グレナがベッドから降りる。「冒険者コースの奴らを皆殺しにする。もう手はずは整ってるの。止めたきゃ止めれば?あんたも私も地下牢にぶち込まれておしまいだろうけど」そう言い捨ててグレナは医務室を出ていった。
しばらくの静寂ののち「ずいぶんご乱心だったな、もっと利口な女だと思っていたが」と衝立の後ろからエヴァンが姿を現す。「.......どこから聞いてた」「全部だ」シャリーがどうしようもなくなって笑い出す。「ははは、たかが一回負けただけでなにを焦ってんだか」エヴァンが向かいのベッドに腰掛ける。「いくら強大な権力を持っていてもさすがにこれは看過できんだろう」「じゃあどうしろっていうんだ?あの姉貴、梃子でも動かねえぞ」
エヴァンが考え込む。「エリスをグレナの手下が殺せるとは思えない。なにかとんでもない策があるのかもしれないな」「そんなの一日じゃ用意できないでしょ」「野外実習は五日間行われる。策を講じる時間は十分だ。それを実行に移す時間もな」エヴァンが立ち上がる。「騎士として見逃せるのか?いずれ宮廷魔導士になる俺は見逃せないと考えている」
シャリーもうなずく。「当たり前だろ。そんなん許したら親父や姉貴がもっと調子づいちまう。最悪姉貴は死んでも構わねえわ。あいつは一旦人生やり直した方がいいだろ」シャリーが立ち上がって関節をポキポキと鳴らす。
「エリスにリベンジしないといけないしな」
「それはどうでもいいが、このことは内密にしておけよ」エヴァンの忠告をシャリーが鼻で笑う。
「当たり前だろ。バレたら即拘束で処刑だ」
馬車でグリスフォード学園を出立したエリスたちは10時間ほどかけて野外実習を行う森に到着した。「やーっとついた」馬車から降りたアルスが息を大きく吸い込んで新鮮な空気を堪能する。「よし、みんな降りたね。じゃあ小屋に向かうから、はぐれないように着いておいでよ」戻っていく馬車を見送った後、クレアを先頭に今回の実習で泊まる小屋に向けて歩き出した。
「小屋に着いたらまず掃除をして、そのあとお昼ご飯だね」
「えー、先じゃダメなのか?」
「埃まみれの中でお弁当食べるのかい?それは作ってくれた人への冒涜だよ。いい気持ちでお弁当は食べないと」
クレアの理論にぐうの音も出ないアルスにエリスが話しかける。「この実習、楽しみだな」アルスが怪訝な顔をする。「なにを当たり前のこと言ってるんだ?」
「はやる気持ちが抑えられないようだね?なら」
クレアが突然走り出した。「このまま走って小屋に向かうぞぉぉぉぉ!」
一瞬の間をおいて状況を理解したエリスたちは慌ててクレアの後を追って駆けだした。
ほどなくして一同はなかなか立派な小屋に到着した。「お、思ってたより大きいな」「そ、そうだね」
皆が感嘆している中、クレアは小屋のドアを開けて中を確認していた。
「ほう、一年ぶりに来るが予想よりも綺麗だな.......」クレアがうっすら積もった埃に残る足跡を発見した。『足跡?個々の管理権を持っているのは私だけのはずだが.......』
クレアが即座に探査魔法を使う。小屋の地下室から天井裏までくまなく調べる。『地下室に五人ほど。大所帯だねぇ』
「君たち」クレアが生徒たちに指示を出す。「ちょっとここで待っていなさい」
生徒たちが了解するとクレアは音の一切を消して小屋の中に入り、足跡を辿る。『地下室に続いているはずだけど.......』案の定足跡は地下室へ続く階段の前で途切れている。クレアは懐からカランビットナイフを取り出して深呼吸をする。そして階段を慎重に下りていく。会話は筒抜けだ。「ここにガキどもが来るまで待機だとよ」「へっ、そうカリカリすんな。この程度の依頼でたんまり報酬がもらえんだ。前金で金貨100枚だぞ」
『なるほど、確かにおいしいねぇ』クレアが舌なめずりする。顔が紅潮していく。
ドガっと扉を蹴破り、クレアが地下室の真ん中に躍り出る。中にはガラの悪い屈強な男が五人、クレアの見立てどうりだ。
「なんだてめえ!」クレアに掴みかかろうとした男の首から血が噴き出す。「ひるむんじゃねえ!」残った男たちが武器を手にクレアを襲うが、また一人がクレアの凶刃にかかって倒れた。驚異的な身体能力から繰り出される体術とナイフ術が男たちを苦しめる。「なんだ、こいっふ」男が喉笛を掻き切られて白目をむく。そのままクレアは必要以上に相手の体を切り裂いていく。
「く、くそったれぇー!」男が斧を振り下ろそうとするが、それより速くクレアの足蹴りが男の振り上げた腕を切断した。「う.......」
男の絶叫より速くクレアが喉に深々とナイフを突き刺して壁に押し付けた。「生徒たちにばれたらどうするんだい?にしてももう少し食べ応えが欲しかったかな」紅潮した顔のクレアが男の耳元で囁く。
クレアがナイフを抜くと血があふれ出して服がさらに血にまみれていく。
「さて、生徒たちのところへ戻るとするか」
クレアが地下室の扉を立てかけて階段を上る。外から生徒たちが楽しそうにしている声が聞こえてくる。『さっきのことは言わない方がいいね。余計な心配をさせるだけだろうし』
そう考えながらクレアは小屋の玄関に戻って外の生徒たちに声をかけた。
「みんな待たせたね!これから楽しいお掃除パーティーの時間だよ!」
無論、地下室の掃除をさせるつもりはない。
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