第28話 決着 神速の水龍烈拳
吹っ飛ばされたマイニーは脚に力をこめ、体勢を崩さずにその場に踏ん張る。そして立ち昇る土煙をキッと見据える。
「うおお!」
エヴァンが土煙を突っ切ってこちらに飛んでくる。亜音速の拳が撃ちだされる。
「二度は食らわん」
マイニーがその筋肉質な巨躯を俊敏かつしなやかな動きで回避する。
「追いつけ!」
エヴァンが伸びた腕の軌道を変えてマイニーを追撃する。亜音速の拳はマイニーにぴったりとついていく。
『速度が段違い、これが神となった男の力か』
マイニーは飛行魔法で上空に飛び上がる。当然拳も上昇する。エヴァンがもう片方の拳を打ち出す。
「はあっ!」
縦横無尽にかける亜音速の拳がマイニーを防御から回避に転じさせる。マイニーの表情が少し険しくなる。
『攪乱はこの際無視してかまわない、死角からの致命打さえ避ければ良い。奴は決定打に欠いている状況』
マイニーがガントレットを巨大化させる。
「ぬうっ!」
マイニーが空気を蹴り、地面に着地し、巨大なガントレットを振るってエヴァンにぶつける。
ぶつかった瞬間、ガントレットから生え出した無数の手がエヴァンをがっしりと拘束する。これはガントレットがマイニーの魔力で創られているからこそできる芸当であった。自身の魔力が主であるならば、その扱いは無限大である。
「何で手が⁉」
エヴァンが驚きの声を上げる。マイニーは腕を振り回し上空に飛び上がる。
『まさか、地面にたたきつけるつもりか!』
エヴァンが即座に空中に残っていた伸びた腕を水に変化、そして鋭い刃物へとまた形を変え、マイニーに向かわせる。マイニーの腕、胴、脚に切り傷をいくつもつけるが、ガントレットを振り回すのを止めるには至らなかった。回転は尋常ではなく、瓦礫や兵士、魔物に至るまでを巻き上げるほどの風が吹きすさんでいる。
「目、目が回る.....!」
腕と胴を水に変化させるが、拘束から抜け出せない。
『俺の身体をこいつの魔力が、殻のように覆っているのか!この手はその殻を掴んでいる、この魔人、俺の進化にこうもあっさりと対応するとは......』
マイニーが急降下し、ありったけの力で地面を踏みしめ、腕を振り下ろす。
「ウオオオオオ!」
とてつもない衝撃とともに、言葉のごとく大地が割れる。吹き上げられた瓦礫がガラガラと降り注ぐ。
マイニーの顔は、水の刃による傷も相まって、より魔人たる恐ろしい表情となっていた。それは強者としての、魔人としての誇りを湛えた『ドヤ顔』であった。
『神から授かった元素魔法を道具として扱っていた彼はこの短い時間の中で元素魔法の神髄に触れ、さらなる進化を遂げた。それはもはや人間の身で神の領域に足を踏み入れたといっても過言ではない。あまつさえこのマイニーをここまで消耗させるとは......』
マイニーが息を整える。神と同義の存在と闘うことなどそう叶うことではない。
「さらばだ、誇り高き戦士よ。名を聞けなかったことを俺は一生悔やむだろう」
割れた大地の底に向けて、マイニーなりの賛辞を贈った瞬間、ドンという爆音とともにエヴァンが地上に戻ってきた。
血まみれの顔を拭ってマイニーに笑顔を見せる。
「死ぬかと思ったぞ」
「......名は」
「エヴァンだ」
「ふむ、エヴァンか。その名、この身が朽ち果てようとも忘れぬと誓おう!」
マイニーが持てる力を全開にする。身体から緋色のオーラが溢れ出し、筋肉がさらに膨張する。。
「ありがとよ!」
エヴァンが拳を放つ。マイニーも負けじと拳を放つ。
双拳の衝突は、互いを吹き飛ばすほどの衝撃を発した。リクラスが簡易的な物理結界を張るが、衝撃波によって一瞬で破壊されてしまう。
「つ、強すぎなのです~!」
だが、リクラスは決して地面から手を離さなかった。今張っている結界を維持できなければ、魔物と魔人は力を取り戻してしまうかもしれない。そうなれば、目の前で勝利をつかもうとしている兵士たちは瞬く間に命を散らし、この国をまた暗黒の時代に引きずり込むことになる。
自分の人生を賭けたこの聖なる結界を信じて戦う者の思いを無下にするわけにはいかない。
「耐えるのです、リクラス!カゾエのせいで失った物を取り戻すために、この国の未来を明るくするために!」
地面に突き立てるように置いている辺りは指から滲んだ血で真っ赤に染まっている。決意を叫ぶリクラスの向こうではマイニーとエヴァンの激しい攻防が続いていた。
エヴァンの鞭のようにしなる足蹴りがマイニーの頬にヒットする。
『なんという威力......!』
マイニーがよろけるが、体勢を整えて拳を放つ。拳圧がエヴァンの顔面にヒットする。
『拳圧だけでこの威力......!』
エヴァンが地面を転がる。水の拳が軌道を変えながらマイニーの腹に飛んでいく。
「ぬおおお!」
マイニーが拳圧を放つ。それぞれの攻撃が互いに大ダメージを与える。
「ぐっ、はあ」
マイニーが膝をつく、と同時にエヴァンも後ろに倒れる。
「はあ、はあ、やったか?」
マイニーが血をぬぐいながら呟く。
反乱軍の本拠地に逃げてきたエヴァンの母イーナと父ヨクナーは地上で戦っている息子の身を案じていた。
「あの子、大丈夫かしら」
「エヴァンは自分の力を信じて戦っているのだ。親である俺たちが信じてやらないでどうする」
ヨクナーが言うが、イーナは口ごもる。
「でも......」
「信じよう、エヴァンは俺たちの子供、水元素の神に見初められた英雄だ」
「......そうね、あの子を信じましょう」
二人は手を握り合って静かに祈りを捧げる。
倒れたエヴァンの身体から蒼いオーラが迸る。マイニーが口角を上げる。
「その程度で死ぬ男ではなかったな」
起き上がったエヴァンが拳を引く。
「これで終わりにしよう、マイニー」
「名残惜しいが......やむなし!」
マイニーも飛び上がってガントレットを巨大化させる。
「今ここで、雌雄を決す!」
マイニーが空気を蹴り、エヴァンに迫る。エヴァンは動じることなく、魔力を拳に集中させる。ここで敗れれば、ブレイザード王国に未来はないだろう。リクラスもユリィも殺されるだろう。反乱軍は流れを変えられずに全滅するだろう。マイニーに勝って、カゾエのもとに向かわなければならない。
「俺が勝つ!」
エヴァンの放つ全力の拳はその想いに応えるがごとく、遂に音速を超えた。
「うおおおお!」
「ぬあああああ!」
エヴァンとマイニーの絶叫が戦場にこだまする。エヴァンの頭上にガントレットが迫る。同時にマイニーの腹にエヴァンの神速の拳が突き刺さる。
「水龍烈拳(リヴァイアサン)!」
「マレウスナックル!」
ガントレットがエヴァンの頭にヒットする。
「この国から出ていけぇぇぇ!」
エヴァンが絶叫する。衝撃波が巨大な竜巻となって戦場に吹きすさぶ。眩い光があたり一面を照らし、音すら消え去る。
静寂はすぐに訪れた。リクラスが土煙の中の人影に目を凝らす。元の姿に戻ったエヴァンが拳を突き出している状態で佇んでいる。少し離れたところにマイニーも立っている。
「エヴァン君......」
リクラスが恐る恐るエヴァンの名前を呼ぶ。
「あ、あっぱれ......若人よ......!」
マイニーが血を吐いて後ろに倒れこむ。その表情は悔しさとのにじむ笑顔であった。心から戦いを楽しんだような、そんな爽やかな笑顔でもあった。
「勝った......」
エヴァンがそれだけ言って倒れこむ。リクラスが拡声魔法で叫ぶ。
「エヴァンが三柱マイニーを撃破ァ!」
リクラスからの報告は反乱軍に届いていた。レイモンドが笑みを浮かべる。
「エヴァン、よくやってくれた......!」
ミーニの分身体と交戦していたレイナたちもその報告を受けて気合を入れる。
「我々もエヴァンに続くぞ!」
ミーニが呆れる。
「大方武人気取りなことをして、足元掬われたんでしょう。やめろと何度も言ってきたつもりなんですけどね」
ミーニはそう言ってレイピアを構える。目の前では紅蓮のオーラに包まれた鉄面皮が剣を構えている。
「元素魔法使い、侮れないようですね」
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