第14話

「なるほどな。アンタのお話でタオウーなんかのウイルスを作ってた理由が何となく分かった」

 陰山は溜息を吐きながら腕を組んだ。現地の隊員からノイズ混じりの声が届く。

『車を確認。乗り込みます』

 大きな特殊車両の後部が開く。

「義体男と距離が近い。EMP爆弾を使え」

 田嶋が即座に指示を出し、それを聞いたOSIRISのメンバーが三人を含めた隊員達の電脳と義体に保護をかけた。その直後、車両が独りでに大きく揺れ出すと共に二つの手榴弾が舞った。

 義体男が自身を守る前に手榴弾は爆発、最後の隊員が乗り込むと同時にEMPを受けた相手は光学迷彩が剥がれ、脚が思うように動かず倒れ込んだ。それに隊員達も順次迷彩を解除する。

「バケモンかよ……」

 二つも爆発したのに、義体男の身体はまだ動いていた。ちらちらと一部分が明滅しており、光学迷彩の解除すら諦めていない様子だった。

 車は発進しながら自動で閉まり、そのまま栃木支部に一旦引き返した。

「大和のEMPを直に食らった。あと十二分は動けないはずだ。その間にドローンとアンドロイドで奴を殺せ!」

 田嶋が引き続き指示を出したあと、一つ息を吐いた。

「なんですぐにEMP使わせなかったんだよ」

 陰山の小言に短く返す。

「第四の許可がいる」

 それにかぶりを振り、OSIRISのリーダーに呼びかけた。

「で、義体男がなぜ琉生ヱマを狙っているか、検討はつくか」

 ややあって返答があった。さっきまでの勢いは完全になくなっている。

『長官時代に一度見かけた事があるのだけれど、彼女の眼や雰囲気は私によく似ていたわ。自画自賛になるけれど強い女のそれだった』

『五十五番は私を酷く憎んでいる。殺しきれなかったから殺したいはずよ。けれど恐らく動きからして記憶がない……行方知れずになってから全く私の前に現れなかった』

 若干震えた声に陰山は合点がいった。

「大体察しはついた。アンタのお話からしてかなりストレスに弱いし、時代的に義体男は四、五十代だが落ち着きがなく見た目通り二十代だと感じた。何かしらの精神疾患を患っているのは確かだろうし、それのせいで記憶がぶっ壊れてるのは想像にかたくない」

 それに田嶋が補足する。

「五十五という数字を見せた時、奴はOSIRISの存在にしか言及しなかったしあまり取り乱してもいなかった。記憶があるのならもっと反応があったはずだ。なにより、数字には殆ど反応がなかった。ゴーゴーライダーという作品に酷く思い入れがあり、コードネームにもそれを挙げたという割にはな」

 陰山が組んでいた腕を解く。

「感覚だけは残ってんだろうな。殺したいという感覚だけは。それが不運にも琉生ヱマに向き、そして当時のウイルスの再現で出来た失敗作が南美を襲ったと……」

 一つおいてから元会長に向かって言った。

「義体男は殺処分だ。だがお話を聞く限りだと被害者でもある」

 ややあって元会長は小さく返した。

『私が全て悪い』

 それに否定も肯定もせず、二人はドローンとアンドロイドのアイコンを見つめた。然し。

「全て停止! ハッキングではありません!」

 オペレーターの一人が言い、ざわめきがあがる。

「おい! どうなってるかOSIRISの連中にやらせろ!」

 陰山が叫ぶ。

「OSIRISと連絡が途絶えてます!」

「こっちからコンタクト取れ!」

「何度も試していますが、エラーばかり……!!」

 そのうち栃木支部から連絡が入る。

『ドローン、アンドロイドの制御権限が奪われた。コンタクトが取れない』

 総裁と長官は顔を見合わせた。ややあってオペレーターの誰かが声をあげる。

「収監中の義体男に対する実験結果とほぼ同じです! 古い電波による妨害です!」

 更にざわめく。

「そういえばアイツ、なんで抜け出せたんだ……」

 陰山の独り言に田嶋がすぐに切り返す。

「南美が見つけた古い電波塔の年代を調べろ!」

 EMP爆弾による攻撃から既に五分以上が経過している。脳内にあるカウントダウンは既に一桁台だ。

「でも記憶がねえんだったら、関係ないだろ」

「いや、現実逃避で記憶障害を引き起こしている可能性だってある。そうなれば何かのトリガーで思い出しても違和感はない」

「だったらヱマを追いかけないはずだ」

 陰山の疑問に分からないとかぶりを振り、結果を待った。カウントダウンはもう三分しか残っていない。

「四十年前の電波塔です!」

 彼が生きていた頃、現役で動いていた代物だ。

 古い電波が現在では有害になるからと中年以上の専門家が現地に赴き、一つ一つ処理していった事がある。一般のサイバー専門家でも多少影響を受けつつもどうにか出来る、なら鬼才と言われた彼ならば電波をコピーする事も容易いだろう。

「もう時間だ。EMPの効果が切れる」

 田嶋の呟きに呼応するように、義体男はゆっくりと立ち上がった。虚ろな眼で停止状態のアンドロイドを見る。口、鼻、眼からはだらだらと黒い液体が流れ出ていた。

 アンドロイドに近づき、右腕を掴んだ。すると無理矢理もぎとる。

 中に内蔵されたショットガンをハッキングで外に引っ張り出し、ふらふらと足を進めた。まだEMPの力が災いしているようで、少し動きがぎこちない。

 彼の脳内は複雑に絡み合っており、別人格である幼少期の自分が表に出ていた。然しまだ全てを思い出した訳ではない。誰を殺したいのか、何をしたいのか、本人自身もハッキリと分かっていない。

 様々な記憶や感情がぐちゃぐちゃと二十二歳の精神と十一歳の精神とを蝕む。

「義体男の動きが止まった……?」

 マップ上のアイコンを見つめ、眉根を寄せる。

「OSIRISからコンタクトが!」

 オペレーターから声があがる。ややあって繋がった。

『古い電波の上に、妨害ツールを使って、いるわ』

 ノイズまみれの酷いものだがしっかりと聞き取れる。

『何度解除しても、自動的に電波を流され、る』

『早坂ヤナを、起こして、ほしい』

『彼女のサポートがあれば、我々は五十五番を、弱体化できる』

 更に途切れ途切れになり、声が消えかかる。

『電脳は、我々が、どうに』

『から、殺すのは、ふた、り、に』

 びーっと耳障りな電子音が鳴り響く。ノイズで分かりづらかったがかなり覚悟の決まった声だった。

「起こせって、早坂はネット空間に放り出されたまんまだろ」

 然し田嶋はやり方を知っているようで肯定はしなかった。ただリスクはかなり高いようだ。

「栃木支部に直接繋いでくれ。私が指示を出す」

 支部に運ばれた南美とヱマはOSIRISへの攻撃の余波を食らい、頭を抱えて唸っていた。ワイヤレスイヤホンを取っても意味がない。隊員が確認するとメタバースからはログアウト状態だった。

「直接電脳に入っちまったか……」

 サイバー専門でないとは言え、少数精鋭の彼らにも知識はある。早坂をどうにか呼び戻し、OSIRISへの攻撃を抑えなければ後遺症が残るかもしれない……すぐに総裁からの指示を受け取った彼らは、支部の隊員や救護班と連携を取りつつ作業を始めた。

 やり方は複雑なものではない。田嶋が直接潜り、早坂を強制的に追い出す。と同時に身体に電流を流し電脳を無理矢理活性化させる。

 警視庁にあるサイバー対策課で田嶋はネットに潜り、すぐに早坂の匂いを辿った。かなり月日も流れているし、彼女が戻れないとなると箱に閉じ込められているはずだ。

「義体男停止中。動く気配はありません」

 オペレーターの声が直接響く。EMPが思ったよりも効いているのだろうか、どちらにせよ時間はない。

 田嶋は更に速度を上げて探し回った。その時、一つの箱を見つけた。あれだ。

 既に義体男の癖を知っている為、外側から破壊するのは簡単だ。ただ中にいる早坂の意識がどうなっているかは分からない……。

 箱の側面に張り付き、解除用のコードを打ち込む。何パターンか彼が思いつきそうなものを全て打ち込んでいく。

 そうして何度目かのエラー表示のあと、最後の最後に打ち込んだコードが効いた。箱が一気にばらけ、中にいる早坂が見えた。

「早坂ヤナを見つけた! 繰り返します!」

 支部にあるスピーカー全てから報告が入る。早坂の身体にぺたぺたとくっつけ、電流を調節する。

 彼女の意識は半分動いていなかった。だが想定内だ。田嶋は緊急時用のキックコードを打ち込み、発動をトリガーに隊員に合図が送られた。

「流せ!」

 早坂がネット空間から弾き出されると同時に致死量以下の電流が身体に流された。びりびりと痙攣する様子に冷や汗が落ちる。タイミングがピッタリ合わなければ意識はそのまま消え、身体は死ぬ。

 だがぱちっと眼が開いたと共に大きく息を吸い込む音が聞こえた。すぐに電流を停止し、酸素マスクをつけた。

 起きたばかりの早坂は浦島太郎と同じ状態だ。そんな彼女に酷なことをさせる。然し総裁だけあってすぐに飲み込んだ。

「経緯はどうでもいい。OSIRISと繋いで」

 早坂は支部にある機器を全て使い、とにかく甘い物を食べながらOSIRISのメンバー全員の脳をハッキング。そして古い電波を阻害するシステムを即席で作り上げ、それぞれにインストールさせた。

 とはいえ妨害ツールが強力なためブロックしてもまた電波は発信される。ただ自動的に動いてくれるものが一つあるだけでかなり楽だ。

「これ以上は踏み込めない。流石にトラウマになったからね」

 ドーナツを口に放り込み頭の後ろで手を組んだ。

『十分よ。ありがとう』

 クリアな声が聞こえ、早坂は一つ質問した。

「義体男を弱体化って、どうすんの」

 唯一効いたものも結局武器として利用された。元会長はややあって答えた。

『彼の電脳に直接ダイブするわ』

 それに対し眼を回す。

「バカじゃないの? そんなんしたら死ぬけど」

『いいのよ。そもそも私が彼を壊してしまった。責任を取るわ』

 元会長は田嶋達にも聞こえるよう通信を切り替えた。

『私を含めた六人で五十五番の電脳に直接ダイブをする。その後はWhite Whyの二人に任せたいわ。特に、琉生ヱマさんに』

 ハルカを失い、片脚を失い、トラウマを植え付けられた。そのうえ義体男は目の前で南美を殺そうとしていた。それらを知っている長官達は承諾した。

 影響が免れ回復した二人に田嶋から直接話をしているあいだ、義体男は頭を抱えて蹲っていた。ぽたぽたと黒いシミが増える。

「いたい」

 頭を抱える指に力が入る。

「くるしい」

 がりっと人工皮膚が剥がれ、透明な頭蓋骨が見えた。

「ころしてくれ」

 ごぽっと黒い液体が口から漏れだした後、発作のように走り出した。もう何もかもが分からず、ただ衝動的に何かを壊したくて仕方がない様子だ。

 ぼりぼりと頭を強く掻く。更に人工皮膚が剥がれ、同時に爪や指の皮膚も剥がれた。

 そのまま大通りに飛び出す。大型トラックのクラクションが鳴り響く。

 どんっと大きな音が鳴り、悲鳴があがった。ごろごろと地面に転がった義体男に数人の通行人が駆け寄る。

「だいじょ、」

 然し駆け寄ったうちの一人の首が一瞬にして捻じ曲がった。その際には既に立ち上がっており、他の通行人達は怯えて逃げ出すか腰を抜かして尻もちをついた。

「ああ」

 頭を抱える。ぼりぼりぼりと掻きむしる。

「アアアアアアア!!!!!」

 人工皮膚が完全に剥がれ落ち、曇天の下に機械に包まれた生身の脳みそがさらけ出された。

「ひっ……」

 腰を抜かした女が悲鳴をあげ、義体男の眼が向いた。

 その怯えた顔と視線に幻聴を聞く。

『気持ち悪い』

 瞬間甲高い裏返った叫び声をあげ、女は失禁する程に怯えてぼろぼろと涙を流し始めた。義体男の手が伸びる。眼を見開く女の視界に絶望が映る。

 然し。

 ぱあんっと銃声音と共に義体男の手の甲が弾かれた。

「大分見た目変わっとるやんけ」

 紫色のポニーテールを揺らしながら、拳銃を片手にエンジンを吹かす。大和仕様のバイクに跨ったまま義体男の横をすり抜けた。

 意識が南美の後ろ姿に向く。だが後押しするようにヱマが同じバイクに乗って現れ、更に意識が向いた。

「南美! 宇都宮から出た方がいい!」

 並走しながら叫ぶ。あまりに人が多すぎる。ヱマはマップでルートを検索し、南美はミラーで背後を確認した。

「来てる」

 光学迷彩を使う余裕もないらしい。そのまま走ってくるのを見つけると二人は更にスピードをあげた。

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