彼女は戻ってきた、僕のそばに、永遠と。

雪方ハヤ

彼女は再び俺の世界に戻ってきた。

「わたしの好きなひと……知ってる?」


 それは俺が小学校三年生のときに彼女が言った言葉だ、“小学生の恋なんかただの気まぐれ”だと思われるが、俺はそう思わない。


「どうせぼくじゃないのは知ってるよ」


 彼女の名は花芽子音はなめしおん、彼女の潔白な笑顔と、桜色が輝く髪、翠色すいしょくひとみ、薄々と出てくるあまいレモンのかおりが幼少期の俺のこころを舞い踊らせた。


「ど〜かな?」


 それが彼女の最後の言葉だった、小学三年の後期に彼女は“消えた”のだ。

 そして消えたように彼女についての話題がなくなる。


 俺はなぜか三年後期の記憶だけなくなっている、おそらく彼女は転校したとおもう。


 その後、俺の心はずっと彼女が笑う姿をわすれない。

 つまんない小学校を卒業し、中学もためしに彼女を作ったが、うまくいかず、付き合って多くても一週間でわかれる。

 そんなつまんない中学も卒業し、俺は地方の公立高校に入学した。



若凛わかりん中学校から来ました、角影愛彼つのかげあいかのです」


 自己紹介は淡々と終え、俺はまたつまらない“彼女がいない生活”をおくるとおもったそのときだった。

 俺が六年間待っていたあの声が再び現れたのだ。


天夜あまや中学校から来ました! 花芽子音でーす!」


 俺の耳がうその情報を脳につたえてきた?


 しかし俺の瞳はうそをつかない、俺は見えたんだ、あの潔白な笑顔を。それに彼女には成熟さが増していて、陽気な少女だ。


 俺は彼女の桜が満開したような桃色の髪、翠色がきらめく瞳。

 輪郭がはっきりとした鎖骨。

 誰も欲に負けるほどいい曲線をした胸。

 乳白色で大きい太もも。


「おいおい! 角影さん! この人かわいいよね!」


「あっ」


 小さな声で俺に声をかけたのはとなりの席の白杉盛優しらすぎもりやさくんだ。

 関わりやすそうだし、彼とは入学式のときから少し話してた。

 確かに陽気な人だとわかった。

 ここは教室の後ろがわのせき、多少しゃべってもバレない。


「そう……だね!」


「ガチかわいいなー!」


 そして、花芽の席は俺の後ろになっているため、彼女は前からこっちの方に向かってきた。


 なんだか、緊張する?


 すると、俺のとなりまで来ると、彼女は何かの紙を俺のつくえに投げてきた。他人にバレないぐらいこっそりと。


 俺は他人にバレない程度にあたまを下げ、紙をあけ、その内容を黙読した。


『放課後、公園に来て!』っと、小さくかわいい字体だ。

 俺は思い出した、むかし俺が遊んでいるときに、たまに彼女の姿が現れ、一緒に遊んでくれる。

 俺の家から近いあの緑に囲まれている公園で。



 放課後、俺は期待や緊張の気持ちを込めて、あの六年もあっていない人と会いにいく。


「会ったところで……俺なんか好きじゃないかもな……」


 しかし俺は落ち込んでいない、俺は彼女に会えるということ自体が幸せに感じる。

 彼女とは無縁だと思っていたが、また会えることだけで、俺は満足した。


 この公園は緑にかこまれて、この春の季節になると桜の木が満開する。俺はベンチに座り、しずかに待っていた。


「……」


 すると、俺の視界が急に真っ暗になった。


「あっ!?」

「だ〜れでしょう?」


 うしろからなつかしい薄々としたレモンのにおいと、俺の視界をかくした小さくてかわいい手。

 そして、俺が六年も待っていたあのあまい声が鼓膜を興奮させる。


 俺は驚きと緊張で言葉を失った。


「……あっ……うっ」


「あ〜れ? あいかのくんってこんな恥ずかしがり屋だっけぇ?」


 すると、彼女は手をはなし、笑いながら俺のとなりにゆっくりと優雅ゆうがに座った。


「むかしは大声で全校生徒の前でわたしに告白したのにな〜むかしの方がかわいくて勇敢ゆうかんだったよぉ〜」


 彼女の声は非常に甘い、さとうを一口入れたみたいだ、しかしさとうとは違った誰も興奮せずにはいられない甘味だ。


「ししし……しおん……ちゃん、いや! さん!」



 彼女の容姿はあまりにも上品な姫に見えて、俺の言葉がみにくく雑になってしまう。

 すると、彼女は急に顔を俺に近づけ、かわいがってもらいたいように言った。


「“待たせてごめん”! 久しぶり、あいかのくん!」


「あ……あぁ、久し、ぶり……」


 彼女は自分の小さなトートバックから、何か紙のようなものを取り出した。


「『しおんさんへ、ぼくはしおんさんのことが大すきです、におにごっこしたのがたのしかったです。つのかげより』ってよ!」


 俺は彼女がもっている紙とその誤字もふくめている雑な文に見覚えがある、なぜならそれは俺が小学校二年のときに初めて書いた手紙ラブレターだ。それをゆっくりと読み上げるという行為はいまの俺にとって恥ずかしいことだ。



「ちょっ! しおんさん!」


 俺は急いでその手紙をうばおうとしたが、彼女は宝物のように手紙を抱えて隠した。


「なによ! いいじゃん! このときのあいかのくんはかわいかったよ〜!」


 すると、彼女はかわいく俺のほうにあっかんべーをした。

 夕日の光は彼女を輝かす、いや、彼女は夕日よりも輝いている。

 本当にかわいい。おそらくこの人生で見た全ての絶景よりもうつくしい。 


 彼女はベンチから立ち上がり、こしを下ろして、俺の方に手を差し伸べた。


「むかし、あいかのくんが告白してきたのにもかかわらず、明確な答えを出してあげれなかった。ごめんね、だから今回はこっちからさせて」


「……え?」



「あいかのくん、大好きです! 付き合ってください!」



 俺は唖然あぜんとなった。

 夕日のひかりが彼女の横顔を照らし、天使のような笑顔。

 その翠色の瞳は太陽の光よりも輝いて見える。

 彼女が差し伸べた手は俺に“生きる希望”をあたえる光のように、俺の瞳を刺激する。

 俺はすぐにその手を掴んだ。気づいたら俺の瞳からたくさんのなみだが流れていた。


「しおんさん……僕のこと……好きなんですか?」


 彼女は笑顔で俺の長年の心配を解けてくれた。


「うん! ずっと……好きだよ!」


 そして俺の涙は止まらなくなった。幸福というものは、こういうものか。

 少なくとも俺はそう思ってる。


「しおんちゃんがいなかった六年間……さびしかったよぉ……二度と離さない……二度と……」


 彼女も瞳から何かが頬にこぼれた。涙だ、涙だ! 彼女も涙を流している。


「わたしも! さびしかったよぉ……! よろしくね……」


 俺と彼女は泣きながらお互いのことを見つめあった。

 彼女は戻ってきた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る