雪降る夜の東京(5)

 そこは、低層ながらも中々良い感じのマンションだった。学生の一人暮らしにはちょっと上等過ぎるのではないか?とも思える。


「どうぞ入って?ここが僕の部屋だよ」

 マモルに入室を促うながされ、トオルは黙って靴を脱いだ。

「寒いね、今すぐ温めるよ」

 トオルは周りを見渡した。懐かしい雰囲気のたたずまいだ。


(本当に、これってユッキの部屋の感じじゃないのか?)


「何か飲む?」

「あ……いや……」

「コーヒーを入れるよ。もうアルコールは十分だよね?せっかくの夜に酔っ払っちゃったらお話にもならないからね」


 マモルはトオルを椅子に座らせ、手際良く部屋を整え始める。

 そしてトオルは、落ち着かない様子で身を縮めていた。

 

 玄関から入ってフローリングのDK。その続きに手頃な寝室。

 その脇にも、何やらもう一部屋有るらしい──都内に一人住まいの物件としては上々だ。


「いつも……こんな事をしているのか?」

 沈黙に耐え切れず、トオルが先に口火を切った。

「……こんな事って?」

 コーヒーの準備に手を動かしながら、マモルがやんわりとはぐらかす。


「だからその……あんな店から男を指名して……」

「……たまにはね」


「え!」

「……嘘だよ。ちょっと遊んでる風をよそおうとしたんだ。だけど、やっぱりトオルにはそんな風には思われたくない」


「マモル……」

「ふふっ、こんなのトオルが初めてだよ。ホントだよ?」


 マモルがマグカップを差し出すと、トオルは黙って受け取った。

「あの店はね、冷やかしのつもりで入ってみたんだ。そしたらそこにトオルがいた……」

 マモルも隣に腰掛けた。二人は静かにコーヒーを飲んだ。


「温かいな……」

 トオルがぼそっと声を漏らす。カップの中から白い湯気が立ち上がった。

「……うん、温かいね」

 外は深々と降りしきる粉雪。

 二人の間にゆっくりとした時間が流れる。


「どうして俺なんかに目を付けたんだ……」

 トオルからはどうしても、何か思い詰めた感が拭い切れない。

「ええっ?そりゃあ、あの中で君が一番カッコいいもん」


「それだけか?本当に、それだけなのか?」

 トオルが、すがるような目をしてマモルを見詰める。


「………まだ疑っているんだね、僕が君の言う、ユッキなんじゃないのか?って」

「いや、君がユッキじゃない事は良く分かったよ。ただ……何だか自分でも分からないけど、もし君がユッキだったらどんなに嬉しいかな、って……」


「さっきと全然反対のことを言ってる」

「ああ、そうだな……だから自分でもよく分からないんだ……」


 マモルはそっとまつ毛を伏せて、熱いカップを口に当てた。

「会いたいの?その、ユッキって子に……」

 マモルの胸がキュンと痛む。


「うん、会いたいよ。ずっとずっと会いたかった。でも……会えない。会えば俺の方から逃げてしまう」

「さっきのように?」


「今の俺なんて見せられないよ。どんな顔をして会えばいいんだ」

 トオルは言葉を詰まらせてた。ただじっと下を向く。

「良かった、僕はユッキじゃなくって」

 そう言いながら心の中で、マモルは全く同じ事を思った。


(ユッキじゃなくて、本当に良かった……)


 徐々にヒーターが利いてきた。二人は暖かな空気を感じる。


「抱いてくれる?」


「え?」


 突然のマモルの要求に、トオルは一瞬あっ気に取られた。


「…だって、それが目的で連れて来たんだ。それがトオルの仕事だろ?」

「あ、ごめん……俺、すっかり忘れてた」


「あはっ、ごあいさつだな~。今夜は雪も降っているし、一人寝が寂しくて連れて来たんだ。湯たんぽの代わりくらいには……ちゃんとなって貰わなくっちゃ」

「マモル……」


 トオルがマモルを抱き寄せる。マモルはトオルに身体を投げた。


「マモル、抱いてもいいのか?」

「言ってる事がめちゃくちゃだよ?僕がトオルを指名したんだ」

「ああそうか。そうだったよな……」

 トオルの腕に力が加わる。

 マモルはトオルの匂いに震えた。


(陽ちゃん、変わらないね……大人になっても変わっていない。懐かしくて甘い、陽ちゃんの匂いだ……)


 マモルのくちびるに優しく触れて、トオルも激しく心を揺らす。


(ユッキ……まるで本当にユッキみたいだ……)


 熱いくちづけ──

 長いくちづけ──


 抱き合う二人は、降りしきる雪の中に時間を止めた──。






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