雪降る夜の東京(1)

 その夜──雪は突然に降り始めた。


 夕刻から激しい冷え込みを見せていた東京の街は、いまてつく寒気に身を包み、降りしきる雪に震えてる。

 新宿二丁目仲通り──。

 男達の集まるこの街角も今は冬の呼吸に静まり返り、通りを歩くまばらな人も、深々と降りしきる雪にこごえる。


 ネオンに飾られ、建ち並ぶ雑居ビルのそのひとつ。外に突き出た螺旋の階段。

 その三階の踊り場に、三人の若者が姿を見せた。みな一様に立ち止まり、外を見て驚き目を丸くする。


「ひえ~っ!いつの間にか雪が降ってるよ!それもこんなに沢山」

 ユウがすっとんきょうな声を上げた。


「勘弁してくれよ、まったく~!

もうじき春だってぇのに、一体、どうなっちゃってるわけ?」

 アキラも思わず頭を抱かかえた。

「雪に文句を言っても仕方が無いよ。

さぁ、行こ!」

 ユウのそのひと言に、三人は身をすくめながら螺旋階段を駆け下りる。


「こんな大雪が降るなんて、俺は何にも聞いていないぞー!」

「アキラ~、聞く耳持たなきゃ聞こえないよ~。天気予報じゃ今夜は大雪って、朝から騒いでいたんだよ?

だからオレは言ったんだ、今夜は止めとこって」

「だけどユウちゃん、まさかこんなに凄い大雪だとは……」

 下まで降りた三人はビルの軒下で雪を避け、ただただそこに立ち尽くす。


 アキラとユウが、一歩うしろに立つ青年に顔を向けた。

「どうする?マモル……」


 マモルと呼ばれたその青年は、ただ呆然と雪を見詰めて、冷たくこごえた両手の平に白い息を吹き掛けた。

「僕は帰るよ。このままねばったって今夜はもう、何も面白そうな事も無さそうだしね。第一この雪だよ?下手すりゃ電車が止まっちゃう……」


 用心深いマモルの言葉にアキラは露骨な不満顔。 

「つまんねぇな~、マモルはいつもこうだよ。まだ宵の口だぜ?ここからがさ、いよいよお楽しみタイムなんだけどな~」

「でもさ~、確かにマモちゃんの言う通りだよ。電車が止まったら大変だ。

オレ、タクシー代なんて持ってない」

 大雪に呑まれてユウはしどろもどろだ。


 マモルはユウにも帰宅を勧める。

「そうだよ。ユウちゃん横浜だろ?

この雪で大渋滞になったら料金どれだけ掛かるか分からないよ?」 

 ニヤリと笑ってアキラが言った。

「それならさ、最悪な場合は泊まって行こうぜ。俺がいいとこ案内するから」

「ええ~っ?泊まるの~?」

 アキラの怪しげな提案に、マモルとユウは顔を見合わす。


 ユウが小声でつぶやいた。

「いいとこって……どこ?」

「だめだよユウちゃん乗せられちゃ。

アキラの勧めるとこなんて、どうせいかがわしい場所に決まってるだろ」

「おいおいマモル、随分じゃないか。俺ってそんなにフラチな奴?」

「うんうん、十分にフラチ。そんな風に遊んでばかりじゃ、まともな彼氏は出来ないよ?」


「おお~っと!彼氏いない歴20年の堅物マモル大先生にだけは言われたくないな~。引く手あまたのモテモテ美少年が、何の因果でずっと独り身?」

 二人のやり取りにユウも突っ込む。

「うん!それはオレも思ってた。マモちゃん、声が掛かってもいつも笑って受け流す。理想が高すぎるんじゃない?」

 このやり取りはいつもの定番。マモルはうんざり疲れ顔。


「勘弁してよ二人とも。僕は別にそんなじゃないよ。大体アキラ、二十歳はたちも過ぎて美少年?おちょくり過ぎると友達なくすよ?」

「いやいやマジだよ。マモルは本当にそんな感じ。どう見たって16歳か17?そのくらいにしか見えないよ。

なあユウちゃん♪」

「ホントホント♪それはアキラの言う通り、マモちゃん見た目年齢が美少年、オレが自信を持って保証するし」


──これはマモルにとって、常に言われる不愉快な台詞のひとつだった。

(ふ~っ)とため息。

「とにかく僕は、今夜は帰るよ」

 二人に背を向け片手を振って、マモルは雪降る仲通りへと飛び出して行った。

「あ、マモちゃん待ってよ~!」

 ユウが慌てて後を追う。

「おい、待てよ二人とも!わわ!

こりゃ前を見るのも大変な雪だ!」

 結局アキラも後に続いた。


 いつもなら大勢の人で賑にぎわうこの街も、今はこんな大雪のせいで人気ひとけが無い。

 走りながらマモルは思う。


(僕は、特定の彼氏なんていらないんだ……)


 ふと、マモルは足を止める。

──その場に立ち止まり、雪降る夜空を仰ぎ見上げた。


 雪、雪、雪──。

 降りしきる雪のカーテン。

 暗い夜空からやっくりと、無数の妖精たちが舞い降りる。

 マモルはまるで憑かれたように、ただただそれを眺め続けた。


(東京の雪は虹色に光るね……)


 雪のカーテンの向こうから虹色のネオンが輝きを放つ──それは不思議な光景だった。


ようちゃん……今、どこにいるの…?)


 こうして雪を眺める時に、マモルは必ず思い出す。

──幼馴染の優しい笑顔と、懐かしく愛おしい、思い出の数々。


(君と初めて会った日も、こうして雪が降っていたっけ……)


 雪降る夜空に顔を向け、

白い妖精たちに囲まれながら、

──マモルは静かにまつ毛を伏せた。








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