第7話 虚無の異能者
それから。
Sランク異能者と勝負を決めた真緒は、人気のない場所を目指して、ひたすら、東に向かって歩みを続けていた。
「ねえ! 見て! 聡也さまよ!」
「すげぇ! Sランク異能者だ! 初めて見たぜ!」
市街地を歩いていると、通行人たちの好奇の眼差しが一斉に氷室の方に向かって突き刺さる。
「お主、有名人なのじゃな」
「まぁね。ボクのことを知らないなんて、キミ、よっぽど変わっているよ」
これから命を懸けた勝負をしようというのに二人の間には、弛緩した空気が流れている。
それは、自分に限って、敗北することは有り得ない、という強者の余裕が成せる事象であった。
「それにしても……」
街を歩くと未知なる光景が沢山広がっている。
牛丼屋。ラーメン屋。ハンバーガーショップ。ブティック。怪しげな個室のビデオ店。
真緒は、必要に応じて、元人格の記憶を引っ張り上げて、情報の整理を行っていた。
「この街は活気があるのじゃな。人で一杯じゃ。何時も、こんな感じなのか?」
「うん。そうだよ。もしかして、キミ、ド田舎出身?」
そんな軽口を叩いているうちに目的地に到着する。
大田区の東に位置する市街地から離れた工業地帯であり、居住者の数は少ないエリアだ。
「この辺でいいよ。部下に頼んで、人払いは済ませておいたから。存分に暴れられるよ」
氷室の言葉通り、周囲には人間の気配は感じられない。
この、工業地帯の中にある、海沿いの公園は、普段はそれなりに利用者がいるのだが、現在は緊急の厳戒例がおり、誰も寄りつかないようになっていた。
「まぁ、とはいえ、ボクは召喚師(サモナー)だからね。直接、戦うわけじゃないんだけど」
意味深な言葉を呟いた氷室は、何処からともなく、極厚の本を召喚する。
|召喚師の解体書(サモナーズ・プロファイル)。
この本を触媒にして、様々なモンスターを召喚するのが、氷室の戦闘スタイルであった。
「最初に言っておくけど、この公園を戦いの場に選んだ以上、ボクが勝つ可能性は100パーセントだよ。それでもやるかい?」
「無論じゃ。御託は良い。はよせい」
催促された氷室は、本の頁(ページ)を捲る。
氷室の能力、|召喚師の解体書(サモナーズ・プロファイル)は、自身が解体した魔物のデータを本に記述することによって、その魔物を召喚可能にするものだ。
解体した魔物のデータを細かく記述するほど、その魔物の強さを引き出すことが可能になっている。
そういう『限定条件』を加えて開発をしたオリジナルの能力であった。
「そうかい。それじゃあ、小手調べにコイツから行こうか」
本のページを捲り、氷室はモンスターを召喚する。
「「ふごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
召喚したのは牛鬼と呼ばれるBランクモンスターだ。
その数は二体。
ただし、その能力はSランク異能者の魔力によって、大幅にパワーアップしている。
この二体を倒すのはAランクの異能者であっても難しい。
二体の牛鬼は、それぞれ、武器を手に取って、真緒に向かって襲い掛かる。
真緒は俊敏な動きで、戦闘を楽しみながら、敵の攻撃を回避し続ける。
「可愛い牛さんじゃ。地獄の業火に焼かれてもらおう」
敵の攻撃を掻い潜った真緒は、相手に対して指を向ける。
それは、邪神イブリーズが魔術を発動する際に使用する手癖のようなものであった。
「ぬっ……?」
直後、真緒にとって、腑に落ちないことが起きた。
どういうわけか、魔術が思うように発動しなかったのだ。
「今の動き。魔術を使用しようとして、失敗した感じだよね?」
不審な動きを見抜いた氷室は、冷静に自らの分析を口にする。
部下からの報告を受けて、氷室は既に相手の正体について知り得ていたのだ。
「事故で記憶が混濁しているようだから教えてあげようか。天使真緒(あまつかまお)。キミは既存の7系統の能力を何も持たない。通称、虚無の異能者。魔術学園、創設以来の奇跡の『落ちこぼれ』だそうだ」
「――――ッ!?」
その直後、真緒の脳裏に過去の記憶が流れ込んでくる。
この記憶は、元人格が意図して、隠していたものだ。
どうやら、元人格にとって、強烈なトラウマになっているものらしい。
(ええい。許せ――。我が主よ。ワシは今、その記憶を思い出す必要があるのじゃ!)
苦痛に耐えながら、邪神イブリーズは、少女の脳に封印されていた記憶を強引に引っ張り上げることにした。
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