第33話 究極と至高の決断

審査の時が迫り、塩見遼一と月島岳彦、それぞれの手によって仕上げられた料理が静かに運ばれる。

塩見が仕上げたのは「鰤の炭火焼きと冬野菜の恵み」。炭火の香ばしさが素材の持つ力を引き立て、添えられた雪下大根や炭火で焼いた山菜が自然の調和を表現している。


一方、月島は「鰤の幽庵焼きと柚子泡の飾り」を作り上げた。完璧な火入れと柚子の香り、さらに見た目の美しさを追求した一皿は、まるで芸術品のようだ。


二つの皿が並べられると、会場は一瞬の静寂に包まれた。審査員たちが一口ずつ料理を味わい、その深みと個性に心を奪われていく。


審査員の一人が、炭火焼きを一口味わうと、その表情が柔らかく変わった。

「なんと温かい一皿だろう。鰤の旨味を最大限に引き出しながら、雪下大根の甘みや山菜のほろ苦さが見事に調和している。」


もう一人の審査員が続ける。「この料理には、素材の声をそのまま届ける力がある。炭火の香りが全体を包み込み、自然と人の想いを繋げているようだ。」


その言葉を聞いた月島が冷たく口を開く。

「繋がる?料理とは人を圧倒するものでなければ意味がない。温かさなどという曖昧な概念に価値はない。」


塩見はその言葉に反論する。

「お前の料理は確かにすごい。だが、それは完璧すぎて人の心に届かない。ただ驚きを与えるだけの料理だ。それで満足なのか?」


月島の幽庵焼きを口にした審査員たちの表情には、深い驚嘆が浮かんでいた。

「なんという完成度だ。鰤の脂がまるで溶けるように仕上がり、柚子の香りがその旨味をさらに引き立てている。これぞ至高の美学と言えるだろう。」


月島は胸を張り、堂々と語る。

「これが料理だ。素材を磨き上げ、芸術として昇華する。それが至高の哲学だ。感情や曖昧な繋がりなど、料理には必要ない。」


塩見は静かに呟いた。「至高は人を圧倒する。だが、俺は人を繋げたい。それが究極だ。」


審査が進む中、月島はふと目を閉じ、塩見の料理の香りを感じ取っていた。炭火の香りに混じる何かが、彼の心を揺さぶる。


「……この香り……。」

月島の脳裏に浮かんだのは、かつて妻が作った炭火料理の記憶だった。家族が食卓を囲んでいたあの頃の温もり。忘れたはずの感覚が、塩見の料理を通じて彼の心を叩いていた。


「馬鹿な……。」

月島はその感情を振り払うように表情を引き締めた。


審査が終わり、進行役が二つの料理の評価を集約していく。審査員の表情は曇り、誰もが一つの結論に達することをためらっているようだった。


「究極か、至高か……。」

進行役が結論を発表しようとするその瞬間、月島が進行役を制して立ち上がった。


「待て。その結論を聞く前に、私が一つ確認しておきたい。」


会場全体が凍りついたように静まり返る中、月島は塩見の方へ向き直る。その目は、冷たさと迷いの入り混じる複雑な感情を湛えていた。


「遼一、お前の料理が本当に“究極”だというなら、答えろ。この料理に込めた本当の意味は何だ?」


塩見は驚きながらも、その問いに真っ直ぐ向き合おうとする。そして、会場の空気が一層張り詰める中、彼の口から答えが発せられようとする――。


次回予告:親子の哲学、その決断


月島岳彦が投げかけた問い。それは料理だけでなく、親子の確執そのものに向けられたものだった。究極と至高、二つの哲学が交錯する中、塩見はどんな答えを導き出すのか。そして、月島の揺らぎが意味するものとは――次回、「親子の哲学、その決断」。


読者へのメッセージ


究極と至高、二つの哲学がぶつかり合う中、親子の確執と料理の本質が浮かび上がる展開となりました。この対決がどのような結末を迎えるのか、そして月島岳彦が抱える揺らぎの意味とは何なのか。料理が紡ぐ物語の行方を、ぜひ最後までお楽しみください!

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