第31話 宿命の再会
冬の冷たい風が、京都の名料亭「花錦亭」の庭を吹き抜ける。塩見遼一が足を踏み入れたその瞬間、どこかただならぬ緊張感が空気を支配しているようだった。日本の伝統と格式を象徴する庭園の灯篭が淡い光を放ち、周囲の静寂をより際立たせていた。
「ここが……今回の舞台か。」
塩見は一歩一歩、ゆっくりとその敷地を歩む。料理人ではない彼が、なぜこの場に呼ばれたのか。胸に去来するのは期待よりも不安、そして……。
会場に入ると、進行役の声が響いた。
「今回の『究極と至高の対決』、究極を体現するのは塩見遼一さん。そして至高を象徴するお方は……」
その瞬間、静かに足音が響いた。視線を上げた塩見の目に飛び込んできたのは、長身で威厳に満ちた一人の男の姿だった。彼の背筋はまっすぐ伸び、まるで周囲を支配するかのような気迫を放っている。
「――月島岳彦……!」
塩見の声が震える。その名前を口にするのは、何年ぶりだろうか。目の前に立つのは、自分の父であり、長年憎み続けてきた相手だった。
月島岳彦は、塩見の前で静かに立ち止まり、冷徹な瞳で彼を見下ろす。
「久しいな、遼一。」
その声は低く、凍てつくような冷たさを持っていた。塩見は視線を逸らさず、強い口調で返す。
「名前で呼ぶな。月島と呼べ。」
月島は軽く片眉を上げ、嘲るように薄く笑う。
「ふむ、変わらんな。反抗的だった頃のままだ。」
塩見の拳が自然と握り締められる。「何のつもりだ。こんな場で、何年も音沙汰なかったお前が俺の前に現れるなんて……。」
月島は表情を変えずに言葉を続ける。「俺は料理という芸術を極めるために生きている。貴様のような感情論者が、料理を語るなど片腹痛い。お前が“究極”などと笑わせるな。」
「感情論……?」
塩見は噛み締めるように言い返す。「料理は人と人を繋ぐ力がある。お前のように完璧を追い求めて家族すら捨てた奴には分からないだろうがな。」
月島の瞳がわずかに鋭くなり、その声には怒りが混じり始めた。「貴様ごときが俺を語るな!料理とは孤高の行為だ。素材を極限まで高め、完璧に仕上げることで初めて価値が生まれる。それが至高だ。」
「孤高だと?お前の完璧主義は、ただの自己満足だ。料理にはもっと別の意味がある。俺がそれを証明してやる。」
進行役が割って入り、対決のテーマを発表する。「今回のテーマは冬の鰤(ぶり)。伝統の技法と革新の技術で、それぞれの哲学を体現してください。」
月島は冷たく笑みを浮かべた。「鰤か。平凡な食材だが、至高の料理に仕立てれば、凡人にもその格の違いが分かるだろう。」
塩見もまた笑みを浮かべ、挑むように言った。「素材の本当の力を引き出すのが俺の哲学だ。見せてやるよ、料理が持つ本当の意味を。」
塩見の胸に、かつての記憶がよみがえる。
幼い頃の塩見にとって、月島は神のような存在だった。料理人としての才能はもちろん、その圧倒的な存在感に子ども心ながらに憧れていた。しかし、それと同時に月島は家族を顧みない父親だった。
「父さん、どうしてもっと家にいてくれないの?」
そう尋ねる幼い頃の自分に、月島は冷たく答えた。
「俺の使命は料理を極めることだ。家庭など、そのための障害でしかない。」
その言葉は、塩見の心に深い傷を刻んだ。「父」ではなく、「月島」と呼ぶようになったのは、それ以来だ。
厨房に移り、二人はそれぞれの料理に取り掛かる。
•月島岳彦の至高の哲学
幽庵焼きという伝統技法を用い、鰤を完璧な火入れで仕上げる。柚子の泡を添えることで、繊細な香りを演出。見た目の美しさにも妥協せず、まるで芸術品のような一皿を目指す。
「料理は技術と計算の結晶だ。感情など無意味だ。」
•塩見遼一の究極の哲学
炭火でじっくり焼き上げた鰤に、地元の冬野菜を添える。炭火の香りが鰤の旨味を引き出し、雪下ダイコンと山菜が自然の恵みを表現する。
「料理は素材との対話だ。完璧なんかじゃなくていい、素材が語る声を届けるのが俺の料理だ。」
次回予告:炭火に宿る真実
徐々に明かされる二人の関係性、究極と至高、どちらが料理の真髄を体現するのか――次回、「炭火に宿る真実」。
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