第24話 チェーン店の罠
翌日、塩見と茜は地元で人気を集めているチェーン店「地鶏キング」を訪れることにした。大山吾郎が苦境を語った際に挙げた店である。入口にはカジュアルで明るい雰囲気の看板が掲げられ、大きな文字で「地鶏専門店!」と書かれている。店先には「特製スパイシー地鶏炭火焼き」「地鶏チーズフォンデュ」といった派手な写真が飾られ、その色鮮やかな料理が若者たちの目を引いているのは一目瞭然だった。
「本当に地鶏なんですかね、これ……」茜がつぶやく。
塩見は看板を見上げながら冷静に答えた。「名前だけでは何も分からない。中身を確かめるしかないな。」
店内に入ると、活気に溢れた明るい空間が広がっていた。若者たちの楽しげな声と、ジュージューと肉を焼く音が響く。店員たちは一様に元気で、料理を次々と運んでいる。茜はキョロキョロと店内を見渡し、「居酒屋みたいな雰囲気ですね」と感想を漏らした。
メニューを開くと、そこには様々な「地鶏料理」のラインナップが並んでいた。特製ソースを絡めた炭火焼きや、チーズを絡めた創作料理が目を引く。目を引く写真と、手頃な価格設定が若者たちに人気を集めている理由だろう。
「地鶏らしさ、というよりも派手さで勝負しているように見えるな。」
塩見が淡々とした口調で言う。茜が「どうします?人気メニューを頼んでみますか?」と尋ねると、塩見は軽く頷いた。
運ばれてきたのは、人気No.1メニューと謳われた「特製スパイシー地鶏炭火焼き」。熱々の鉄板に乗せられ、ジュージューという音とともに肉の香りが立ち上る。一見すると、炭火焼きの香ばしさとスパイスの刺激が期待できそうな料理だ。
茜が一切れを箸で掴み、恐る恐る口に運ぶ。「うん、確かに美味しいですね……でも、なんだろう……」と何か言いたげな表情を浮かべた。
塩見は一口食べ、すぐにその違和感の正体を言い当てた。
「これは……スパイスと調味料に頼りすぎている。確かに一口目のインパクトは強いが、地鶏本来の味が完全に覆い隠されているな。」
茜も再び口に運びながら頷いた。「確かに、炭火の香りもあまり感じませんし、肉の弾力が思ったよりも普通です。これって本当に地鶏なんですか?」
塩見は、少し肉を観察しながら静かに語り始めた。
「地鶏には弾力と脂の少なさが特徴としてあるはずだ。だが、この肉は柔らかすぎて、脂も多い。本物の地鶏ではなく、“地鶏風”と言った方が正しいだろう。」
塩見は席を立ち、厨房の方向をちらりと見やった。「大規模なチェーン店で本物の地鶏を提供するのは難しい。コストや仕入れの問題があるからな。多分、地鶏に似た品種の鶏を使い、大量生産されたものをこの店に届けているんだろう。」
茜が驚きながら聞く。「でも、看板には“地鶏”って書いてありますよね?」
「地鶏には最低限の基準がある。その基準を満たしていれば“地鶏”と名乗ることができるが、それが本物の地鶏かどうかは別の問題だ。」
茜が考え込みながら呟く。「じゃあ、本物の地鶏を使った料理って……今の時代にはあまり価値がないってことですか?」
塩見が静かに首を振った。「そんなことはない。本物の地鶏は、それを理解する人間の心に確実に響く。そして、それを伝えられる料理人がいれば、必ず価値は復活する。」
塩見はさらに続ける。「この店が悪いと言うつもりはない。こうした味を好む人たちがいる以上、これはこれで一つの料理だ。ただ、地鶏という素材を売りにするなら、その本質を理解した上で提供するべきだろう。」
茜は深く頷き、「確かに……ただ名前だけで勝負しているのは、ちょっともったいない気がしますね。」と答える。
塩見は最後に一言付け加えた。「地鶏の名前だけで満足する人が増えれば、本物の価値が埋もれてしまう。それが一番の問題だ。」
店を出た後、塩見と茜は炭火庵に戻り、吾郎にチェーン店での体験を伝えた。吾郎は苦笑いを浮かべながら聞いていたが、やがて真剣な表情に変わる。
「分かってはいましたが、やはりそうなんですね。地鶏という名前だけで評価されてしまう時代なんだと痛感します。」
塩見は静かに答える。「だが、炭火庵の地鶏は違う。お前の料理には、本物の地鶏と火の力が宿っている。それを信じろ。時代の流行に左右される必要はない。」
吾郎が深く頷き、囲炉裏の火を見つめた。「そうですね……炭火と地鶏を信じる。それが、僕がやるべきことだと思います。」
次回予告:炭火と向き合う日々
吾郎の決意を胸に、塩見は彼に新たな挑戦を提案する。地元の旬の素材を活かした新メニューで「本物の地鶏」の魅力を再発見し、多くの人に伝えるための試作が始まる――次回、「炭火と向き合う日々」。
読者へのメッセージ
チェーン店のような現代的な料理が決して悪いわけではありません。しかし、そこに「本物の素材」が持つ力が埋もれてしまうことが問題です。本物を守り、伝えるために必要なのは、料理人の信念と、それを評価する消費者の眼差しです。本物の味が持つ力を改めて感じていただければと思います。
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