第8話 失われた記憶②
ここはオルマの部屋だ。なんかいい匂いがする。
下の妹部屋がこんな感じだったなぁ。
小綺麗だし妙なぬいぐるみまである。
元気かな、妹よ。
兄は大変な目に遭っています。
「さぁ状況を整理しよう!」
オルマが開口一番でその場を仕切る。
「ここはカジノ大国サラブ、その首都の海洋都市ベガスにアタシたちはいる。ここまではOK?」
俺とジラールが頷く。
そうだ、俺は故郷から旅立ち、山や野を駆け、英雄譚に書かれていたベガス神話の始まりの地であるこの街に訪れたのだった。
そこでジラールが切り出す。
「わりいが昨日の記憶が全くない。一昨日入国して仕事探しや宿屋で寝た記憶はあるんだが、そこからさっぱりだ。お前らはどうだ?」
オルマが頭を掻きむしりながら答える。
「昨日の記憶かー、午前中までバイトしてたことは覚えてるだけどねー……」
俺も記憶が無いと答えると、ジラールが大きく舌打ちしやがった。
抑えられない殺気で毛が逆立つ。
斬り捨ててやろうか。
ジラールがぼやく。
「それじゃ手がかりはこのゴブリンか......。あ、身ぐるみが剝がされてた謎は解けたな、ここの下にいる連中だ」
それにオルマがため息混じりに答える。
「それなんだけどねー、マスターに聞いたんだけど、昨日ここでアタシらがお酒飲んでたのは間違いないらしいんだけど、服着てたみたいだったよ。あと、四人で盛大に一気飲みしてたってさ」
「もう一人はこのゴブリンか、お尋ね者の姫君か?」
「多分後者、派手な服着てた女の子だって」
ジラールが悪態をつく。
「チクショウ! このゴブリンはどこで拾ってきたんだよ! クソがっ!」
ゴブリンが乱暴にベッドへ投げ飛ばされる。
ペットに八つ当たりするとは人格を疑う。
それを無視してオルマが続ける。
「それとこの街では絶体に関わっちゃいけないモノが三つある、一つは衛兵」
俺がため息を深くつく。
「すでに手遅れだな、もっと早く知りたかった……」
オルマの特徴的なピンと立っていた耳が垂れる。
「……もう一つがマフィア、特に東湘会ってのが危ないから」
マフィアいやがるのか。
物騒な街だな。
衛兵、仕事してくれ。
「最後が堕天の魔女、マルジェラ、こいつだけは絶体危ないから名前すら口にしないでね」
……?
何者なんだそいつは?
不穏な二つ名だな。
俺とジラールが不思議そうな顔をすると、オルマが代わりに答えてくれた。
「千年生きたエルフの魔法使いとか、幾人もの英雄を返り討ちにしたとか、悪口一つ言われただけで国一つ滅ぼしたとか、とにかくヤバい奴なんだよ」
流石にふかしだろ。
千年生きたとか、魔女とかお伽話かよ。
ん? 確かベガス神話に確か似たような話があったな。
こうやって都市伝説になっていくものか。
話題を切り替えて、俺が一つ気になっていた疑問を投げかけた。
「俺の背中に狼の入れ墨が掘ってあったが、まったく心当たりがない。二人の背中にもある。思い当たる節はあるか?」
オルマがギョッとする。
「噓でしょ!? アタシの背中に入れ墨!?? しかも狼!!? これじゃお嫁にいけないよー!!」
そうか、獣族にも結婚の風習があるのか、てっきり巣穴で交尾して、勝手に繁殖してるだけだと思っていた。
「こりゃ堀師のジェラルドに頼まなきゃなー。入れ墨消すのいくら取られるんだろう……」
その言葉を聞いて、はっとした顔になったジラールがオルマの肩を掴み出した。
「ちょっと間て! 今なんて言った!?」
その剣幕にオルマが驚く。
「え? 入れ墨消すのいくらするかなーって……」
「その前だ!」
俺が二人の間にはいり、代わりに答える。
「オルマは掘師を知っている。俺たちの入れ墨もそこで掘られたはずだ」
次の目的地が決まった。
三人揃って立ち上がり、駆けるように店を出ようとすると、オルマからマスターと呼ばれていた人物が呼び止める。
「出かけるならついでにアナコンダの精力剤買ってきてくれんか? 今度の漁で使うんだ」
なんでそんなものを漁に使うのか理解できなかったが、まぁいい。
マスターの言葉にオルマが不思議そうに答える。
「あれ? 先週に大量に仕入れといたはずだけどなぁ?」
マスターが何言ってんだこいつみたいな顔をする。
「昨日、お前らがここで酒飲んで騒いだ時に、景気よく一気飲みしてたじゃないか。あれだけやめてくれって言ったのに」
その言葉を聞いて吐きそうになった。
思わず顔をしかめて全力で口を押える。
ジラールが頭を抱えながら呻くように言った。
「そんなわけのわからねぇ、物騒なもん飲んだのか……!? しかも一気飲みだと!?」
マスターが不満そうに答える。
「ああ、完全にキマってたな。これ飲んで竜殺しの英雄になるとか、四人で派手にはしゃいでたぞ。まったく最近の若い奴は……、飲むなら節度をわきまえてくれ」
さっきまで裸で宴会してた連中に諭されるのは非常に心外だったが、その通りだ。
時が戻るなら、昨日の自分に説教してやりたい。
そう思った瞬間、真っ青な顔をしたオルマがトイレへ駆けこんだ。
我慢できなかったか……。
それにしても、なんてことだアナコンダの精力剤!?
そんな得体の知れない液体を飲んだのか……。
ジラールがこの世の終わりのような絶望した顔をして呟く。
「これで昨日の記憶がふっとんだ謎が解けたな……」
知りたくも無かった現実に俺は打ちのめされる。
思わず膝をガックリと落とした。
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