第12話 窮地からは逃げられない
「君たちを巻き込んでしまい、本当に申し訳なく思っている……」
エレクと話した翌日、独房にやつれた顔のマオがやってきた。
鉄格子越しにしばらく黙っていたマオだったが、そう謝ると、深い溜息を吐き出した。
「全ては私の落ち度だ。軽々に君たちに兄上への盗みを依頼しなければ、こんな事にはならなかった」
「おいおい……そんな言い方はねぇだろ? まるで俺とクロノがドジったからこうなったみてぇじゃないか――まぁ、実際その通りなんだがな」
俺もマオも、結局のところはエレクに出し抜かれていた。それを見抜けなかったのも、避けられなかったのも、どちらが悪いという話ではない。
負けただけだ。それ以上でも以下でもない。だから今考えるべきは、この後どうやって逆転するかだ。
「マオ、俺たちは政治には詳しくない。だから、今お前がどういう状況にいて、どれくらいヤバいことになってるのか教えてくれ」
俺たちとマオは一心同体の身だ。情報を共有することが重要なのでそう聞くと、マオは話し出した。
「まず、私はエレク兄上より国家反逆罪を企てたとして脅されている状態だ。このまま黙っていれば公にしないとのことだが、それも状況によっては変わるだろう……。なにより、これでは私一人で攻勢に転じることは不可能となってしまった」
項垂れるマオに、俺は気になっていたことを聞いてみる。
「俺とレイナはともかく、アンサングはどうした? クロノもどっかに隠れてるみたいだが、お前とつながってるんじゃないのか?」
「アンサングは沈黙を保っている。裏の組織だけに兄上との騒動も何者かの依頼によって行われたということで、咎めを受けることはないだろう。だがクロノは姿をくらましているな……」
「お前とも連絡を取っていないのか……となると、アイツが考えそうなことは……」
一人で逃げたということはないだろう。保身の為に俺たちの絆をそう簡単に裏切ったり、諦めたりするような奴じゃない。
だがマオとも連絡をしていないのは意外だった。てっきり、マオとは裏で連絡し合い、俺たちの奪還を企てているのかと思ったのだが……
「とにかく、私も現状やれることはやるつもりだ。形勢は圧倒的に不利だが、何かきっかけさえつかめば、奥の手がある」
奥の手? と聞き返せば、王族を決めるための決闘だと言った。
「次期国王候補が二人並んだとき、イベルタルにおいては剣による決闘によって次期国王を決めるのだ。しかし剣の腕なら私が上だが、決闘に持ち込むには、私と兄上が国王候補として貴族や平民からの支持が拮抗する必要がある……」
だからエレクは聖剣を持っているマオを恐れたのか。万が一王族候補としてマオが並んだとき、ただでさえ剣術で負けているというのに、聖剣まで持ち出されたら勝ち目はない。
そこがおそらくマオが勝つための道であり、裏を返せばそれ以外に方法はない。
現状追い込まれているだけに正々堂々と決闘に持ち込むには、あれこれと策を弄する必要がある。
俺としては一つ考えはあるのだが、独房の中では不可能な策だ。
「とにかく、君たちの釈放も含め、私はこの後も会議を進めるつもりだ。不自由をかけるが、もうしばらく待っていてくれ」
そうしてやつれた顔でフッと笑って部屋を出て行ったが、誰が見ても限界なのは明らかだ。
その上、この状況では俺たちを逃がすのだって難しいだろう。
この状況を、マオが理解していないとは思えない。だが俺たちを逃がすことを考えている以上、もう勝つことを諦め、せめてもの償いをしようとしているのだろうか?
なんにしても、ここにいてはどうにもならない。何かしら道具があれば脱獄してやるのだが、生憎とそんな都合のいい物もない。
八方塞がりだ。独房の中寝ころぶと、レイナが悲しげな顔を見せた。
「もう、笑わないのですね」
「……流石にな。状況が分かっちまっただけに、ここから逃げる無茶をした後に、イチバチの策を使った逆転の一手を討つしかないとなると、笑う気も失せちまう」
そう言うと、レイナは不思議そうな顔をした。
「あの、なにやら逆転の手があるとのことですが、本当なんですか?」
藁にもすがる思いのレイナに、俺はあくまでここを出られたらと返しておく。
「自由の身ならエレクの隙を突くことくらいはできる。その間にマオに体制を整えてもらって、更にエレクを支持する連中も減ってくれたら勝てるかもな……なんにしても、一介の盗賊が考える事じゃねぇなぁ……」
次期国王争いにおいて、俺はマオからしてもエレクからしても特別な存在だ。
少し前まではクズ勇者にこき使われたり、アンサングで簡単な盗みの日々だったというのに、どうしてこうなった?
いや、理由ならわかっている。何もかも聖剣のせいだ。あんな物を金目当てで盗んだから、俺たちは王族間のゴタゴタに巻き込まれているのだ。
お陰でレイナの母親に回復術師を向かわせられるかもしれないが、それはマオが勝つか、マオがエレクに服従したときだろう。
俺やクロノはどうなるだろうか。アンサングの長であるクロノはともかく、マオとの関係だけで生かされているような俺は、状況によっては捨てられるだろう。
その時にマオと一緒か、たった一人かのどちらかだけだ。
思わずため息が出て、なんとかして逃げられないかと考えていたら、何やら外が騒がしい。
独房の天窓から外を眺めると、何やらガラの悪い連中が暴れていた。
何事でしょうか? と首を傾げるレイナに、俺はつい、笑いがこぼれた。
「来たんだよ、アイツが」
「え……? アイツって、まさか……」
外ではガラの悪い男たちが暴れて騎士たちの相手をし、だんだんと独房へと駆け寄ってくる足音がする。
衛兵が対応しようとしていたが、急所を一撃で突かれたのか、呻き声と共に倒れる音がした。
そうして独房の扉が開くと、隠密装備の見知った人影が立っている。
まさか向こうから来るとは思わず、俺は声をかけようとして、妙な事に気付く。
こんな登場をしたのなら、なにかしら気取った台詞を言うだろう。
しかし、目の前の小柄で黒装束の女――クロノは顔を覆っていた布を取ると、俺を見つめる。
その瞳は、いつもの勝気で飄々としたものではなく、悲しさや諦めの籠ったものだった。
時間がないのは承知だが、ほんの少し見つめ合う。その後、俺の方からいつもの調子で言葉を繰り出した。
「助かったぞクロノ! 丁度ここから逃げる手段を考えてたんだ!」
道化染みて言うも、クロノは無言だった。どうしたんだと聞こうとして、クロノは静かに俺へと語り掛けた。
「ねぇ、シビト……そろそろ、潮時じゃないかな」
それは、今まで盗賊一筋でやってきたクロノでは絶対に言わないような台詞だった。
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