第9話 盗賊の意地

 アンサングの仕事部屋にて、俺とクロノが大きな机を挟んで睨み合っていた。


 Sランクの盗賊にして、イベルタルの暗部を担う長。対するは同じくSランクの盗賊であり、勇者から聖剣を盗み、マオとの信頼関係を結果的に固めた俺。


 今、この場で両雄が武器を手に、1ヶ月にも及ぶ戦いの決着をつけようとしていた。


 静寂の後、やがてクロノが指を鳴らすと、まず机に数枚の羊皮紙が並べられる。


「まずはこれ、第五王子の脱税を証拠付ける、イベルタル中の大商会から盗んできた契約書」

「なるほど、そう来たか……だが税金を決めるのは王族だ。こんなのいくらでも有耶無耶にできる」

「そう返されるのは分かってたよ」


 クロノは笑みを浮かべると、さらに羊皮紙を取り出した。


「第五王子が脱税したせいで被害を被った貴族たちの帳簿の写しと、同じく被害を被った大きな商会の被害額の写し。本物は敢えて残してきたよ。これを背景に迫れば、第五王子は国中を敵に回すか、黙るしかなくなる」

「ふむ……」


 流石はクロノだ。そう簡単に勝たせてはくれないようだ。


 この『どっちが盗賊として、この一か月でマオを有利にできたか勝負』に。


 だが、次は俺の攻撃だ。


 俺はポケットから、大きな宝石の付いた指輪を取り出す。


「第四王女が秘密裏に結んだ隣国の王子との結婚指輪だ。第四王女もだが、隣国の王子もまた、この機にイベルタルに付け入って玉座を狙ってる。早い話が共犯で下克上しようとしてるわけだが、二人の仲は公になっていない。当然この指輪を持っている事は国王だって知らない」

「それが? いくらでも言い訳が立ちそうだけど? どうせ愛し合ってないんだから、最悪の場合は隣国の王子を切り捨てたらいいじゃないか」

「そうもいかない。この宝石は隣国の領土でしか取れず、最近見つかった鉱石だ。少し揺さぶれば、第四王女と隣国との関係は露わになり、そこから王子との関係から計画まで暴けるように仕掛けを打ってある」


 クロノは「仕掛けがハッタリなら重要度は低いが、ここで切ってくるカードでそんな手は使わない」と呟いてから、俺を見据える。


「ドローだね。そもそも第五王子も第四王女も王位継承争いはエルンの失脚を機に仕掛けてきたって話が入ってる。マオならこんなのなくてもどうにかするだろうさ」


 その情報を俺に流していいのかと問えば「アンサングという組織そのものに入ってきた情報はフェアに共有する」と、取り決めたわけでもないのに答えた。


 クロノとしても、権力を背景に勝つのはプライドが許さないのだろう。

 俺は頷くと、続きを始めた。


「俺から更に、第三王子が懇意にしてる政治家との汚職記録」

「ならボクは、第三王子の息子と娘が魔術学院で不正をしてテストをスルーした時の回答用紙」

「子供二人の不正なんて、魔法学院に寄付でもしたらいくらでも向こうから揉み消してくれる」

「それを言うなら、子供は大事にしても政治家なんていくらでも消せるし、なにより代えがきくだろうから、切り捨てて別の奴を用意する」

「代えを用意する時間と人件費はどうする」

「学院への寄付費と大義名分は?」


 少し睨み合い、同時に言った。


「「金持ちならどうとでもなる」」


 そして、再び静寂が流れた。


 相変わらず睨み合う俺たちだが、部屋をノックする音のあと、非常に呆れた声と共に開かれた。


「なに馬鹿な事で張り合ってるんですか……」


 レイナの言葉に、俺もクロノも大真面目に返す。


「これが盗賊の世界だ、悪いがお前は黙っててくれ」

「そうとも、ボクたちの間には懺悔なんて一生しないだろう悪人しか入れない正統な勝負が繰り広げられているんだ」


 そうして睨み合う。負けてたまるか。なにせ、イベルタルNO.1の盗賊の座を賭けたのだ。


 俺もクロノも、そのために一か月も王城や商会に盗みに入っては王族の腐敗の証拠を盗みまくってきた。


「俺はまだまだ暖めているとっておきがあるんだよ、それを出すまで邪魔をするな」

「奇遇だね、ボクもとっておきの切り札があるよ」

「……なら、時間の無駄なのでそれを比べて終わらせてください。マオ王子も階下で待っておられますよ?」


 それを言われると弱い。本当ならもっと用意したかったのだが、マオの突然にして、今度は正式な護衛を連れた来訪に、俺たちの盗み比べは予定より早く始まってしまったのだから。


「なら、互いに切り札を出すとするか」

「フッ、受けようじゃないか。まぁこれは自分で言うのもなんだけど、負ける気がしないね」

「そんなの、俺はいつだってそうだ」


 人生こそ博打。聖女様が聞いたら大いに悲しむだろうが、それが俺の価値観だ。


 いや、もしかしたら考えが変わっていて喜んでくれるかもしれない。

 こんなにボロボロ立場が揺らぐようなやましい事を王族がしていて、俺たちはそれを正そうとしている。


 俺たちが正しいかどうかはともかく、これは私利私欲の前に、全ての民を救うべくために動くマオへ渡すのだ。


 結果的には国は良くなるための行為だ。

 そこら辺をしっかりいつか伝えると心に誓いつつ、俺とクロノは同時に机の上に一枚の証書を出した。


「これが国王候補筆頭の第一王子エレクの!」

「懐事情を事細かに記した、直筆のサイン付き政略予算書さ!」


 ……あれ、


「なんで二枚ある?」

「それはボクのセリフで……」

「いや待て、どっちも数字が違うぞ?」

「というかこれ、よく見たら割り振られた数字が入れ替わってるだけだ」

「「……」」


 二人して困惑してると「兄上にいっぱい食わされたな」と、これまた呆れた声が聞こえてきた。


「お、俺たちがいっぱい食わされた?」

「へ? ち、ちょっと説明してもらおうじゃないか、マオ」


 そうしてレイナの隣にいつの間にかやってきていたマオに問えば「エレク兄上だけは特別だ」と返ってきた。


「濃霧のように先の行動が読めず、氷のように研ぎ澄まされた頭脳は天才のそれ。魔術に長け、今まで幾度も奇跡のような所業を成してきた。オマケに容姿端麗で民から人気がある。貴族の間では別名『薄氷を渡る者』だ」


 民からの容姿の人気は自分も負けていないが。そう締め括ったマオは「そもそも」と俺たちへ歩み寄る。


「私が時間をかけて国を変えようとしていたのも、他の愚鈍な兄弟はともかく、エレク兄上だけには勝てると断言できなかったからだ。国を変える以上、負けるかもしれない勝負は本来したくなかった。だから、本当の意味での「私の代では無理」とは、エレク兄上に勝負を挑む気がなかったからだ」


 当初は、時間をかけて自らの力をつけ、邪魔なエルンを含む第二から第五の王族兄弟たちは失脚させていく予定だったそうだ。

 その上でエレクを相手に勝負を打つ。可能な限り勝つ見込みを上げてからにしようとしていたのだ。


 しかし、それにはとても時間がかかるから、マオの代では不可能であり、何世代もかけてエレクと戦っていくつもりだった。


「のだが、よくもまぁ、この短期間でこれだけ邪魔な兄弟たちを蹴落とすための材料を集めてくれたものだ。私も君たちとの出会いや聖剣の力を得て色々と模索していたが、これなら予定を何十年も早められる」


 大いに助かった! この礼はどのような形で返せばいいのか見当もつかない!


 そんな風に喜ぶマオとは別に、俺とクロノは歯軋りをしていた。


「この俺が!」

「このボクが!」

「「出し抜かれた!?」」


 何よりもそこが重要で、俺たちは大いに嘆くと、互いに「次こそは」と誓い合っていた。


 その様子を見て、マオは何やら考えが浮かんだのか、いくらか考える様子を見せると、俺たちに一つの提案を投げかけた。


「そんなに悔しいのなら、次の仕事はエレク兄上から盗んできてもらいたいものがあるのだが……」


 どうだろう? と続くより早く、俺もクロノも目を合わせ頷き合った。


「その仕事だが」

「ボクたち二人で当たらせてもらうよ」

「……まぁ、やる気になってくれているのはいいのだが、とりあえず下で話さないか?」


 当然だ。俺たちは存在意義を揺らがされたのだ。


 絶対に成功させなければならない。それはSランクの盗賊として、何よりも優先すべきこと。


 なにをすればいいのか。具体的にはいつ、どこから何を盗んでくればいいのか。

 それを詰めるために、どこか頭痛を感じているレイナをよそに、話し合うべく部屋を出た。



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