かわいい死神

henopon

第1話

 街が発展するのを見続けて二百年。


 泥道を走る場所が自動車に変わる。レールが敷かれ蒸気機関で動く機関車がレールの上をけたたましく走る。低層だったレンガの家が十階建てに。生まれ育った村は消え、雇われる人々が行き交う道路に変化した。


 二百五十年まで数えたが、もう自分が生まれた頃の人は誰もいない。たまにいても吸血鬼や人でないものが多い。途中、仲良くなった人の友だちも皆、死んでしまった。


 愛した人も。


 キリはビルの屋上から飛び降りようとしていた。遠くに鉄骨を組み合わせた尖塔が見えていた。夕日に照らされて美しい。


「あのてっぺんから飛び降りたら死ねるかもしれないな」


 キリは作りかけの鉄塔へ行った。


 機械で動く箱、リフトというらしいものが展望台までは運んでくれたが、そこからは非常口から上がらなければならない。普通リフトに何かあれば下るためにあるのだろうが、


 風が強い。

 人の姿にして二十歳前後、美少年とは言われないが不細工だと笑われたこともない。


 吹きさらしの階段を上がると、まだ尖塔を見上げることになるが、地上の人はアリのように見える。


 しばらく待つとにした。


 人を巻き込むのはよくないからな。


 鉄骨にもたれた。


 生まれたとき、


「この子には神の祝福があるぞ」


 天上天下唯我独尊!と生まれたときに言ったとか言わなかったとか。言っとらん。


 村中が騒いだ。教会の教師が来て、この子は選ばれし者だと聖母様の腕に置かれた。手に石を握っていたらしい。生まれて数十年、石に穴を空けることができなかったが、ドリルのようなもので空けてくれて、今は革ひもを通して首から下げていた。もう百年ほどになるか。


 愛くるしい女の子が来た。

 こんなところに。


「お兄さん、何してるの?」

 膝を抱えて聞いてきた。

 こっちのセリフだ。

「死のうと思ってね」

「マジ?」

 黒い瞳をキラキラさせた。

「どうやって?」

「飛び降りようかな。首吊るのにここまで上がるのもね」

「じゃ魂くれる?」

「どういうこと?」

「自己紹介まだでした。わたしは死神見習いのマリスと申します」

 うやうやしく礼をしようとしたところで鉄骨から落ちかけた。

「危なっ」マリスは「死ぬかと思った」

 心臓を押さえた。

 死神っぽくない。ボロ布で身をまとい、大きな鎌を持ち、顔はドクロではないのか。


「見習いでして、こうして街に馴染む格好をしているわけですね」

「腰に拳銃持ってて街に馴染むかな」

「鎌持たせてくれません」

「それで撃ってくれてもいいけど」

「とんでもない。そんなことしたら人殺しじゃないですか。わたしたちはあくまでも死んだ人の魂を回収することが仕事なんです。で、いい魂は神様のところへ」

「ひとまず僕が飛び降りるわな。下まで魂を取りに行くのか?どうやって」

「リフトで」

「あ、そう。文明だね」

「他の死神に越されますね。どうせならここで首でも吊ってくれれば」

「紐ないよ。まず君が下に降りておけば?」

「名案です」


 マリスは階段から降りた。

 キリは懐中時計を見て、そろそろかなというところで下を見た。いるのかいないのかすらわからないが、夜だし、巻き添えもないはず。


 鉄骨を蹴った。

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