002:準備室 気付き

「……教えてくれないか」


「ええ、わかったわ」


 次の日。朝、学校に行ってすぐ。机に座っていた元上に話し掛けた。


 彼女が下を向いた。


「私も……あんたを巻き込んでしまって申し訳ないと思っているの」


 巻き込む?


「外国語資料室。知ってる?」


 頷く。確か、パソコンルームの隣が外国語準備室、その隣が資料室だったハズだ。


「放課後、そこで」


 言われた通り、放課後、教室の掃除が終わったので外国語資料室へ向かう。


 正直、パソコンルームは授業で入ったことがあるが、外国語準備室、資料室は両方とも入ったことがない。


 ノック。


「どうぞ」


 声に従ってドアを開ける。中は……ああ、資料室っぽい感じで、多くの書物、教材や資料がダンボールに入れられて壁際の棚に積み重なっている。そして旧式のパソコンも幾つか。多分、パソコンルームで昔使っていたとかそういう感じだと思う。


 そんな荷物の真ん中部分に会議用の机? 美術室の班毎の机のようなテーブルが一つ。回りには椅子が何脚か置いてある。


 奥側の椅子に、元上が座っていた。なんていうか、絵になっている。美少女というだけでなく……そうだな。この部屋の主のようだ。


「ああ、昨日はごめんなさい。ちょっとあまりにあまりで……どうにも止まらなかったものだから。あんたに形見を分けて……やっと落ち着いて……酷いことをしてしまったと……反省をしていた所」


「なぜ?」


「真実を知ったら、あんたの中で美智子がトラウマに、一生引き摺る思いになってしまう。彼女は、そんなことはこれっぽっちも思ってなかったの。というか、何も無かったように、砂庭で砂山が崩れるように……跡形も無く全部消えてしまうことを望んでいた」


 ああ。そうかな。深く、彼女の内面を知っているわけじゃ無いけれど。今野はきっと、笑顔でそう言った気がする。


「なのに、私は、美智子の気持ちなんてお構い無しで……あんたに。美智子が一番大事に想っていた人に「伝えて」しまった。ルールを破って。罰は受けるつもりだけど。ね。ルールを破って、あんたに伝えてしまった。ごめんなさい」


「謝らなくて……いいよ。情け無いことに、君に言われるまで、俺は何も気付けなかった。今、言うのは違うかもしれないけれど、俺、今野さんのこと、好きだったんだ。多分。向こうも……多少は思ってくれてたんじゃないかと思う。部活を辞めて何も無かった、穴の空いた状態だったのに、毎日いつの間にか、楽しく過ごせていたのは……彼女のおかげだ」


 そんな簡単なことに気付けなかった。


「これでもさ、小学校の頃からサッカーはそこそこ上手かったんだ。プロになれるかどうかはともかく、この学校、部活だったらレギュラーは取れるくらいには。でも、靱帯損傷が結構重傷でさ。少なくとも一年、二年生の間はリハビリが必要って言われて。やけになってたのかな?」


「美智子はあんたの前の席になったのを……もの凄く喜んでたわ。ずっと、ずっと狙ってたんですって……で、さらに虐めから救ってくれたって。そりゃ好きにもなるかっていう、ね」


 元上の目に涙が……浮かんでいる。ああ。彼女は今野と沢山話をしたんだなと思う。


「虐めの件よりも前? 彼女……は。なんで俺を?」


「あんた、中学三年の時、痴漢を捕まえたこと、あったでしょう?」


「ん? ああ、あった。学校来る時の電車で痴漢を見つけたから、腕ひねって駅員さんに突き出したかな」


 OLの女性にはすごく感謝された。


「その逮捕劇のとき、美智子も同じ電車に乗ってたのよ。で、過去に数回、同じ犯人に軽く触られたらしいわ。乗ってる駅数が少ないから大した事はされなかったみたいだけど」


 え? そうなの? というか、全く気付かなかった……。


「その時から、あんたは美智子の王子様だったってことよ。だから、同じ高校、同じクラスになっただけで大喜びで……感動してたし、さらに席が前後になって……虐められ始めてたのを波風立つ前に解消してくれた……って。二年生の私は幸運の女神に愛されてるって言ってたわ。愛され過ぎちゃったけど」


 そう……なのか。うちの高校は三年間クラス替えが無い。なので、確かに一年時に違うクラスになってしまったら、席が前後になることはなかったわけで。


「彼女は、今野さんは……何で死ななきゃいけなかったんだ?」


 元上の目が。鋭くなった。


「そう、ね。私がアレだけ露呈させてしまったんだから、もう、どうにもこうにもなんだけど。それを聞くと戻れなくなるわ。それは判ってる?」


「何となくは。信じがたいけれど。というか、今さらだ。昨日言われたことから想像すれば……あやふやなりに真実に繋がると思うし。何よりも、今野さんがいない。俺の前の席は空席のままだ。なのにそれに違和感を感じるヤツが一人もいない。多分、元上さんが気付かせてくれなかったら、俺もみんなと同じだったんだろ?」


 元上は頷いた。


「そうね。やっぱり、私が何か言える立場じゃないわね……。美智子は……一昨日の夜……宇宙怪獣と戦って死んだわ。ちょっとがんばりすぎちゃって」


「宇宙怪獣」


「情報規制されているけれど……日本だけで無く……地球は紀元前、二千年以上前から、宇宙怪獣に襲われ続けているわ。特にここ最近、昭和が終わった辺りから……数が増加しているの」


 襲撃? そんな……前から?


「宇宙怪獣……といわれているのは、ヤツラに知性が認められてないからよ。怪しい獣。本能のままに餌を捕食する……わ」


「……捕食?」


 何ていうか、ちょっと突飛な内容過ぎて、単語でしか質問が出てこない。


「ええ。……宇宙怪獣の一番の好物は……知性ある生物の肉体、特に脳よ。つまり、人間の脳は大御馳走で……それに引かれて、宇宙からやってくるわ」


 宇宙から? 怪獣、バケモノが……我々人間を食べるために襲来し続けている? ずっと? 紀元前? 二千年以上前から? 西暦元年って、そんな、聖徳太子よりも前だろ。日本は縄文、弥生時代とかか?


「まあ、昔の襲撃は非常に小規模で、回数も少なかったらしいわ。宇宙怪獣は人間が大好物で数が多ければ多いほど集まってくる。つまり、地球の人口が増加するに従って、脅威は大きくなっていき……今に至る感じらしいわ」


「じゃあ、それだけ多くなっているそれを俺が知らなかったのは……」


「ええ、美智子のことを忘れていたのと一緒よ。関係する事象について常に認識を削除されているの。だからみんなは知らない。認められない。跳び越えることは簡単だけど……ね」


「それが、もらった髪の毛?」


「ええ、そう。別に……美智子の筆箱でも、上履きでも……「それがそれだと認識出来れば」いいの」


 そっか……俺はこの毛の束が今野さんの髪だって「判って」しまったから……か。


「宇宙怪獣ってのがいるのは判った。というか、なんか理解出来た。これも?」


「ええ。認識は一度ほころんでしまえば、ドミノ倒しの様に崩壊が止まらないわ。ここ数年の局所的な大規模災害。なぜおかしい、不自然だと思わなかったのか。不思議でしょう?」


「うん。そうだな……。大洪水、台風、局所地震……どう考えても不自然に世界で日本で、数千~十数万人が死亡してる災害が多い……」


 ここ数年の世界的な人口消失は、異常といわれている。中国で人口10万人程度の都市が極局所地震で跡形もなく消え去ったニュースは記憶に新しい。某国の新型兵器だとか、大規模テロ行為だとか都市伝説になりつつあるけど。


「つまり……その原因は全て、宇宙怪獣? なのか? ネットなんかに動画とか一切ないのに?」


「ええ。それが認識阻害……「無視イグノア」だもの」


「これが……魔法?」


「ええ……地球全土に施されたいにしえの超特大結界。大魔法士マーリン・バリアガルの大魔法……と言われているわ」


 魔法。


「魔法……って本当にあったのか……」


「ええ、そう。あんたが思うより遥かに身近にあるのよ」


「今野さんは……その……死んだの、か?」


「ええ。私はその現場にいたわけじゃないけれど。ギリギリ生き延びた人に聞いたから」


「そか」


 そうか。死んでしまったのか。確定なのか。大怪我したとかそういうレベルじゃ無いのか。


「が、怪獣に、たべら、食べられて?」


 溢れ出てくる思いに、涙が止められない。


「……彼女は魔法使い、しかも17歳で魔法少女だから。崩壊して砕け散って……塵芥となって、大地に……還ったわ」


「崩壊?」


「そう。崩壊。魔法使いは力を使うとその分だけ己を失うの。魔力だけじゃどうにもならないのよ」


 じゃあ、今野……は……。


「だから、美智子は。自分で斬り落とした髪の毛以外……半分は食べられて、半分は砕け散ったわ……」


「そか」


 沈黙がそれほど広くない準備室を支配する。2人とも、元々話をするのが得意なタイプじゃないんだと思う。


「……私はあんたを許さない。美智子が死んだのはあんたのせいだから」


「俺のせい?」


「美智子は……あたしがどんなに、自分の命を賭けてまで……戦う意味はないって言っても笑ってるだけだったわ。お母さんとの約束だからって、毎晩出撃して」


「それでもこれまで生き残って来たのは、クラスの連中がろくでもない奴らばかりだったからなのに」


 今野さんは……一部の女子にいじめ……というか、いじられていた。最初気付いた時は心配したが、まあ、正直、いじめと言えるほど強烈なヤツじゃない。席が前後になって、休み時間に俺が話し掛けるようになって、そいつらは近寄らなくなった。


「あんたが、あんたが、優しくするから。手を差し伸べて助けちゃうから、あの子バカみたいに賭けちゃったじゃない! 英田くんが笑って生きていける世界のためだったら、大丈夫怖くない……なんて呟いて。怪獣共の只中に突っ込んだに違いないんだっ!」


 なんだ、なんで、そんな。


「この街は。一昨日、焦土と化す予定だったの。迎撃に上がった味方の魔法使いは26人。対する宇宙怪獣は1万」


「1……万?」


「日本政府は練馬を斬り捨てたの。初期に広域魔法をブチ込んで撤退の指示が早々に出たわ」


 というか、味方26人で1万?


「ああ、戦力差はそうね……これまでの宇宙怪獣1万なら大体、魔法使い50~100名。魔法少女2名。周辺警護なんかの自衛軍が連隊が二つくらいかしら。それでいけるわ」


 ってことは、宇宙怪獣は……弱いのか?


「詳しくはおいおい説明するけど……魔法使いが強いのよ。そう思っておいて。でも、1万相手にするには確実に足りないの」


 足りない。だろうというのは判る。


「一週間位前に、大規模襲撃が予測されて。日本の主力はほとんど……北九州の襲撃に備えてたわ。私も」


 そういえば……彼女、インフルで休みだった気がする。


「北九州の化学工場爆発?」


「そうよ。アレが戦闘結果ね。美智子はちょっと前に派手に戦ってダメージがまだ残ってたから今回は残留になったわ」


「宇宙から……ここへ攻めて来た?」


「ええ。北九州が本命で……練馬襲撃はおまけだったみたいだけど。でも防衛軍も間に合わないくらいの急襲で。この高校もギリギリ被害範囲に入ってたし……何より、あんたの家。板橋と練馬の区境辺りだったでしょ」


 頷く。確かにうちはその辺だ。 

 

「バカだから! 美智子はバカだから! 魔法使いは、恋する魔法少女はみんなバカだ! バカばっかりだ!」


「こ、今野が消えたのは、俺の……せいなのか?」


「ええ、そうよ! ああ、だめだ。私は今、あんたを消し炭よりも細かい粒に変換したい気持ちを抑えてしゃべってるの。ええ、そりゃそうよ。アナタハコロセナイ。美智子が文字通り全てを使い切って尽くしたのだから。そしてさらに、コロサセナイ。その代わり忘れさせもしない。美智子が、あの子が、命を賭して守った者にクソムシ共の指一本だって触れさせやしない。クソが! でも、その代わり想い続けるのよ、彼女の事を。そして見続けるの。これからも多くの人が断末魔を上げて崩れて行くのを! チキショウ……私に私に力があればっ!」


 元上の……言葉が食い込む。彼女が今野の親友であるほど……その辛さが大きくなる。


 多分、今野は親友である元上に黙って、命を賭けて、捨てたのだ。この街を守ってくれたのだ。言葉は足りていないけれど、多分そういうことだ。


「ぐすっ。ごめんなさい。もう一度、キチンと謝っておくわ」


 彼女の感情の起伏の幅が広い。というか、彼女の中でまだ、全くサッパリ、今野さんが死んだことを消化できていないのだろう。治まっていない。当事者にして全くの部外者だった俺に対して……どう対処して良いのか判っていないんだと思う。


「もう逃げられないの」


「元上……が?」


 彼女の整った顔が、横に振られる。


「あんたが、よ」


「なにを……」


「気づいてしまった者は……戦う事から逃れられないわ。因果の輪廻は確実にあんたを捉えてしまった」


「俺が?」


「ええ。あんたは既に魔法使いよ。今日にも政府の魔法省から役人が訪ねてくると思うわ」


「……魔法省……」


「初級魔法使い……の前に、魔法使い候補の過酷な修行が待っているから」


 修行?


「候補卒業率は65%。30%は修行中に命を落とすわ」


「そんなに?」


「うそ」


「うそ?」


「命を落とすのは事故などで5%。30%は怪我をして後方支援や事務部隊に回されるわ。でもそれは……死に行く者たちを隣で見届け続ける仕事よ」


 それは……厳しそうだ。





















 

 

 




















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