キャットアイ

神崎

第1話 僅かな心の隙

「ごめんなさい…」


俺に浴びせられたのは別れの言葉。

大好きだった恋人が、金髪のクズの腕の中で放った最悪の言葉だった。俺は放課後の教室で突っ立っているしかなかった。


茫然自失、とはこのことなのだろうか。今日のことなのに、ついさっきのことなのに、あの最悪の言葉以降の行動は既に思い出せない。いや、もう今日のことも、昨日のことも、最近のことも全部吹き飛んだ。そんな俺は寒空の中で家路についていた。


ヤケに冷える。冷え切った俺をさらに冷やすような冷たい風だ。


カンカンカンカン…


狭い踏切が鳴らす警報音でふと我に帰る。

我に帰った途端、俺の感情は爆発した。


「なんで、なんでだよ…」


彼女、いや…既に元恋人の姿が次々と写真のスライドショーのように脳裏に再生される。そのスライドショーはさらに俺を苦しめた。


「クソッ…クソッ…どうして…どうしてあんなクズとッ…!!」


さらに吹っ飛んでいたものが再生される。

「クリスマスどこ行く?」

そんな話をしてからまだ2日しか経っていない。


ガタンゴトンガタンゴトン…


独りで俺は叫んでいた。

男として、負け犬の遠吠えと変わらないような惨めさを北風があざ笑う。


赤色の電車が通過し、遮断機が上がった頃に俺は叫ぶ元気すらも無くしていた。力尽きた俺は無言で歩き出す。


ガーッ!ガーッ!


「ん…?」


汚いカラスの鳴き声がする。

よく見ると、踏切を渡った先の路地でカラスが群がっている。一体何に群がっているのだろうか、と踏切を渡り切って見てみると、血がたくさんついて酷い怪我をしている白い子猫が目に入った。奴等にやられたのだろう。


「ミィー…」


声を発するが子猫はかなり弱っている。


「どこかに行きやがれ!」


俺はその路地を帰り道としている。邪魔だからズカズカとカラスの群れに突入し、カラスを追い払った。


「酷い怪我だな」


だが、俺がコイツを助ける義務はない。さっさと帰るついでに追い払っただけだ。コイツを助ける義務なんか…


「ニャー!ニャー!」


俺が立ち去ろうとすると血まみれの子猫は力を振り絞って必死に声を上げる。


「俺は…俺は…お前を助ける義務は無いんだぞ…!」


心の声が出てきた。


「助けたとしてもうちの婆さんが猫嫌いなんだぞ。すぐに追い出されちまうんだぞ!!」


歩けない子猫は大きな鳴き声で俺をその場に留めさせた。


「くッ…!!くそッ…なんで、どうして、俺は…俺はッ!そんな甘さがあるからあんなクズにッ!!」


グッと、両手の握り拳を痛いくらいに握る。歯は軋むくらいに噛み合わせている。俺は甘さを出すまいと震えている。

だが、俺は立ち去れずにいた。



子猫の叫び声が俺の心の中に響き渡る。こんなにシャットアウトしようとしているのにどうしても感じてしまう。


悲しみが痛いほど反応している。コイツは恐らく親猫がいない。親猫が死んだか育児放棄をしたのだろう。冬の厳しい時期にコイツ1匹で生きて行けるはずもない。孤独で死ぬ悲しみ、こんなに若いのに死ぬ悲しみ、生死をかけた最後の望みの俺に見放される悲しみ…


俺の孤独で傷ついた心に染みていった。


「っ……」


そのズキズキとした痛みに、俺は負けた。


「…………分かった。俺が責任を持って保護してやる。怪我はこれでとりあえず応急処置だ」


学校の裁縫用具を取り出し、布の切れ端を出血している部分に巻いてやった。そして抱き寄せて家に連れて帰った。抱き寄せている間、瀕死の状態で声を出して疲れてしまったのか、ぐったりしていた。


両手が塞がっているため、肘で星川ほしかわの表札の下にあるインターホンを押し、家にいる母さんを玄関先へ呼んだ。


かける…あんた暗い顔して…ってその猫どうしたの!?」


母さんに猫について突っ込まれた。


「母さん…コイツは酷い怪我をしてるんだ。動物病院に連れて行くことはできないか?」


「それでどうするのよ?」


「俺が責任をもって保護する。コイツの医療費とか保護にかかる費用は俺の小遣いから出す。一刻を争うんだ。車で病院に連れていってくれないか?」


バイトでコツコツ貯めた金は彼女との旅行やデート、クリスマスプレゼントで使う予定だった。だが、それはもう潰れた。そんなことはもうどうでもいい。コイツを助けてやりたいんだ。


「……分かったわ。翔の覚悟が決まってる顔に免じて、その話に乗りましょう」


動物病院に連れて行き、怪我が深刻ということが判明したため手術を受けることになった。医療費は俺の高校2年間で貯めた17万円のお金から15万円出すことになった。


「本当にいいの?」と母さんは確認したが、「ああ、もういいんだ」と返し、覚悟は固まっていることの意思表示をした。


白い子猫は綺麗になって出てきた。傷口は塞がり、おぼつかないが歩けるくらいにまで回復した。血がなくなったからか知らないが、不思議とキラキラ白く輝いているように見える。


「これでいいんだ、これで。」


とりあえず動物病院にあったチュールをあげて家に連れ帰った。妹と父さんも母さんと同様、俺の覚悟を汲み取って保護を認めたが、婆さんは猫を嫌がった。しかし俺は土下座をしてまで懇願し、猫の保護をしぶしぶ認めてくれた。トイレに関しては、ペットショップがもう閉まっていたため庭にあった砂を使って臨時のものを作った。


どっと疲れた。

風呂に入った後、部屋に子猫を連れて入った。


「そういやお前、名前をつけていなかったな」


「ニャー」


腕の中で子猫がうずくまる。

うーむ…それにしてもコイツの白色、どこか惹かれるところがあるなあ。輝いて見える。


「うーん、安直だけど、お前は白が目立つ猫だからシロネコだ!」


「ニャ〜!」


なんかコイツ嬉しそうだな。


「シロネコ、俺疲れたからそろそろ寝るわ」


「にゃー…」


シロネコを床におろしてベッドに入るとシロネコは少しもの寂しそうに鳴く。一緒に寝たいのか。シロネコは怪我で飛び上がることはできないので、俺が抱き上げてベッドに上げると落ち着いた。


俺の顔にスリスリして寝ようとしている。


「シロネコお前……お前のおかげで寂しさが無くなるよ」


心は完全に癒えていないが、シロネコのおかげで安心して眠りにつくのであった。





……


「………おき…て」


なんだ…朝…か?


「おきて…ください」


なんか…聞き覚えのない声…だな…

あと、お腹の辺りに軽いが重圧を感じる…誰か俺の上に乗っている…のか?


俺は目をゆっくり開く。

するとそこには衝撃の光景が広がっていた。


「あ、ご主人さま、おきた!」


「っ!?」


見知らぬ長い銀髪の少女が笑顔で俺の起床を待ちわびていたのであった。しかも…


「お前、その耳!!」


可愛らしい小さな白い猫耳がちょこんと生えていたのであった。

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