第294話 さらば、ならば

 タルヤンの葬儀の日は、しめやかに、静かに雨が降っていた。ユルルアちゃんが差している傘から、時折ぽたり、ぽたりと雨粒が地面に落ちていく。

タルヤンには身寄りが無かったから、葬儀に参加したのもオレ達を含めてほんの数人だった。

「……先生は、幸せだったのでしょうか?」

その帰り道、牛車の中で、オレ達はアマディナに利いてみた。

右足が少し不自由になってしまったが、命は助かったのだ。

「幸せかどうかでは無いのですよ、テオ。己の人生に納得できるか否か、です。タルヤンは間違いなく納得していました」

「……そう、ですか」

だから、死に顔は微笑んでいたのだと――そう思いたい。

「納得できるか、出来ないか……」ロサリータ姫が考え込んだが、オレ達を見つめて、「そうね、私も納得できるまでテオ様に恋するわ」

だから、それはもうウンザリなんだってば。

「要らないから、『重福宮』に早く戻ってくれ……」

「駄目よ、そう言うものじゃないの」

そう言ってロサリータ姫はユルルアちゃんと手を繋ぐ。

「ええ。女の愛を侮ると、地獄に堕ちますから」

「ねー?」

そうやって笑い合うのだった。

いや、本当にいつの間に、そこまで仲良くなったんだよ……。


 その時、あーっ!とゲイブンが大声を出した。

「大変ですぜ、空、空!」

オレ達は外を覗いて、目を見張った。

大きな虹が、見えていたから。

――自然とテオは微笑みを浮かべて、言った。

「さらばだ、さらば――」




 「おい!」

ロウが不在にしている最中。

勝手に上がり込んだよろず屋アウルガの別室で絹の室内着を抱きしめて、べそべそと泣いていたクノハルは飛び上がった。

よろず屋アウルガの外から、彼女が今、正に未練を抱いていた男の大声がしたからである。

「出てこい!出てこいクノハル!遅刻するとはどう言うつもりだ!」

「嫌だ!……『婚約破棄』なら同意するから、もう関わるのは――」

その言葉を口にした瞬間、いよいよ泣けてきて――クノハルは何だか自分が世界一惨めになったように思ってしまったのだ。

しかしだ、確かに相手は貴族……契約についてはちゃんと書面に記さねばなるまい。

「う、うう……」

顔を拭って、どうにかよろず屋アウルガの戸を開けると、カンカンに怒ったギルガンド・アニグトラーンがそこにいた。

「キバリがどれ程心配していたか分からないのか!」

と出会い頭に彼はクノハルを一喝した。

「何でだ、私とは、婚約破棄したはずだろう……」

「は?」

ギルガンドは驕慢さも激怒も一瞬、忘れて唖然とした。

クノハルは涙を必死に堪えて、

「だって、この前あんなに怒っていただろう……?」

「それはそうだ。この私相手に重大な隠し事をされたのだからな。しかしどうしてそれが婚約破棄に繋がる?いつ破棄したいと言った?まさか貴様の方から……?」

「あ…………」


 全く記憶にございません。

 自慢の記憶なのに。

 やってしまった。


 ――今まで失態なんて犯した事が無かったので、クノハルは完全に固まってしまった。

ふっ、とギルガンドは珍しく笑った。失笑等では無く、安心したように。

「間抜けな所もあるのだな、貴様にも」

「…………」

クノハルは真っ白に燃え尽きたような顔をしていたが、やがて限界までその顔も赤くなった。

「――うわあああああああああああああ!!!」

どうしようも無くなって大声で叫びながら、彼女は頭を抱えて蹲ったのだった。

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