第271話 鍵と階

 『隷械獣』の『タイラント・ゼノ』と『スレイブ・アモル』をそれぞれの身に従えた瞬間を――サルサとタルタは魂の中で一生覚え続けるだろう。

「素晴らしい!何て素晴らしいの!体の隅々まで絶大な魔力が漲るわ……!はち切れてしまいそう!」

サルサは若返っていた。エルフは長寿だから見た目こそ分からないが、三百年は軽く。

「とっても!とってもとってもとっても!生きているって感覚がするわ!これが!生の実感なのね!」

タルタはまるで少女のように飛び跳ね、己の『隷械獣』――『スレイブ・アモル』に抱きついた。

『で、「スキル」は使えるよな?』怪盗アルセーヌははしゃいでいる二人に対して、冷酷に告げた。『使えんようやったら……』

「ご心配なく!」

サルサは『タイラント・ゼノ』を見上げて優雅に微笑む。

「ええ、『スキル:ペナルティー・アスモデウス』もしっかりと使えますわ!」

タルタはそう言うと、サルサと目配せし合って、

「帝国に宣戦布告は必要無いと『ヴェロキラプトル』様はおっしゃったけれども、相手は英傑として名高いあの皇帝ヴァンドリックですもの。万が一と言う事もありますから、帝都に混乱を起こすくらいはしても宜しいかしら?」

サルサもまるで素敵な悪戯を考えついた少女のような顔をして、

「私の『スキル:インフルエンス・ベルゼブブ』とタルタの『スキル:ペナルティー・アスモデウス』があれば、この聖地にいながらにして可能ですから……」

怪盗アルセーヌは冷酷に嗤った。

『「スキル」の試運転か?なら遠慮は要らへん、思いっきりやったれや!』




 特別な暗号通信で呼ばれたタルヤンは、周囲に誰もいない上に監視装置も起動していない事を確認してから、そちらを振り向かずに暗号で答える。

「ハルハ殿、時限式自壊プログラム入りの『遺宝』は、聖地の『クリフォト・システム』に全て仕込み終えたのか?」

ナルナの衣装を着たハルハは、あくまでも怪盗アルセーヌが盗ってきた『遺宝』の整備を行っている風体で――タルヤンには背を向けたまま答える。

「残り三カ所ですー。でも問題がありましてー。最後の一カ所が、ヴェロキラプトルが何時も見張っている、『彼女』の『揺籠』の中なんですよー」

「私がヴェロキラプトルの注意を引こう。その隙にどうにかならぬか」

「他の、取り巻きのハイエルフ達をどうするかですねー……。せめてもう一人こちらに味方がいればー……」

「……帝国十三神将は、間に合わぬか?」

「いえ、絶対に間に合わせる連中ですー。ただ、ヴェロキラプトルがもう隷械獣をハイエルフ達に与えだしたらしくてですねー。私の想定では後二日は軽くかかるはずだったんですけどねー……こう言う時にフォートンがいれば……」

「仕方あるまい、私がヴェロキラプトルと刺し違えよう。その隙に頼む」

ハルハは少し黙っていたが、

「貴方は私の半分も生きていないのに、どうしてそう命を簡単に捨てられるんですかー?」

「ハルハ殿と違って、私は『嘘』に対する拒絶反応を制限として遺伝子に組み込まれていないからだろう」と冗談を言った後で、タルヤンは真面目な顔をして呟く。「ハルハ殿も……テオ様と会ったか?」

「ええ、処刑された後は全部駄目になった不出来な皇子と言われていますが、目は死んでいなかったですよー」

彼女は思い出していた。『不出来な第十二皇子』と周りからは哀れみと蔑みを以て呼ばれていたが、その目には今もなお光と力が残っていた事を。

「テオ様は私の希望なのだ。あの方がこの世界の何処かで生きている限り、私はどれ程に残酷であろうと希望を持ち続ける」

タルヤンはそう言って、僅かに微笑んだ。

「私の覚悟はそれだけだ」

呆れた。ハルハはタルヤンに『遺宝』のチップを投げ渡し、

「そりゃまたご立派な事でー。私にはサッパリですよー。この反逆が上手く行ったとしても私と貴方は処刑されるし、上手く行かなかったら世界は全滅ですー。それなのに覚悟?希望?ちっとも理解ができないですねー」

「人間と言うのは皆、思っているより愚かで醜くて残酷でどうしようも無いが、己にほんの一欠片の覚悟があれば絶望する必要は無いのだ」

「はいはい、分かりましたー」

ハルハは適当に流して立ち去ろうとしたが、タルヤンは少し考えてから、こう言った。

「君が同僚を……帝国十三神将が間に合う可能性を諦めていない理由と、根本的には同質だと思う」

「……あー、そう来ましたかー。それだったら、共感は出来ない訳じゃ無いですー」

それで二人は別れた。


まるでたまたま道で出くわしただけの人間が、少し会釈をして通り過ぎるように。

お互いに振り返りもしなかったし、名残を惜しむ事も、懐かしむ事も無かった。

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